貴族令嬢、留置所で寝る
明日更新のつもりが、なんか思ってたより評判がいいので、調子に乗って続きを書き上げちゃいましてよ。
◇◇◇
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
隣人のデスボイスがひびく中、私は留置所の自室に入った。
そこは8畳の広さで、あるのはトイレだけ。家具や小物など一切存在しない、徹底した虚無空間である。白い壁は武骨に塗り固められており、何度も重ね塗りされた跡がある。
入口というか正面は鉄格子で、隙間は頑丈な網目の鉄でおおわれており、ボールペンすら通すことは出来ないだろう。
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
唯一存在するトイレも透明な強化プラスチックで囲まれており、昔懐かし電話ボックスのような状態である。
そして和式……だが、私は足が悪いので特別に洋式トイレに変更してくれた。
とはいえプラスチックの洋式便座を上にのせただけだが。
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
うるさいな……だんだんイライラして来た。
……ごほん。
それはともかくトイレの透明なプラスチックの壁だが、どういうわけか落書きで一杯だった。
「四代目 死異菜 弧弧魅 参上」
「暴走連盟 火愚土・魔那派」
どういう系統の人間がここに留置されていたのかよくわかる書き込み、いや刻み込みである。
ていうか金属はおろかプラスチックなど硬いもの、服のボタンすら持ち込めないのにどうやって強化プラスチックに刻んだのだろうか……。
後にわかることだが、最低でも一日三度は徹底した身体検査を行うのに……今もって謎である。
「平成23年 ○○○だいすき愛してる」
こういうこと書く奴に限って、すぐ別れる。
賭けてもいい。
「FACK」
いや、つづり間違えてるやん。
せめてそこはちゃんと書け。
「ギャァァァ……」
お隣さんの絶叫も弱まってきたところで警官が部屋の前に立った。
ガチン!
扉の鍵が開けられる。
「56番、就寝の時間なので部屋を出てもらうよ」
「よろしくてよ」
敷布団・掛け布団・枕の一式は、部屋を出て別室から取り出し自室に持ち込む。ここで再度部屋を出て、洗顔と歯磨きである。
歯ブラシ・タオル・石鹸などは貸し出してくれるが、ここでワンポイント。
タオルは洗面台の前に自分専用のものが吊るされているのだが、ビシッっときれいに折り目正しく吊るさないといけない。曲がっていたらやり直しらしい。
後日怒られている人を見た。
洗顔のとき留置所のフロアを見渡せるので観察すると……っていうかフロアというにはあまりに狭いのだが、部屋は4つあった。
そのうち一部屋はカーテンが引かれ中が見えなくなっている。
どうやらそこがデスメタルのライブハウスらしい。危険人物なので他の人と目が合わないように、ということか。絶叫は弱まったが、壁へのブラストビートは時折響く。
後にわかるのだが、この留置場に入っているのは3人。
もう一人は20代前半くらいの若者で、このとき目が合い軽く会釈した。
部屋に戻ると、先ほどの布団を警官が調べている。
持ち込み物や隠し物をチェックしているらしい。
いや、今来たばかりだし布団持ち込んで10分も経ってないし……めちゃくちゃ厳重ですこと。
時刻は午後8時。
別に布団を敷いて寝てもいいらしい。ただし消灯は午後9時。
いろんな意味で疲れたので寝ることにした。
「ギャァァ」
まだ叫ぶんかい。
◇◇◇
スマホもPCも見ない夜なんて、何年ぶりだろう。
窓はあるけど遠くて夜空も見えない。
ていうか殴ったオッサン、大ケガで入院とかだったら嫌だな。
正直ケガさせるつもりは無かったんだよな。
ていうかショックで心臓麻痺とか……いやマジでないと思う思いたい。
さすがにやり過ぎたかな……
予測通り10日で出れるといいな……
思ったより重罪で20日まで伸びたらどうしよう……
それどころか簡易裁判で終わらず通常裁判になったり……
まさかの実刑……
まさかの……
……
「〇✕△◇☆〇✕△◇☆ッッッ!」
警官、唐突の絶叫。
「◆●▲✕★◆●▲✕★ッッッ!」
もう一回叫ぶドン(太鼓の達人)
「うぴゃああああああああ!」
ウトウトしていたのに飛び起きる貴族令嬢・黒い安息日。
私の部屋はフロア入り口の前なので、出入りする警官の絶叫が丸聞こえなのだ。
せっかくアンニュイな気分を味わっていたのに……
やがて午後9時になり、電気が消されたあとは警官の絶叫は無くなった。
「……ギャ」
隣人、まだ叫んどったんかい。
お前もいいかげん寝ろ。




