接近戦も出来る魔法士は強そうだね。
ラシード王国から帰還して二週間後。
朝、リオネルが王城へ出仕したが、今日はわたしも後から王城へ向かう予定である。
リオネルの働くオニキス宮を見学に行くのだ。
三日ほど前から予定を合わせて行く話は決めていたけれど、実際行くとなると凄く楽しみだ。
昼間用の動きやすいドレスに着替え、侍女を連れて馬車へ乗る。
……どんな建物なんだろうなあ。
楽しみにしながら、馬車は王城に到着し、城門を越えて敷地の中を進んでいく。
王城の美しい庭園を眺めながらだと到着はすぐだった。
美しく整えられた芝生の間を抜けて着いたのは、おおきな屋敷だった。
正面から見て四つの円柱型の塔部分があり、塔同士を繋げるようにして建物は造られている。壁は白く、屋根は黒い。白と黒のツートンカラーの建物は美しく、上品である。
「わあ……!」
建てたばかりということもあってとても綺麗だ。
馬車から降りて、建物を眺めていると声をかけられた。
「奥様、ようこそお越しくださいましたっス」
短いサニーブロンドに水色の瞳の、元気そうな青年がニッと口角を引き上げて明るく笑う。
「ご機嫌よう、ゼノビア様。結婚式以来ご無沙汰しております」
「いえ、こちらこそっス。どうぞ中へお入りください。筆頭がお待ちしておりますっス」
と建物の中へと案内してもらう。
屋内も黒と白で統一されており、落ち着いた雰囲気がある。所々に王国の紋章が描かれたタペストリーが飾られていた。
どこかの貴族の屋敷と言われても納得してしまいそうだ。
「あ、奥様、あまりあちこち触らないようにしてくださいっス。オニキス宮は警備の関係上、色々なところに魔法の仕掛けがあるので、うっかり触ると魔法が展開することもあるっス」
「分かりました。教えてくださり、ありがとうございます。気を付けますね」
確かに警備の騎士達の姿が少ないとは感じていたが、魔法で警備面もカバーするとはさすが宮廷魔法士達が働く場所である。
歩きながらゼノビア様が廊下に飾られたものを説明してくれて、魔力を注ぐと水が湧く壺とか、魔力を注ぐと勝手に鳴るハープとか、面白いものもあって楽しい。
「あと魔力を注ぐと絵が動く肖像画とかもあったっス。まあ、それは完全に悪戯目的で作られたのですぐに燃やされちゃったんスけど」
「そうなのですね」
想像してみて、絵が動くのはちょっと怖いけれど、確かに悪戯として使うには丁度いいのかもしれない。
きっと悪戯された人は驚いただろうなと、思わず笑ってしまった。
そうしてオニキス宮の中を進み、一つの扉の前でゼノビア様が立ち止まった。
「こちらが筆頭の執務室っス」
ゼノビア様が扉を叩けば、中から入室を許可する声が聞こえ、ゼノビア様が扉を開けた。
室内も黒と白、青で統一されていて綺麗だった。
大きな執務机の向こうにいたリオネルが、わたしを見て立ち上がった。
「エステル、よく来たな」
「うん、今日はお邪魔させてもらうね」
朝、出掛けてからさほど時間は経っていないが、お互いに軽く抱擁を交わした。
……出掛ける時も、帰ってきた時も、こうするとリオネルが喜ぶんだよね。
さすがに行ってらっしゃいのキスは恥ずかしくて出来ていないが──……抱擁を交わした後、リオネルがわたしの額にキスをする。
それを受け入れて、しかし、ハッと我に返った。
慌てて振り向けば、ゼノビア様がわざとらしいほど顔を背けて『自分は何も見ていません』とアピールしていた。
……み、見られてた……!!
