貴族令嬢、留置所に入る 【ここから本編】
感想欄に「弁護士を使って示談などを行い、起訴取り下げ」を目指さなかったのか?と書かれていた。
これは大変良い質問である。
そもそも弁護士を使わなくても相手との連絡が可能であれば示談交渉は出来るし、なんなら警察に示談の相談もできる。相手が起訴取り下げ、つまり「事件は無かったこと」にしてくれれば基本その場で釈放される。
ではなぜ、若く美しい貴族令嬢である黒い安息日は、示談交渉をしなかったのか?
……留置所に入ってみたかったからである。
BGM:「刑務所はいっぱい」人間椅子
https://www.youtube.com/watch?v=ticS84XI0Vc
(この曲が収録されているアルバムは超名盤)
USJに行った?
ディズニーに行った?
アスレチックに行った?
海外に行った?
ホホホ、それはようございましたな。
わたくし、留置所に行きましてよ?
……レア度の格が違う。
体験談なら、どれが一番聞きたい?
留置場に入った理由が詐欺や痴漢だったら、そのまま永遠に入っとけと思う。薬物やひき逃げは話を聞かされる側が引いてしまう。サラリーマンや公務員の服役は、その後の人生を思うとかわいそうで聞いていられない。
私は自分の逮捕理由を恥じておらず、胸を張って言うことができる。さらにフリーランスな職業で生活に大きな影響もなく、独身で親族もいないので家族に迷惑をかける心配もない。
まさに今、理想的な状況で留置所入りすることができるのだ。
それが長期間だとさすがキツイが……たったの10日間!
(正確には48時間+10日なので11日間)
インド旅行で人生変わったというのはよく聞くが、それより安全で、それでいて強烈な体験ができるかもしれない。しかもタダ。ぶっちゃけ、ワックワクである。正直に言おう、うれしくて興奮していた。
(実はタダでは無いのだが、そこは後日)
◇◇◇
私が逮捕された警察署は留置所が満杯だったらしく(何があったんだ……)遠く離れた警察署へ移送されることとなった。護送車……と思いきや、まさかの普通乗用車で移動。私の逮捕理由もさることながら、被害者も全面的に罪を認めているらしく、同乗する警察官は私に同情的で和気あいあいとした移送となった。ていうか被害者が罪を認めるってなんやねん。
とはいえ私の両腕には冷たい手錠がかかったままである。
一時間の移動で私が入る留置所のある警察署へ到着。手錠を外し身体検査。お尻の穴まで調べられるが、個人的にはなんとも思わない。持ち物は下着も含め全て没収、留置所で用意されたヨレヨレでくたびれた上下のスエットに着替える。ただしTシャツは自分が着ていたものも使用可能。いかにも囚人なコーディネート、いいね、気分が上がってきた。
「ここからは名前じゃなくて番号で呼ぶからね」
「よろしくってよ」
「あなたはこれから56番だから」
「わかりましてよ」
私は56番になった。なお留置所の人は看守ではない、普通に警察官である。服装もよく見る水色の制服、とはいえ銃や手錠は携帯しておらず帽子もかぶっていない。あと口調だが、少々砕けてはいるものの丁重に話してくれる。決して高圧的ではなかった、むしろ見下してくれていいのに……
留置場のあるフロアの前に立つ。その頑丈な扉の前で警官が突如絶叫。
「〇✕△◇☆〇✕△◇☆ッッッ!」
それに呼応し扉の向こうで警官が絶叫。
「◆●▲✕★◆●▲✕★ッッッ!」
鉄の扉が開く。
なるほど、なるほど。留置所に入る人は起訴前なので、犯罪者として扱えない。けれども反抗的な態度をさせないよう気合を見せているんだな。わかるわかる。いいね、気分が上がってきた。ま、怖くもなんともないんだけど。
そんな甘い考えは一瞬で砕かれることになった。
留置所フロアに入る。
そこで響き渡る、狂気の絶叫。
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!
固い壁を叩きつける鈍い音。
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫は止まらない。
よく見えないが数人の警官が一室の前に集まっている。
警官のひとりが叫ぶ。
「やめなさい!やめなさい!」
「とるな、とるな、とるなああああああああああ!ビデオでとるなああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「やめなさい!頭が割れるぞ!やめなさい!」
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン……
……え?
なにこれ?
めっちゃ怖いんですけど?
私を案内してくれた警官が、絶叫と鈍い打撃音が鳴りひびく部屋の横の扉を開いた。
「56番、ここに入りなさい」




