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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第3部
24/88

1-3-15-3 【桜瀬七波】 スタートライン 3

 ――そしてその翌日。今現在に至るわけだが。


七波「んっ……」


 恐る恐るではあったけど、あたしは段になってる展望台――あの男に襲われた場所へとやってきた。


 時間はお昼前、そんな事があるはずないって考えて当然なはずなのに、やっぱりどこかで警戒して、あたしは背中を時折振り返っては、周囲を見回してしまっていた。


 とく、とく、と緊張と杞憂の狭間で打たれる中途半端な心臓の鼓動に、少し不快感を覚える。


 でも。



 ……そこに想像していたものは何もなかった。



七波「……はぁ」


 小さく、ため息。


 正直そこに何があったらあたしは満足するかと言えば、確かに言葉にはしづらい。


 死体があればよかったのか? それを調べてる警察官でもうろうろしてればよかったのか? はたまた血痕のようなものでも残ってればよかったのか?


 ほら、なんか事故とかあると『何日何時何分の事故について情報を求めています』みたいな看板が出てたりするじゃない? ああいうのとかあればあたしは……。


七波(……)


 ……肩のヒビは、忘れかけてる。足や背中の痛みはもう全然感じられない。

 このまま、あの事件を、全てなかった事としてしまっていいのか?


七波(……違う)


 そうなんだ。


 あの夜に起きた事件を知っている人間、そしてそれが危険であることを知っている人間は、恐らく今、この地球であたしだけなんだ。

 その危険に、どうにかして立ち向かおうとしているのが、あたしの今の行動原理。


 そして昨日あたしが聞いた、溶けて死んでたっていう犬の話題が、あの事件が終わっていないという警鐘を強くする。


 お兄ちゃんに危険が及んだら。


 咲子に危険が及んだら。


 莉々菜ちゃんに危険が及んだら。


 お店のみんなに危険が及んだら。


 ……その時に、あたしが何もしていなかったら、あたしは悔やんでも悔やみきれないだろう。



 でも、その場をうろうろして、あの男の死体の痕跡の一つでも発見できればと思っていたのに、結局はあの体から零れた血液の一滴すら見つける事は出来なかった。



 募る不安。


 怖い。


 ただの独りよがりの責任だったとしても。


 無力な自分が何もできなかったがために、誰かが傷つくことが怖い。


 全てが風化して、気が付いた時は手遅れなんて……想像するだけでも……。



  ◆



???『所属宙域によっては、同じ警察機関であっても、権限はともかく倫理観がズレていることは珍しくない。過激なテロを抑えるために、あくまで威嚇用と称して大量殺傷兵器の携行を許可する署もあると聞く』


???『……その結果出る周囲への被害を揉み消す所も抜かりないそうだがな』



  ◆



 ――『あの人』の言葉が脳裏をよぎる。


 今、この場の状況は、事件を揉み消した結果なんだろうか?

 それで全て終わった事になっていてくれたらと、あたしは願うばかりなんだけど、それはさすがに願い過ぎってのは理解してるつもり。


七波(……あの夜、間違いなくここであの事件があった)


 ……終わるも何も、全ては、その痕跡を見つけるところからだ。



  ◆



 ――そのままあたしは歩みを、オフィス街の奥の方へと進めていた。


 フレイバーンに押し込まれるように追い回されて逃走劇を図った道。それは、『あの人』と一緒にこのオフィス街からの脱出を図ったルートでもある。


 あの、あたしが逃げ込んだ小道に何か残っていないだろうか。

 ……『あの人』と逃げる算段を立てたビルの通用口のある、あの道だ。


 と、少し小走りになるあたしの横を、一台のトラックが追い抜いていく。



 そのトラックの形状は。



七波「……ぁっ……!?」


 トラックは、あたしの視線の先のとある場所で止まった。


 それはこのオフィス街の街路にいくつも並ぶ、一本の街灯の前だ。

 トラックから降りてきた業者の人たちは、その街灯のライト部分を見上げながら口々に何か言っていた。


七波「……っ……!」


 あたしは、藁にも縋る思いで、そこへと向かって駆け出す。


 トラックの荷台部分は、高所作業用の、カゴの付いたブームリフトとか言うやつになっている。――つまりこの人たちは。


七波「……あの!」


 あたしは業者のおじさんたちに声をかける。


業者「え……? ……はい?」


 唐突に声をかけられたおじさんたちは、思いも寄らないといった表情であたしへと視線を向けてきた。……そりゃこんな時間に、更に作業とはかけ離れた存在である女子高生に声をかけられたら、そうもなるだろう。


 ……えと……。


七波「どうか……したんですか?」


業者「……どうか……ってのは……?」


 うわ、自分でもあんまりな質問に自分で引く……。落ち着けっての……!


