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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
手と手を取り合うキツネとタヌキ
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第三十七話 皇女の怪しい笑み

こっちを先に完結させます。

 お伽噺に出てくるような馬車はそのイメージ通り貴族街をゆっくりと走る。前後に護衛の騎士、それも女性の騎士が付いた馬車など普段は見かけないからだろう、道行く人は多くは無いが、その全ての人が馬車を見てきた。

 貴族街を歩いている人間は二種類。使用人か貴族かのどちらかだ。一般人はまずいない。道行く人の服はきちん襟の付いた物であるし、歩き方も堂々としていた。それが使用人でもだ。


「流石に目立つな」


 外を眺めているハーヴィーがぼやく。


「目立って噂になった方やりやすい。先に使用人からでも連絡がいけば、それなりの立場の人間が応対してくれるだろうし」


 ローイックはこう返した。ローイックの服は未だに文官の詰襟であり、訝しがられるのは目に見えているからだ。金は無いが服は借りれば良い。だが、ローイックはそうしなかった。文官服を着ていると、宮殿内では紛れる事が出来た。宮殿内に文官は沢山いるのだ。


「ねぇローイック。あたしは何をすればいいの?」


 そろそろ目的の場所に着くからか、キャスリーンは気にしだした。ローイックがキャスリーンの協力が必要だ、と言ったからだ。


「何か物を買いたいんです。アーガスの貨幣で買えればいいんですが、まぁ、厳しいでしょう。後でお金は返却するので、第三騎士団名目で買ってもらえないですか?」


 ローイックが説明をすると、キャスリーンは「うーん、何でも良いの?」と聞き返してくる。


「えぇ、何かを買いたいわけではないので。なんでも良いんです」

「そーねー」


 キャスリーンが顎に人差し指を当て、視線を馬車の天井にやって何やら考えているが、仕草は非常に可愛らしい。ローイックは眼福と思い、じっと見つめている。

 するとキャスリーンがニッと口もとに弧を描いた。何か思いついたようだが、ローイックにはその笑みがどこか怪しげな笑みに見えている。何か悪い事でも思いついたのだろうか。

 そんな疑問が浮かぶが顔には出せない。ローイックはキャスリーンが口を開くのを静かに待った。


「ふふっ、きーめた」


 キャスリーンは楽しそうに笑った。だがその無邪気な笑みとは裏腹に、彼女の目は笑っていないように見える。

 あぁ、嫌な予感がする。

 ローイックはそう思い、何でも、なんて言わなきゃよかった、と後で後悔するのだった。





 馬車はとある敷地の前で止まった。門があり、剣を携えた門番が二人いるようだ。護衛の騎士が馬を降り何か話をしているが、馬車の中までは聞こえてこない。門番らしき男の片方が慌てた様子で奥に見える屋敷へと走って行った。

 馬車は門を通り、敷地に入り込み、小さな屋敷の前に停まった。ただの屋敷にしか見えないが、どうやらここが目的のアイランズ商会のようだ。屋敷の前には、家令だろうか、壮年の男が背筋をまっすぐに伸ばし、馬車の扉の前に控えている。

 馬から降りた護衛の騎士が馬車のドアを開けた。


「姫様着きました」

「うん、ご苦労さま」


 キャスリーンは凛々しく答える。既に女の子モードから皇女モードへと変わっていた。

 ローイックはいつも凄いなと思い、同時に不思議だなとも思う。好きな男の前では可愛くありたいという女心など微塵も考えないのだ。

 まずはハーヴィーが降り、二本の剣を腰に差した。同時に辺りを見回し、何もない事を確認している。


「ローイックは怪我してるんだから、あたしが先に降りるわよ」


 キャスリーンがローイックに声をかけ、ささっと降りてしまった。本来ならばエスコートを受けて降りるべき立場の人間なのだが。そして事もあろうにキャスリーンがエスコートの為に手を差し出してきた。


「気を付けて」


 にっこりと微笑むキャスリーンに、ローイックの頬は引きつっていく。視界に家令と思われる男性が驚きを隠せないでいるのが映る。まぁ当然だろう。

 ローイックが躊躇していると「早くっ」と彼女が急かしてくる。仕方なしに右手でキャスリーンの手を取り、静かに馬車を降りた。護衛の第三騎士団の騎士のニヤついた視線にさらされた挙句、キャスリーンもその手を放してくれない。


