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ちょっとくすぐったい。

 






 翌朝、わたし達はシャマルの街を出て、国境へ着いた。


 第二王子殿下とワディーウ様達の護衛もここまでだ。


 門の前で、最後の挨拶をしている。


 特にワディーウ様は他の使節団の人々とも仲が良かったので、誰もが「また会いましょう」と握手を交わして別れを惜しんでいた。


 一生会えなくなるわけではないが、それでも、一月も顔を合わせていた相手と会えなくなるのは寂しいものだ。




「バタル、夫人」




 ワディーウ様と第二王子殿下が近づいて来る。




「ワディーウ様、この一月、大変お世話になりました」


「出征の時からワディーウ殿には助けられてばかりでした」


「いいえ、私のほうこそバタルと夫人には感謝しておりマス。我が国を救ったバタル、そして私の命を救った夫人、どちらも大切な恩人デス」




 ワディーウ様としっかり握手を交わす。


 ニコニコと笑顔を浮かべるワディーウ様を見ていると、寂しい気持ちが穏やかになった。




『英雄殿、次は負けないからな。夫人と共に元気にしてろよ』


『次も負けません。殿下もどうか息災で』


『そのうち絶対フォルジェット王国に行く。その時は、声をかける。オレを歓迎する準備はしておけよ』




 と、第二王子殿下も笑顔で冗談を言っていた。


 リオネルも僅かに口角を引き上げて頷く。




『お待ちしております』




 最初に手合わせに第二王子殿下が乱入してきた時はどうなることかと思ったけれど、案外、二人は馬が合うのかもしれない。


 ワディーウ様がラシード王国式の礼を執る。




「お二人の上にいつまでも、平安と神のご慈悲、そして祝福がありますよう、祈っていマス」




 それにわたし達もラシード王国式の礼で返す。




「殿下とワディーウ殿の上にも、平安と神のご慈悲、そして祝福がいつまでもありますように」


「わたし達も、お二人のご健勝を祈っております」




 そうして、四人で顔を見合わせて笑い合う。


 ……ああ、本当に素晴らしい国だった。


 まるで一瞬のように過ぎ去っていった一月である。


 ワディーウ様達に手を振られながら、わたし達は門を越えて、フォルジェット王国へ入国したのだった。






* * * * *






 国境を越えて一週間、わたし達は無事、フォルジェット王国の王都へ帰還した。


 ラクダに乗り、砂漠を越える大変さを知った後では、馬車の旅がとても楽に感じられた。


 それにフォルジェット王国のほうが明らかに涼しい。


 使節団と共にまずは王城へ向かい、リオネル達が陛下と謁見して報告している間、わたしは応接室の一つで休ませてもらった。


 ……ああ、帰って来たって感じがするなあ。


 王城のメイドが出した紅茶を飲みながら思う。


 日差しも柔らかいし、暑くないし、風景も違う。


 カフワやカッファの味に慣れると、なんだか紅茶は少し味が薄く感じられた。


 出されたお菓子の可愛らしい見た目に懐かしさを覚える。


 一月ぶりのクッキーを食べつつ、紅茶を楽しんでいれば一、二時間なんてすぐに過ぎていった。


 部屋の扉が叩かれ、リオネルが入ってくる。




「終わったぞ」


「お疲れ様」




 リオネルが来て、わたしの隣へ腰掛けた。


 メイドが紅茶を出し、それを一口飲んだリオネルが立ち上がった。




「そろそろ屋敷へ帰るとしよう。侯爵達もエステルの帰りを待っているだろうからな」




 口ではそう言っているが、どこか不機嫌そうだ。


 ……まあ、わたしも早くお父様達に会いたいからいいけど。


 報告を済ませて疲れているだろうに、リオネルは立ち上がるとわたしの手を引いて部屋を出た。


 王城を出て、馬車に乗る。


 座席に座ったリオネルは眉根を寄せていた。




「あのメイド、顔は覚えた」


「えっと、何かあったの……?」


「お前用に出されていた紅茶、あれは出涸らしだ」


「あ、だから味が薄かったんだね。てっきりカフワとかカッファに舌が慣れて、紅茶の味が薄く感じてるのかと思った」




