貴族令嬢、留置所でヤバくなる
留置所の入る前に薬の服用について聞かれた。ありませんわ、と答えると、体温・血圧が測られた。
体温 異常なし
血圧 異常あり 220/110
絶句した。
私は今まで高血圧と診断されたことはなく、その認識もなかったので自宅に血圧計などない。だから気付かないうちに高血圧症となっていた可能性もある。
しかし、一年にわたる迷惑行為、激怒してビンタ、逮捕、留置所、という血圧アゲアゲのイベントが連続したことが影響したと考えられる。ていうか、それが原因だろ。
留置所にいた10日間+48時間、毎朝降圧剤を飲まされていたが、血圧が下がることはなかった。後の話になるが、留置所を出たあと即病院で診察してもらい、その一週間後は160/80、現在も通院中だが血圧は下がり安定している。
当時の血圧が高すぎてヤバくね?と思うかもしれないが、ハッキリ言ってヤバい。
ふらつくこともあったし、運動場で立っているだけなのに汗がだくだく流れ出して、時間を切り上げ部屋に戻ることもあった。
しかし、本当にヤバいのは血圧じゃなかった。
◇◇◇
読書で時間つぶし、といっても限界がある。やはり多くの時間は白い壁をじっと見つめている。
想像してほしい。
あなたが乗った客船が天候で港につけなかったとする。海上で10日間、一切の連絡は断たれ、個室に閉じこもり不安に満ちた毎日。
天気予報を見ずに出航を決めた自分が悪いと頭では理解していても、精神はそれを許さない。
思考と精神は、別物。心はむしろ肉体寄りなのだ。
壁のシミ、正確にはへこみが意味をもって見える。右下が微笑む魔女、左上がフードを着た人の群れ。いずれもデフォルメされたカートゥーン的な表現に見え、徐々に無機質な悪意を感じるようになった。
ここに収容された犯罪者たちの身勝手な恨み、苦悩、苦痛。
「平成23年 ○○○だいすき愛してる」
幾年にもわたって蓄積された犯罪者の、社会的にはじかれた人々の叫び、それは隣人のように、あるいは無言で。
それを見つめ微笑む魔女、フードを着た……死神の群れ。薬物中毒者も、○○事件の犯人も、ここに留置されていたのだ。
そして私も、同類に落ちている。
目を閉じた。
本来見えるのは、暗い闇とまぶたを通過するぼんやりとした白い光。しかしその時見えたのは、ギザギザとしたモノトーン。刺々しい波状、それがゆったりと流れ動く。
リフレインされる陽気な旋律。
ラヴクラフトの描く世界が、空想というより直感的なものだと理解した。
他のクトゥルフ作家と差別化されるのは、始祖であることより見えた景色の違いだ。
それは人や環境によって異なり、薬物や自覚している精神疾患による幻覚とは違う、根拠なき不可解なのだ。
私は恐怖を感じるより、むしろ正気を保つのに必死だった。
……カッコよく言い過ぎた。その頃の心境を正直書くとこうだ。
「やっべ、頭がおかしくなり始めてますわ!」
PS:留置所を出た瞬間に治りました。
◇◇◇
午後6時
夕食が配られる。食事の時間は数少ない人間社会とのつながりであり、正気を保つ特効薬でもある。飢えているわけではないが、待ち遠しい時間だった。
【夕食】
・仕出し弁当
焼き鮭
キュウリの酢の物
マカロニサラダ
白米+黒ゴマ
・コップに入ったお茶
隣人の絶叫が聞こえる。どうやら焼き鮭が不満らしい。たしかに小さいが、隣人はメニューそのものが不満らしい。まあ気持ちもわからなくはないが、魚は結構高いんだぞ。量より質で言うなら肉より格上だ。
[焼き鮭]
おいしい。でも、ものすごく小さい。まるで一切れの鮭を3等分したような……これは連続バラバラ事件。そして相変わらず留置されている被疑者は3名。それにしてもトンカツを下回る小ささ、まるで星街すいせいのバストサイズだ。
おい、ヤス。これはどう思う……ボクはホシだから?何を言ってるんだ?
[きゅうりの酢の物]
おいしい。そしてこれはうれしい。私は酢の物をあまり作らないので、ひさびさに食べれて喜んだ。え?自宅ではシェフに作らせてるんじゃないのかって?まだ覚えてたのかよ、うっせえな……。量は少ない。
[マカロニサラダ]
おいしい……が、焼き鮭にマカロニサラダ?どういうセンスだよ。しかもキュウリが入ってる。だぶってるやん、酢の物で余ったキュウリを使いまわしか?いや、私の推理では、業務用マカロニサラダを入れただけだな。量は少ない。
[白米+黒ゴマ]
おいしい。書くことがない。大盛りご飯とかけて、にぎやかな感想欄と解く。その心は、米 (コメ) にあふれてます。つまらん、そして目の前には小盛りのご飯。そういや小森のおばちゃまっていたよな……なんで映画評論家ってみんなクセ強いんだろ。
本エッセイもいよいよラストスパート、もうすぐ終わりましてよ!