案内してくれたのだから当たり前なのだが、使用人に見られるのと、他の人に見られるのとでは羞恥心の度合いが違う。
恐らく赤い顔をしているだろうわたしをリオネルが抱き締めた。
「ゼイン、見るな」
「見てませんっス!」
リオネルの命令にゼノビア様が即答する。
「いや、リオネル、それはちょっと横暴だよ……」
ギュッと瞼を閉じているゼノビア様が可哀想だ。
体を離せば、リオネルが少し残念そうな顔をしたものの、すぐに気分を切り替えたのはゼノビア様へ視線を向ける。
「もう見ても構わない」
リオネルがそう言えば、ゼノビア様が恐る恐るといった様子で薄目を開けてこちらを見る。
わたし達が体を離している姿を見て、今度はしっかりと目を開けた。
「そういえば、リューク様は?」
結婚式で会った、リオネルのもう一人の補佐の男性。
ゼノビア様同様にあれ以来会っていないが。
「シーリスはオニキス部隊の他の宮廷魔法士達の訓練をしている。主にシーリスとゼインの二人が訓練を担当しているが、たまに俺が様子を見に行くことになる」
「リオネルの訓練って厳しそう」
「そうなんスよ、奥様。筆頭は優秀すぎて、俺達が必死でやっているのに『まだ余裕がありそうだな』って更に訓練内容を追加するんス! まあ、そのおかげで筆頭の訓練に参加すると強くなれるってある意味では人気なんですけど……」
……ああ、なんか容易に想像出来る……。
天才と呼ばれたリオネルは努力も惜しまないが、やはり元が優秀なので、時々それを基準にすることがある。
わたしの場合はリオネルがそうやって自分基準でやり出した時に『わたしは出来ない』とハッキリ言うけれど、部下の人達はそうもいかないのだろう。
しかも成果がきちんと出るから余計に困る。
「もっと皆さんに優しくしたら?」
「これでも手加減はしているし、無理難題は言っていない」
「それ、どうせ『頑張れば出来ないこともないけど、めちゃくちゃ頑張ってギリギリ出来る範囲』じゃないの?」
「……」
スッと視線を逸らすリオネルに溜め息が漏れる。
「そういうことばっかりしてると、部下の人達がついて来なくなっちゃうよ。いくら尊敬していても、つらいことばかり言われたら心が折れちゃうんだから、ほどほどにね」
「……善処する」
そこで『分かった、もうしない』と言わないのか。
……正直、リオネルの気持ちは分からなくもないけどね。
自分には当たり前に出来ることなのに、他の人が苦戦しているのが不思議で、何故出来ないのか分からない部分もあるだろう。
リオネルの場合はそれで奮起して頑張るのかもしれないが、他の人もそうとは限らない。
ガシッとゼノビア様に手を握られた。
「奥様〜! そうなんスよ! もう既に五十人ほど異動を希望して、別の筆頭のところへ行った者もいるんス!!」
「だが、ここから逃げるような者が他の筆頭の下で長続きするとは思えないがな」
「まあ、そうっスね。マギア・ガーネットもああ見えて結構怖い人だし、筆頭宮廷魔法士の中では筆頭が一番穏やかっス」
へえ、と二人の話を聞きながら思い出す。
五人の筆頭宮廷魔法士。
一人はリオネル、一人は以前我が家に来たセルペット様。
あと他に三名いるのだろうが、顔が思い出せない。
……わたしも社交は全然だったからなあ。
「それはともかく、宮の中を案内しよう」
リオネルの言葉に頷き返す。
「うん。とりあえず、蔵書室と訓練場は見たいな」
「訓練場では魔法士だけでなく騎士もいる。俺の部隊は魔法士も多少は剣か武術の訓練を行うようにして、騎士と共にあえて訓練場を分けずにいる」
「接近戦も出来る魔法士は強そうだね」
「事実、戦闘時に身を守る術を持つのは大きい。たった数秒、数分耐えることが出来れば味方が助けに入れたという事例も多い」
リオネルにエスコートをしてもらい、執務室を出る。
ちゃっかりゼノビア様が後ろについて来たので、リオネルが振り返った。
「何故、お前もついて来る?」
「いいじゃないっスか。夫人のこと、みんな気になってますし、せっかくいらしてくださったのにもう終わりなんてつまらないっス!」
「お前を楽しませるためにエステルを呼んだわけではない」
「分かってるっスけど〜」
諦める様子もないゼノビア様にリオネルが小さく息を吐き、前を向いた。
「もういい、好きにしろ」
ゼノビア様が後ろで「やった!」と子供みたいに喜ぶ。
そうして歩き出したリオネルにエスコートされ、オニキス宮の中を歩く。
すれ違う人々が物珍しそうにこちらを見るものの、リオネルに睨まれるとそそくさと逃げていくのが少し面白い。
到着したところには両開きの扉があった。
「ここが蔵書室だ。ほとんど魔法に関する本しかないが」
ついて来ていたゼノビア様が扉を開けてくれる。