 むしろ、出涸らしと言われて納得した。


 きっとあのメイドは普通に紅茶を飲んでいたわたしを、心の中で馬鹿にしていたのかもしれないが、元より別に紅茶の味にこだわりはないので気にならない。


 リオネルが呆れたような顔でわたしを見る。




「お前はもっと怒るべきだ」


「そう? まあ、ラシード王国の人達が価値観的に優しかっただけで、元からこんな感じだったよ。ここまで露骨に何かされたのは初めてだけど」




 馬鹿にされたり、笑いものにしたり、この国の価値観ではわたしは太って醜いから、そういうふうに思われるのは仕方がない。


 リオネルが小さく溜め息を吐く。




「次からはこういったことがあったら俺に言え」


「うん、分かった。なんかごめんね」


「お前が謝ることではない」




 リオネルが慰めるようにわたしの手を優しく握る。


 ……本当に気にしてないんだけどなあ。


 でも、その気遣う気持ちが嬉しかった。


 馬車は王都の街中を抜けて、侯爵家に入る。


 一月ぶりに見る屋敷は凄く懐かしくて、まるで何年も離れていたかのような気分になった。


 侯爵家の本邸へ立ち寄るとすぐにお父様達が出迎えてくれた。




「お帰り、エステル、リオネル君。長旅で疲れただろう」


「まあまあ、二人ともなんだか顔つきが変わったわね。特にエステルは少し凛々しくなったのかしら?」


「二人とも無事に帰ってきてくれて何よりだ」




 お父様、お母様、お兄様の順に抱き締められる。


 リオネルは握手を交わして帰還の挨拶をしていた。




「色々と話を聞きたいところだが、今日は屋敷に戻りなさい。詳しい話は明日、聞くとしよう。疲れを溜まったままにしておくのは体に悪い」




 というお父様の言葉に甘えて、ありがたく別邸へ帰らせてもらった。


 別邸へ戻ると使用人達に出迎えられて、わたしもリオネルも、即座に浴室へ連れて行かれた。


 ……まあ、旅の間は入浴なんて出来ないしね。


 これでもかというくらいに磨かれて、肌や髪の手入れを行い、旅の間に浮腫んだ全身もマッサージされる。


 一月ぶりのマッサージは結構痛かった。


 でも、やはり我が家が一番である。


 落ち着くし、安心出来るし、過ごしやすい。


 旅の汚れを落としてスッキリした気分で部屋へ戻り、寝室へ向かえば、先に来ていたリオネルが椅子に座っていた。


 テーブルの上には軽食が並んでいる。


 夕食は軽く済ませることにしていたので、多分、それだろう。


 リオネルの向かいにある椅子へ腰掛けた。




「リオネルも一月、お疲れ様」


「ああ、お前もな。初めての旅に異国で過ごすとなると、疲れただろう? 数日はのんびり過ごすといい」


「そうだね。まあ、でも、キャシー様達にもお土産を渡したいし、ずっと小説を書きたくて仕方なかったから、いつも通りかな」




 書きたい小説のネタは出来ているし、キャシー様達と次の小説の打ち合わせもしたいし、やりたいことは探せば沢山ある。


 二人で軽食に手を伸ばしつつ、ふと、リオネルが顔を上げた。




「俺達がラシード王国へ行っている間に、オニキス宮が完成したらしい」


「そうなんだ?」




 オニキス宮とは、リオネルが筆頭、つまり頂点となって組織される筆頭宮廷魔法士オニキスの部隊である。


 筆頭の座に就いてから部隊は編成されたものの、働く場所がすぐに用意出来るはずもなく、一から建造されることもあって時間が必要だった。


 半年かけてようやく完成したらしい。




「明後日から俺は通常の仕事に戻るが、エステルの予定が空いている時に見学に来るといい」


「え、関係者以外が入ってもいいの?」


「俺の妻は十分関係者だ。他の筆頭達も、配偶者や家族は出入りしているし、問題ない」




 ということなので、そのうち行ってみたいと思う。




「じゃあ予定が空いてる時に声かけるね」




 完成したばかりの建物を見学するというのは、それだけでワクワクするが、宮廷魔法士達が普段働く場所は滅多に見られないので楽しみだ。


 軽食を摂り終えて、侍女達に食器を片付けてもらう。


 食後の紅茶も飲み終えてから、ベッドへ飛び込んだ。


 ……うわあ、ベッド柔らかい……!


