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貴族令嬢、静寂と旋律の地獄


 【留置所のルーティン】


────────────────────


7時  起床 布団の収納・洗顔・歯磨き・室内清掃

8時  朝食


   (20分の日光浴・入浴)

   ・日光浴は土日なし、休日はあり

   ・入浴と着替えは週2回 


12時 昼食 1時間ラジオと音楽が流れる




18時 夕食


20時 布団の用意・洗顔・歯磨き

21時 就寝 照明が常夜灯に切り替わる


────────────────────


 留置所とは、警察に捕まった人が逃げたり証拠を隠したりするのを防ぐために、閉じこめておく「ブタ箱」だ。検察 (警察ではない) と裁判官が2日、10日、20日と閉じ込める期間をきめる。


 だいたい2日+10日だそうな。しかし私と同じ留置所にいた2人は、私より先に入っていたが、私が先に出た。



チャキ、チャキキ……


「〇✕△◇☆〇✕△◇☆ッッッ!」


「◆●▲✕★◆●▲✕★ッッッ!」



 警官の絶叫が聞こえる。

 手錠をかける音も。

 そして頑丈なトビラが開閉する音、だれかが取り調べのために刑事さんによばれ、留置場を出たのだろう。どこかで何時間も厳しい取り調べを受けるのだろう。私は本音をつぶやいた。



「……うらやましいですわ」



 べつに変な趣味があるわけではない。イジメられたり怒られたりすることに興奮するわけではない。


 確かに気の強そうな女性にワクワクしたり、冷たい瞳の美人にドキドキしたり、そんなお姉さまがチラリと見せる茶目っ気や、ドジなところに魂を持っていかれそうになる部分が、私に全く無いとは言い切れないかもしれない。


 これ以上は問われても黙秘権を行使するが、「年下の姉」という哲学的な概念をわたしは受け入れる。


 そういう高尚な話はおいといて、もう一度【留置所のルーティン】を見ていただきたい。とくに12時から18時、何もない、何もしなくてよいが、何もすることができない、地獄の静寂というべき時間なのだ。



 これが、10日間、場合によっては20日間つづくのか!

 犯罪常習者よ、君たちは毎回これに耐えているのか!



 それくらい大したことねえよ、きっと彼らはドヤ顔でそう答えるだろう。皮肉だと気付けないからだ。犯罪歴や嘘松でマウントをとろうとするような、知性と教養の欠けた人たちが、どうして自分の幼稚さに気付けようか。


 私は自分の犯した罪を恥じる。当然だ。ただエッセイのネタとしては書かせてもらう。

(補足:逮捕理由は恥じていない、罪を犯したことに恥じている) 


 犯罪はやらざるを得ないからやるのだ。貧困が、苦痛が、怒りが、恐怖が、障害が、どうやっても抗えない衝動が罪を犯すのだ。犯罪常習者にとって拘禁される時間というのは、実社会という地獄から解放の開放、救い、黒い安息……




 ……とまあ、それっぽいことをいったところで私の地獄、静寂は終わらない。


 幸か不幸か、私が取り調べで留置場を出たのは一度だけ。逮捕時にすべて話しているし、私が警察に通報した記録も残されており、相手 (被害者) も全面的に非を認めている。証言の食い違いがなく調査を必要としないからだ。


 それはつまり、10日間ほとんど何もすることがない、ということだ。












 ……ヒマだ。


 それだけならまだしも、じっとしていると体がいたい。床は毒々しい緑色の畳を模した合成樹脂、つまり薄いゴムをコーティングした板だ。座っているとお尻がいたい。座布団なんてあるわけない。寝転がるにも枕がないから首や手がいたい。


 デジタルデトックスだ、とかいって喜んでいられるのは最初だけ。筋トレもすぐ飽きる。座禅で瞑想するもお尻がいたくて魔境におちいる。



 色即是空

 空即是色



 完全に無になること、無に耐えることは不可能だ。なら何か一点に集中しよう。それは呼吸だったり、姿勢だったり、苦痛だったり、心音を感じたり……



……ゅんみ………き……こきゅ……


……きゅ……み……ゅん……



 何か聞こえる。

 何か繰り返している。

 何度振り払おうとしても、同じ旋律が脳内で繰り返される。



 それがジャズであったり、童謡であったなら、どれだけ救われたか。



 よりによってこの曲が頭を離れない。



「きゅんきゅんみこきゅんきゅん♡ 」さくらみこ

https://www.youtube.com/watch?v=WIZSYTAeoF4



 なんでや!なんでなんや!



 ……神に誓って、いや黒い安息日の名にかけて悪魔に誓って本当の話だ。ネタではない。作った話ではない。そもそもホロライブなら、せめて星街すいせいの「Stellar Stellar」とかが流れて欲しい。しかし現実はきゅんきゅんみこきゅん♡なのだ。どうやっても振り払えない。



 頭がおかしくなる!これが噂のガンザー症候群か!



 坂本龍一がガンで手術を受けたあと、長い期間にわたり「タケモトピアノ~♪」の旋律が頭から離れず発狂しそうになったという話を思い出した。だめだ、私もだんだん頭おかしくなってきたにぇ……




「56番、新聞は読む?」



 警官が唐突に現れた。手には四つ折りの新聞紙。



「よよよ、読みますわ!読ませてくださいまし!」



 人生でこれほど新聞を真面目に読んだことはない、というくらい隅から隅までじっくりと読んだ。ていうか新聞が無かったら狂ってた。マジで。ちなみに産経新聞だった。まあ、そうだろな。さすがに警察署内の留置所で赤旗や朝日は出してこないだろう、知らんけど。



「56番、小説の貸し出しもあるぞ」


「まあ!なんてこと!先に言ってくださいまし!」




To be continued...


【エンディング】

「Roundabout」YES

https://www.youtube.com/watch?v=kmZoQFYYx8U

 永野護も大好きなクリス・スクワイアのリッケン4001って、落としてヒビが入ったから独特の音がするって噂は本当?


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― 新着の感想 ―
まさかの小説貸し出し!? やっぱりみんな暇だから…………。 ワタシは本当にヒマなときは脳内図書館で本を漁るのだが、最近は年のせいか乱丁がヒドいのだ。困ったものだ。
ガンザー症候群の症状 徐々に反応が乏しくなる。 的はずれな受け答えをする。 自分が誰なのか分からなくなる。 留置場って恐ろしいところ…本当に全てから解放されてしまうと、逆に人は死んでしまうのですね……
ネットが使えない留置場や刑務所では、誰しも小説(「官本」と言うらしいですね)や新聞を食い入るように読むらしいですね。 令和の現在における蔵書のラインナップも興味深い所です。
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