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観の目



 それはオカルトじみた神秘的な概念なんかじゃなく、もっと生々しい現実的な話だ。



 柔道やレスリング、空手なら芦原会館や大道塾などを3ヶ月くらい経験すると、人の体に触れたり服を掴んだりしたときに、相手の体重や筋量、反射神経や重心の位置を感じることができるはずだ。これをコントロールする行為を「合気」と呼ぶ、私はそう教わった。


 さらに修行や人生経験を積んでいくと、相手の目つきや姿勢、身のこなしなどから情報を読み取れるようになる。これが「観の目」だと教わった。刑事と消防吏員(消防士)を見比べてみるといい、体つきや姿勢が全然違う。よく見れば警官と刑事でも違いを感じる。とはいえ「観の目」は武道・武術経験がなくても持っている人はいくらでもいる。



 なぜこんな話をするのか、それは今回と今後の話に必要だからだ。



◇◇◇



 留置所の朝は早い。


 ……ごめんウソ、そうでもない。言ってみたかっただけ。


 7時に起床、歯磨き・洗顔。

 8時に朝食


 そしてテラスで日光浴ですわ、ホーホホホ!


 本当である。随時順番に20分ずつ日光浴の時間があたえられる。希望があればその時に爪切りや綿棒で耳掃除なども可能だが、道具は貸し出しなので部屋に持ち込むことはできない。


 警官が部屋の鍵を開ける。


ガチン



「56番、運動の時間なので部屋を出てください」


「よろしくてよ」



 テラスというより外階段の踊り場というべきか、広さは6畳くらいで居室より狭い。そこに私と38番(若い被疑者)、警官が2名。わりと暑苦しい空間だ。警官たちはフランクに日常会話など交わしてくれるし、被疑者同士の会話も少々なら許される。


 私はネズミ色でヨレヨレのスエットを軽くつまみ、膝を曲げてカーテシーでご挨拶。


挿絵(By みてみん)


「ご機嫌うるわしくてよ。私は傷害罪、あなたは?」



 38番もカーテシーで返礼。



「ご機嫌うるわしくてよ。私は詐欺の受け子ですわ」


「あらやだ、ホーホホホ!」


「ホーホホホ!」



 貴族令嬢同士の優雅なひととき。監視する警官も執事に見えてきた。


 警官が至近距離で監視しているので詳しい話は聞けなかったが、どうやらネットで闇バイトの募集に参加して詐欺罪で逮捕されたらしい。私は内心、思いっきりバカにしていた。ホントにいたんだ、そんなテンプレの犯罪をする人が!


 とはいえ38番からしても、私を若く美しいけど危険な人物、と思ったに違いない。まあ、お互い様ということで。


 テラスというか踊り場というか、警官が運動場と呼ぶそこは、屋根も高いが周囲を囲む壁も高い。隙間から灰色の空が見える。



 やがて運動の時間は終わり、私は部屋にもどされた。



 無の時間がはじまる。白い壁しかない。しかたない座禅のマネでもしておくか。



◇◇◇



 目を閉じて呼吸を整えていると、隣人の声が聞こえる。ていうか、めっちゃしゃべってる。相手は警官らしい。親に甘える小学生高学年のような、他愛もない無邪気な内容だ。警官もいちいちそれに応対している。暴れると厄介だから相手しているのかと思って聞いていたが、どうやらそうでもないらしい。


 警官の言葉からは明らかに慈愛を感じる。社会的弱者に、打ち捨てられ見捨てられたものに、人々が見向きもしないものに、理解されなかったものに向ける仏性、アガペーを感じさせる応対をしていた。

 隣人の話す内容に品性は感じられないが……妙に無垢というか……ああ、これは思春期をむかえる前の、子どもの感性だ。


 つまり、隣人は……


 いや、これ以上は言うまい。憶測にすぎないし、答え合わせもできない。それに知った所で私に何ができる、何の関係がある。踏み込んではいけない一線だ。


 本来この話は胸にしまい、誰かに話すつもりもなかった。しかし後日、一瞬だけ隣人を目にした。その体験をどうしても書きたい、書かざるをえない。



◇◇◇



 数日後、留置所の通路で隣人を見た。偶然のバッティングだったが、警官が彼の部屋をカーテンで覆う理由を理解した。その目を見た。私は震えた。


 怖かった。


 理由が言語化できない。私は過去に色々あって大きな反社組織・四次団体の〇〇〇や五次団体の〇〇クラスの人間を何人か見てきた。彼らは独特の怖さがある。中には○○経験者もおり、悪趣味ながらその話も詳しく聞き出したこともある。しかし、隣人の怖さは方向が違う。


 介護職の経験があるので、ある種の障害をかかえる人に近い感覚だとは思った。しかしもっと異質な、無礼を承知で表現すれば魚類のような、節足動物のような、冷たく無機質な目だった。身体的特徴もあったが、ここでは書けない。


 わからない、直感としか言いようがない。隣人は穏やかに部屋から出るところだったが、私は目を合わせることもできず、うつむいて通り過ぎるのを待った。陳腐な表現だが、本能が警告を出していた。生涯忘れられない体験だった。



 私は思う。この怖さに気付けない人はいる。もしそんな人が実社会で隣人に……



 いや、これ以上は考えまい。憶測にすぎないし、答え合わせもできない。それに考えた所で私に何ができる、何の関係がある。踏み込んではいけない一線……



◇◇◇



 次回は昼食回

「貴族のグルメ、粗食ダイスキ!くろいあんそくびさん」の巻

ぜってえ見てくれよな (CV:野沢雅子)




PS

リアル筆者・黒い安息日を見て描かれたとしか思えないAIイラストは「かぐつち・マナぱ」さんから頂きました。ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ふむ。 取りあえずワタシが会ったことのないタイプのヒトなんだな、隣人さんは。
イラストおめでとうございます。 スウェットの裾を摘まんでのカーテシー。 イメージにピッタリですね。
不謹慎かも知れませんがイラスト作りましてよ! (*´艸`*)<ダメなら速攻に消しましてよ! https://42725.mitemin.net/i1024099/ <i1024099|42725>
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