中へ入ると意外と広く、一階と二階が繋がっており、本棚が等間隔で並んでいる。入って目の前のホールみたいに開けた部分にはテーブルと椅子が並んでいた。
入った瞬間、バッと視線が突き刺さる。
思わず立ち止まったわたしを余所に、リオネルが一言告げた。
「気にせず各自の作業を進めろ」
それほど大きな声ではないのによく響く。
こちらへ顔を向けた人々はそれに従い、すぐにまた自分達の手元へ視線を落とした。
視線がなくなったことにホッとしつつ静かに入室する。
「あの方達って……」
「オニキス部隊の宮廷魔法士見習い達だ。部隊は騎士四千七百、宮廷魔法士が二百、見習いが百で今は構成されている。俺はまだ筆頭になりたてで、指揮出来る数も少ない。ほとんどがアベルのガーネット部隊から分けてもらった」
「そういえばそんなこと言ってたね」
リオネルと二人、顔を寄せ合ってコソコソと話す。
だが、それにしても魔法士の数は騎士に比べて随分と少ない。魔法士になるためには魔力が要るが、魔力持ちの数自体がそれほど多くないので、そこから宮廷魔法士にとなれば更に絞られる。
「この宮では主に宮廷魔法士と上級騎士がいるが、他の騎士達は普段は王城の警備や訓練を行っており、必要がなければ日常業務に当たっている」
「他の筆頭様達のところもそうなの?」
「ああ、大体はそうだ。上級騎士は各筆頭の宮で訓練を行ったり、他の業務についている。もちろん、一般騎士も週毎に宮の訓練場に来て魔法士相手の戦い方や共闘の仕方も学ぶ」
ふむふむ、と頷く。
「この蔵書室はその騎士さん達も使えるの?」
「上級騎士は使える。一般騎士は許可制だ」
「いいなあ。使えないけど、魔法については知りたいかも」
……なんなら魔法士のヒーローの小説も書いてみたい。
コソコソと話しているとゼノビア様もちょっと屈み、わたし達の内緒話に参加してきた。
「それでしたら筆頭に教えてもらうのが一番っスよ。実技だと悪魔みたいに容赦ないけど、座学のほうだと凄く丁寧で分かりやすく説明してくれるので先生としては適任っス」
そうなんだ、と思いつつ、ゼノビア様って図太い神経をしているなあとも感じた。
本人の前で『悪魔みたいに容赦ない』なんて普通は言えないだろう。
だが、リオネルは慣れているのか特に反応しない。
チラリとリオネルを見上げれば、目が合った。
「魔法について学びたければ、休日に教えてやろう」
「いいの?」
「知らない分野を学ぶなら、専門家に訊くのがいい。何かを学ぶことに遅すぎることはない。興味がある時に学ぶ。それが最も効率的な方法だ」
そう言いながら、リオネルがわたしの頭をぽんと撫でた。
なんとなく『お前の考えていることは分かる』と言われたような気がして、思わず照れ笑いを浮かべてしまった。
「じゃあ、少しずつ教えてもらおうかな」
「ああ、任された」
あまり蔵書室に長居をしても、他の人達の邪魔になってしまいそうだったので、早々に蔵書室を後にした。
次に向かったのは訓練場だった。
外へ出ると、建物の裏手も綺麗な芝生が敷かれており、そこで騎士と魔法士が合同で訓練をしているようだ。
制服が違うので騎士と魔法士で見分けがつく。
わたし達が訓練場へ近づくと周りの人達が気付いてこちらを見た。
小さく騒めいたものの、すぐに鋭い声が響く。
「総員、整列!」
その声に合わせて訓練場の中央に全員が集まった。
ズラリと並ぶ人に一瞬気押されてしまうが、リオネルがわたしの背を促すようにそっと押したので、近づいていく。
……うわあ、みんな背が高い……。
わたしが小さいだけなのだろうが、騎士も魔法士も皆、背が高く、体を鍛えていることが制服の上からも見て取れる。
ジッと視線が集中して、穴が開きそうだ。
列の前に見覚えのある人物がいた。
「マギア・オニキス、夫人にご挨拶申し上げます」
「ご挨拶申し上げます!!」
そこにいたのはリューク様だった。
リオネルの補佐官のもう一人で、結婚式にも出席してくれた人だ。あの時は穏やかそうだと感じたけれど、こうして騎士や魔法士を纏め上げている姿は意外と厳しそうである。
大勢の騎士や魔法士達の挨拶にやっぱりちょっと引け腰になってしまう。
「俺の妻のエステルだ。今後もたまに顔を出すことになる。顔を覚えておくように」
「エステル・イベールです。よろしくお願いいたします」
騎士と魔法士達が返事の代わりに礼を執る。
その動作でザッと音が立った。
……なんだろう、威圧感が凄い。
「リューク、何人か妻の護衛を。それから、俺と手合わせをしたい者がいたら騎士と魔法士の中から一人ずつ選定しろ」
「かしこまりました」
リオネルの指示に即座にリューク様が頷き、整列している騎士と魔法士に声をかけ始めた。




