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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
キツネとタヌキの逆襲
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第三十三話 宣戦布告

 広場から出て行くネイサン一行の馬車を、手を振って見送ったローイックは後ろから肩を掴まれた。


「大変だなぁ、プッ」


 振り返ればハーヴィーが笑いをこらえて肩を震わせている。ローイックは周囲の視線も未だ独占中だ。


「お前な――」


 文句を言おうとしたローイックの視界に、とある男の姿が入った。キャスリーンの顔を不快にさせた男だ。彼女も気が付いたのか、顔をこわばらせ、ローイックの背中に隠れてきた。

 ホークは優しそうな笑みを湛え、ゆっくりとローイックに近づいてくる。ハーヴィーがピクリと反応した。


「止せ」


 ローイックは、自分を庇おうと前に出ようとしたハーヴィーを制止した。ローイックにとってホークは許されざる、明確な()だ。相手をするのはローイックでなくてはならないのだ。

 悠然と歩いてきたホークはローイックを無視する様にキャスリーンに礼をした。 


「殿下、今日もお美しいですな。白いアルストロメリアの花の様に凛々しくて可憐だ。まったく、花言葉の通りですね」


 ホークはローイックよりも背が高い。ローイックの背中に隠れているキャスリーンに対し、ローイックの頭越しに話しかけているのだ。だがキャスリーンはローイックを盾にするように隠れている。キャスリーンはローイックの肩に手を乗せているが、その乗せている手が肩を掴んできた。ローイックはチラと後ろのキャスリーンを確認すると、口元に弧を描いた。


「おはようございます、ホーク殿()。私の婚約者に何か御用ですか?」


 ローイックは宮殿前の広場の隅にまで届くように声を張った。口許だけの笑みで、ホークを睨みあげる。キャスリーンには、もう悪い虫は寄せ付けないと誓った。ローイックにとっては、愛の告白に等しいものだったのだ。その誓いを今ここで証明しなければキャスリーンが悲しむ。ローイックにとって、一歩も引けない戦いの始まりだった。

 ホークは一瞬口を歪ませ「『殿』に『婚約者』かよ」と小さく呟いた。そして薄い笑みを浮かべる。


「あぁ申し訳ない。小さくて目に入らなかったよ、ローイック君」


 ホークは笑顔を崩さずに、そう嫌みを混ぜた。ただし、ローイックと一緒で目は笑ってはいない。見下ろすホークに対してローイックは見上げながら睨み合っていた。


「おや、女性の姿しか目に入らないとの噂は、本当でしたか」


 ローイックはあくまでも丁寧な口調は崩さないが、言葉には棘を含ませている。静かなる喧嘩だった。だが、愚かなホークが額をピクリとさせたのを見逃さなかった。ローイックは、わざと片方の口角を上げ、更に挑発する。


「殿下の婚約者と言ったが、そんな小さくてひ弱な体で、殿下をお守り出来るのかい?」


 やや頬を引きつらせたホークが、何とか穏やかな声を保った。ローイックは、ふっと小さく笑う。


「キャスリーン殿下は皇女だが騎士でもある。その横に立つ私は、知をもって彼女を支える。お互いに足りない物を補完し合う、理想の夫婦だと思いますが」


 ローイックはにこやかに笑みを崩さずに言い切った。広場は二人の果し合いの様な会話の邪魔ができずに、静まり返っている。朝から宮殿前で声を張り上げていれば、嫌でも野次馬が集まって来るものだ。先程よりも周囲の人間の数は確実に増えていた。

 ローイックも敢えて声を張り上げ、どさくさまぎれの既成事実化を試みている。レギュラスにはホークを捕まえたら考えると言われているが、もうここまで広まってしまえば認めざるを得ないはずだ。ローイックはヴァルデマルの策を逆手のとってやるつもりだった。


「はんっ。その軟弱な体で、やりあえるとでも思っているのかぁ?」


 優しそうな笑顔をやや歪め、鼻を鳴らしホークは脅してくる。ホークの優男の仮面が剥がれてきていた。

 だがそんな言い方はローイックには通用しない。


「文官には文官のやり(戦い)方があります。貴方ごときには、負けませんよ」


 ローイックも笑みを隠し、ホークを睨み付け、感情を露にした。静かにだが、絶対に譲らないと周囲に知らせたのだ。

 それに、ローイックは文官という仕事に誇りを持っている。馬鹿にされては面白くない。その事への反発もあった。


「黙って聞いてりゃ!」


 ホークは腕を伸ばしローイックの胸ぐらを掴んだ。左腕の怪我が頭によぎり痛みが走るが、同時にキャスリーンの悲しむ顔も浮かんだ。左腕に感じる痛みよりも、彼女の悲しむ顔を見た時の胸の痛みが(まさ)った。

