過去話 バレンタインSS 割れたクッキー
バレンタインに割烹にあげた物です。
二人の過去になります。
ここエクセリオン帝国では、冬のとある時期に、気になる異性にプレゼントを贈る風習がある。ローイックがそれを知ったのは、帝国に連れてこられた翌年だった。祖国でも同じ風習があり、地域性なのかとも考えたが、今の自分ではどうでもよい事だと結論付けられた。
今日もローイックは雪で白く化粧された宮殿裏の腰壁にもたれ、漠然と真っ白な景色を眺めていた。
「ローーーイーーーックーーー!」
聞き覚えのある声に振り返ると、頭からすっぽりと白い毛皮のコートに覆われた何かが、白い粉を巻き上げて走ってくるのが見えた。足首まで積もった雪に苦労しつつ、手には小さな袋を振り回しながら、白い息を吐き出して駆けてくる。
「今日はちゃんと上着を着てるな」
駆けてくるのがキャスリーンと分かり、ローイックの頬も緩む。
「やっほーー!」
ローイックが自分を見たことに気が付いたキャスリーンが大きく手を振ってくる。だが雪に足を取られ、彼女はローイックに辿り着く前に盛大に転んだ。頭から雪に突っ込んで雪煙を上げている。
「いったぁーい!」
「キャスリーン!」
ローイックは不味いと感じ、駆けだした。積もった雪が足に絡みつくが、なけなしの筋肉で蹴り飛ばす。が、仕事人間のローイックにそんな筋力があるわけはなく、キャスリーン同様、派手に転倒した。
「イテテ」
顔を上げたローイックの前にはケタケタと笑うキャスリーンが座っていた。彼女は鼻をぶつけたのか、ちょっと赤くなっている。だがそれ以外に怪我はなさそうだった。その事に、ローイックは安堵の息を漏らした。
「あはは、ローイックも転んだね!」
「はは、転んでしまいました」
ローイックもつられて笑う。
二人で笑いあっていると、キャスリーンが「あっ!」と声を裏返した。手に持っている袋をがばっと開け、中を確認し始めた。
「あーーー! 割れちゃったー!」
袋を覗いていたキャスリーンが泣きそうな顔になってしまった。ローイックは驚いて声をかける。
「ど、どうしましたか?」
「せっかく、うまく作れたのに。割れちゃった……」
キャスリーンが袋を差し出してくるので、ローイックは覗き込んだ。袋の中には、割れてしまったクッキーがいくつも入っていた。
「ローイックにあげようと思って、一生懸命作ったのに……」
キャスリーンの緋色の瞳の前には大粒の涙が見え隠れしていた。ローイックは慌てて袋の中のクッキーを一欠片取り出し、キャスリーンに見せた。割れているが、美味しそうな茶色のクッキーだ。
「割れてても、美味しそうですよ」
ローイックはそのクッキーの欠片を口にいれた。そして微笑んだ。
「うん、美味しいですよ」
「ほんと!?」
キャスリーンの顔がぱぁっと明るくなる。
この娘は笑顔は、いいなぁ。
ローイックは何度も思い知らされている事実を、今日も思い知らされた。
「キャスリーン嬢も食べますか?」
ローイックが袋から割れたクッキーを取り出せば、キャスリーンは「食べる!」と言って指ごとパクっと食いつく。
「ん~、おいしー!」
キャスリーンは二パッと笑った。可愛いと美味しいは正義だ。
「失敗作はお父様にあげてよかった!」
キャスリーンが笑顔でそんな事を言い、袋から割れてしまったクッキーを取り出して、ローイックの口元に運んでくる。
ローイックは、数回しか見たことのない、彼女の父である皇帝陛下に同情しつつ、差し出されたクッキーを唇に挟んだ。
当時の年齢
ローイック19歳
キャスリーン14歳
次回も幕間です。
着物チャレンジです。