「あの、逆、ですよね」


 エスコートされた手を見ながらローイックが呟く。言葉とは逆に、繋いでいる手が嬉しいと思っているのだが、こう言わねばらならないのだ。


「私の伴侶となる男性が怪我をしているのだ。介助するのは当然だろう」


 ()()()()よくとおる声で、そんなことを言ってくれる。家令と思しき男性は驚きを通り過ぎ、今度は緊張をにじませる顔に変わっていた。

 ローイックは、やり過ぎだ、と背中に汗をかいてしまう。作戦は成功だが、効果があり過ぎても困る。市井にまで暴露するようなものだ。


「アイランズ商会へ、ようこそ。キャスリーン皇女殿下」


 家令の男性は直ぐに冷静さを取り戻すと深々と頭を下げた。姿勢を戻すと同時に、一瞬だけローイックを見てきた。品定めだろう、とローイックは感じた。レギュラスの品定めに比べれば、なんということはない。鷲ではなくカラス程度だ。狼狽えることもなく、気が付かないふりをした。





 屋敷の中に案内された一行は、応接室の様な部屋に通された。窓も大きく、優しい光が差し込んでいて、昼間ではあるが相当に明るい雰囲気を作り出していた。大きなソファが向かい合って四つほどおかれ、それぞれに小さなテーブルがある。この部屋にはそれしかないという贅沢な使い方をしていた。

 ここで商談がなされるのだ。顧客が貴族となれば、相応の場所で持て成す必要もある。そのための屋敷でありそのためのこの部屋なのであろう。

 扉がノックされ、灰色の髪を後ろに流した壮年の男性が入ってきた。目を細めて温和な笑みを浮かべ、外見は優しそうではあった。


「キャスリーン皇女殿下、ようこそおいでくださいました。私はアイランズ商会の副頭取のガレン・アイランズと申します。本日は兄で頭取のベギールが所用で出ておりまして、申し訳ないのですが、私で対応させていただきたく存じ上げます」


 ガレンと名乗る副頭取は恭しく頭を下げた。品があるようで、何かに欠ける。丁寧ではあるがそんな礼だった。


「あぁ、突然すまない。我が夫となる彼が帝都を見たいと申すのでな。帝国一と噂のここに連れてきたのだ」


 キャスリーンは彼の振る舞いなど気にせず、ローイックを紹介した。ローイックも「ローイック・マーベリクです」と笑みを浮かべ礼をする。

 ガレンは表情も変えずにローイックを見てくる。見るからに文官であり、怪我までしている男だが、見た目で判断をしてしまうほど愚かではない様だった。


「彼はアーガス王国の侯爵家の御子息でな、建国当時から続く由緒ある家柄だ。宮殿で文官をしている間に色々と縁があってこの度婚約と相成った。まだ内々ではあるがな」


 事前の打ち合わせもなしに、キャスリーンはすらすらと話し続けている。立場的にこのような場には慣れているのかもしれない。こんなところはやはり皇女なのだなとローイックは思う。


「おめでとうございます。宮殿はその話で持ちきりのようですな。昨日も商談中にはその話をしておりました」


 どうせローイックにとってはロクでもない話なのだろうが、ガレンは笑みを絶やさない。ローイックは、彼を自分と同系だとみなした。つまり本心は出さないタイプだ。大商人であれば腹芸くらいできなければ商売はうまくいかないだろう。


「ま、皆噂話が好きだからな」

「そうでございますな。して本日はどのようなご用件で?」


 世辞もそこそこに商談は始まった。


「あぁ、彼の正装を誂えたい。あと騎士団に労いの土産で髪飾りを頼む。請求は私宛で。髪飾りは持ち帰る」

「承知いたしました。婚礼用でしょうか?」

「あぁ、そうだ」


 二人の会話にローイックは吹き出しそうになったが、耐えた。笑みを崩してはいないが動揺で額は少し湿っている。

 ガレンがパンと手を叩くと先程の家令が静かに入ってきた。


「髪飾りをここに。それと採寸の手配を」

「はっ、すぐに」


 ガレンが手短に指示を出すと、家令は同じように静かに出て行った。


「あ、あの、殿下?」


 ローイックはキャスリーンに耳打ちする。


「先程は何でもと言ったろう。それにいずれ正式な発表をせねばいかん。気に入っていようがその詰め襟ではマズいだろう?」


 キャスリーンがローイックに対して悪戯な笑みを零す。明らかに悪巧みをしている顔だ。だが正論ではある。


「新しい正装なら自分で作りますよ。当家にも懇意にしている商家はいますし」

「アーガスに戻らねば服は作れないだろう? それにその怪我では長旅は無理だ。第一、私はローイックと一時も離れるつもりはない。私達の関係は公にしてないが、公表したも同然ではないか」


 ローイックは反論したが、凛々しいキャスリーンは口説くような台詞を並べてくる。どこか違う方向に向かってしまっているようにも感じてしまう。ローイックが反論するべく口を開く前にガレンに遮られた。


「ほほ、お二人は仲睦まじいですなあ。さて採寸の用意が出来たようです。ローイック様は此方へ」


 先程の家令と使用人と思われる女性数人に案内され、ローイックは部屋を出た。

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