 ローイックは冷たく笑う。とどめの挑発だ。


「ホーク! 陛下の御前であるぞ!」


 ヴァルデマルが叫び、ローイックとホークの間に割り込んだ。ホークは渋々手を離しローイックを解放する。

 ローイックは『陛下』と聞いた。キャスリーンであれば『殿下』だ。宮殿の入り口に目を向ければ、そこには紫の衣装を纏い、金髪を後ろに流し、緋色の目で睥睨しているレギュラスの姿がある。周囲の騎士や侍女たちはみな畏まって膝をついていた。

 ローイックも慌てて膝を突こうとしたが、背後のキャスリーンに肩を抱かれた。ローイックが振り向けば、微笑む彼女の潤みがちな緋色の瞳が目に入る。


「朝から元気な事だな」


 レギュラスはそれだけ言うと、踵を返し、宮殿の中へと消えていった。周囲がざわつく中、ローイックは「ちっ」という舌打ちがした方に目を向ける。視線の先では、ホークが眦を上げて睨んできていた。ローイックもホークへ冷たい視線を送る。睨みあいの末、先に視線を逃がしたのはホークだ。ローイックを一瞥すると、彼は来た方へと歩いていった。


「ローイック君」


 後ろからヴァルデマルの声がかかる。振り向けば、ヴァルデマルがニヤつきながら近づいてくるのが見えた。


「ふふ、やるじゃないかローイック君。私も若い頃はああやって騎士達に脅されたものだ。文官では彼ら騎士には腕力では勝てんからな。本当によくいじめられたよ。いやぁ、今の君の啖呵を見て、何か胸がスカッとした思いだ」


 ヴァルデマルはローイックの肩に手を置き、キャスリーンの顔と交互に見ている。


「若いというのは、良いものだ。ははは!」


 ヴァルデマルがローイックの肩をバンバンと叩いて笑っている。ローイックとキャスリーンは、お互いを見合った。ヴァルデマルが笑うなど余りないからだ。


「ま、宮殿内では、控えめにな」


 ニヤつくヴァルデマルに小さな釘を刺されたローイックは、苦笑いしながら思い出したように口を開いた。


「ヴァルデマル閣下、第二書庫へ入って調べ物をしたいのですが」


 ローイックに問われたヴァルデマルは「ふむ」と顎に手をあてた。


「陛下は帝都から出ること以外、全ての場所の立ち入りを許可された。何処にでも行けるが、何かの時は私の名前を出しなさい。それでもダメなときは勅命だと答えればよい。それに逆らえる奴はおらん」


 ヴァルデマルはローイックの肩をポンと叩くと、宮殿の中へ向かって歩いていった。


「勅命、て……」


 ローイックは唖然としていた。だが、これで第二書庫で必要な調べものをすることが出来る様にはなった。


「まぁ、お父様からの命令だったら、勅命でもおかしくはないわね」


 キャスリーンはさらっと流した。この辺は皇女らしい反応だ。だがローイックはふと思った。キャスリーンと結婚するという事は、レギュラス皇帝が義理の父親になるのだ。ローイックの脳裏には獲物を狙うようなレギュラスの緋色の瞳が浮かび上がる。背筋が寒くなり、ぶるっと震えた。


「どうしたの?」


 キャスリーンが首を傾げて様子を窺ってくるが、ローイックは「いやーなんでも」と笑ってごまかした。貴女の父上が怖いのです、などと口が裂けても言えない。


「ふーん、まぁ良いけど。それよりも、さっきは守ってくれてありがとう。カッコよかったよ!」


 キャスリーンは嬉しそうにニパッと笑った。それを見たローイックは、そんな事はどうでもよくなり、同じように微笑むのだ。

「だからいちゃつくのは二人だけの時にしなさいと……」

「こんな目立つところでベタベタしやがって……」


 ミーティアとハーヴィーは、周囲からどう見えてるかを考えない二人に頭を痛めていた。宮殿前の広場には、羽虫の音の様な歯ぎしりの音が木霊している。音の発生源は若い男が主だ。ミーティアとハーヴィーは、お互いに顔を見合わせて、ため息をつくのだった。

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