 ラシード王国の宮殿のベッドもそれなりに柔らかかったけれど、フォルジェット王国のベッドのほうが柔らかく、弾力性があるような気がする。


 意味もなく左右にごろごろしていると、リオネルが来て、ベッドの縁に腰掛けた。


 伸びてきた手がわたしの頭に触れる。




「エステル」




 名前を呼ばれたので起き上がる。




「なぁに、リオネ──……」




 顔を向ければ、リオネルにキスされた。


 驚きと気恥ずかしさで思わず目を伏せた。




「……帰ってきたから、我慢はやめたの?」


「ああ」




 離れた唇がまた触れてくる。


 瞼、鼻先、頬、そして唇にキスが降る。


 くすぐったくてつい笑ってしまった。




「ちょっとくすぐったい」




 リオネルにギュッと抱き締められる。




「……本当に俺のことが好きなのか?」





 それは疑うというより、確認に近い問いかけだった。


 だからわたしもリオネルの背に腕を回して頷いた。




「うん、リオネルが好き。恋愛感情としてね」


「……長かった……」




 はあ、とリオネルが安堵のような溜め息を漏らす。




「ごめん。でも、だって、リオネルって女性からキャアキャア言われるの嫌いでしょ? 恋愛なんて興味ないと思ってたから」


「お前以外に言い寄られるのが嫌だったんだ。好きでもない女に好かれるより、好きな女に好かれたい。当然だろう」


「そ、そっか……」




 照れているとリオネルが体を離し、わたしを見た。




「お前でも照れることがあるんだな」


「わたしをなんだと思ってるの?」


「長年俺の気持ちに気付かなかった鈍感」


「う、それはごめんって……」




 鈍感と言われるとさすがにグサッと刺さる。


 申し訳ない気持ちでいればまたキスされた。


 ……リオネル、実はキス魔なのでは?


 この程度では足りないとばかりに、二度、三度とキスされて、その度に気恥ずかしさが募る。


 多分わたしの顔は赤くなっているだろう。




「お前からはしてくれないのか?」




 強請るように問われて、リオネルの頬を両手で挟む。




「そう言われると恥ずかしいんですけど……!」


「あの時はあんなに大胆だったのに?」


「……あれは、その、勢いでだったし。自分からするのはいいけど、リオネルからされたり、強請られたりすると恥ずかしい」




 リオネルがおかしそうに笑った。




「なんだそれは」




 リオネルの頬を挟む手に、リオネルの手が重なる。




「嫌ではないんだな?」


「……うん」


「それなら、慣れるまでしよう」




 え、と返した言葉がリオネルに呑み込まれる。


 顔が離れ、リオネルの黄金色の瞳にこもった熱を間近で見てしまい、一気に体温が上がる。




「……えっと、お手柔らかにお願い、します……」




 わたしの言葉にリオネルが真面目な顔で言う。




「悪いが約束はしてやれない。俺も、もう何年も待ち続けてきたんだ。……こうして、ずっとお前に触れたかった」




 リオネルの手が頬に、首に、肩に触れていく。


 優しい手つきなのに触れられた場所が熱くなってくるような気がして、落ち着かない。


 顔を寄せられ、思わず目を閉じると囁かれる。




「そう怯えるな。さすがに、想いが通じ合ったからと言って、いきなり事に及びはしない」


「そうなんだ……」




 ホッとしたような、残念なような、不思議な気持ちだ。




「俺の欲望のままに触れれば、苦しい思いをするのはお前だ。ゆっくり、色々と慣らしていったほうがいいだろう」




 うん、と頷きかけて考える。


 ……待って、それはそれで結構恥ずかしくない?


 むしろ一思いにやってしまったほうが恥ずかしくないのでは、と考えたが、リオネルの手の大きさを感じて思い直す。


 わたしとリオネルでは体格差が大きい。


 確かに、色々とわたしに負担がかかるだろう。


 そんなことを考えていると、ベッドへ押し倒された。




「考え事とは余裕そうだな?」




 ジッと見つめられて、視線が泳ぐ。




「いや、確かに色々大変そうだなあって考えてただけで……」


「分かっているならいい」




 またキスが落ちてくる。


 気恥ずかしいけれど、嬉しくて、幸せも感じる。


 そっとリオネルの頬に手を伸ばす。




「でも、初めてで怖いから、優しくしてね」




 今度はわたしのほうからキスをした。




「わたしもきっと、ずっと前からリオネルのことが好きだったんだと思う」




 間近で黄金色の瞳が瞬き、揺れる。




「わたしと結婚してくれてありがとう」




 最初は契約で始まった結婚だけど、今は、リオネルへの好きだという気持ちがハッキリと分かる。


 貴族の令嬢が好きな相手と結婚出来るのは幸せなことだ。




「それは俺の言葉だ」




 柔らかく笑ったリオネルも、幸せそうだった。


 そして今度はどちらからともなくキスをした。







 

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々、無事に終わって良かったと思ったら。 まーだそんな事をするメイドが、いるのか! (●`ε´●) ま、それは放っておいて。 2人の愛を、育んで欲しいです!
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