七波「が、街灯の交換……。……あっ……!?」


 あたしは言いながら視線を上げて、その街灯の照明部分がどうなっているか、そこでようやく把握することができた。


七波「割れて……」


 そこにあるべき照明は、根元の部分だけ残して粉々に砕けた様相を呈していた。


業者「……ああ、そうなんだよ。街灯の照明ってのは普通、あんな風に割れたりしないもんだから、誰かのいたずらか――いたずらにしたって悪質だけど、まぁそれか、事故かって思うんだけどね。俺たちはその交換に来たんだよ」


七波「いつですか!?」


業者「……えーと、連休中だって話……」


七波「ぐーたーいー的にっ!!」


業者「あ……」


 目を白黒させるおじさん達。……しまった、いつもの常連連中相手の時と、同じテンションで喋っちゃった。


業者「あー……確か、役所の人は月曜日の朝に通報があったって言ってたから、日曜日の夜じゃないかって」


七波(……やっぱり……!)


 ――こないだの三連休の真ん中、日曜日。その夜に、この街灯は壊された。


 ……うん、あの夜の事は、間違いなくあったんだ。

 あたしはまず、その事に大きく安堵した。やっとスタート地点に立てた気がしたんだ。


 周囲を見回す。

 この一本の両隣となる街灯が、同じような形で割れているようには見えない。……って事は。


七波「……街灯が割れてたってのはここだけなの?」


業者「うん、俺たちはそう聞いてるけど」


 ……フレイバーンは一本どころか、周囲が真っ暗になるぐらい、何本も街灯を割って歩いていた。むしろ通った道にあった街灯全部だろう。

 それが元に戻っているという事は、あいつは何らかの形で『その状態を揉み消した』。とすると、この割れたままの状態の街灯ってのは、その見落としであることが濃厚。……あたしみたいな雑な生き物からしたら、一か所ぐらい見落としたとしても何の不思議も感じないけど。


七波「……ありがとうございます」


業者「あ、いや、どーも」


 怪訝な顔のおじさん達だったけど、あたしが離れていくと作業を開始したようだった。


 あたしは車道を横切って、歩道の向こうのフェンスへと歩いていく。


 展望台ともなっているそこには、ベンチなんかも等間隔で歩道の端っこにいくつか置いてあって、フェンスから眼下に広がる与野城町を、そのベンチで一望できる。……たまに見える、この時間に座っている連中は、きっと営業のサボりとか、窓際族とか言われる人種だろう。


 あたしはそのベンチの一つを横切って、フェンスに手をかけた。



 ……ここにはやっぱり『何か』がいた。



 それは、あたしの心情的には良い事なんだけれど、同時にこの町がある一つの重大な危機を孕んだという事でもある。


 そんなのが決していい事のはずがなく。


 そして、スタート地点に立てた事は喜ばしいが、あの夜の事を思えば、ここからのランニングは平坦なはずもなく、むしろ計り知れない危険だらけの障害物競走と言うべきものになるだろう。


 そもそもどうするか? あの謎の地球外生命体相手に、あたしは何ができるのか?


七波「……孤軍、奮闘……ってか」


 フェンスを、ぐっと握る。


 援軍は、ない。考えれば考えるほど、置かれた状況の悪い所しか見えないってんだから、全くもって救いがない。


 その事実に、あたしは耐えられるだろうか? あたしの最善は、この町を危機から解放できるんだろうか?


七波「……でも今は、進むしかないよね……!」


 あたしの武器は、前向きなこの性格だけみたいだけど、とりあえず一番手近な役に立つものがこれしかないなら仕方がないってもんで。


 まずは、町の方へ。

 あの夜から動いた事件の流れを追って見る所から……。


七波「……ぃっ……!?」


 振り返り、ベンチへと体を向けた瞬間、体の動きが完全に止まった。


 完全にあり得ないと考え得るものは、脳が何の認識もしないらしい。フェンスへと歩み寄った際に、ベンチの脇をすり抜けた時は、うだつも上がりそうにない冴えないサラリーマンがサボりかましてるのかと思って完全スルーした。


 が。


 その人を正面から捉えた瞬間、脳はその人を強烈に認識し、あたしに『意識せねばならない』と訴えかけてくる。




 何気ない昼時前の麗らかな日和。その青空の下の、眺めのいいオフィス街のベンチ。


 ……そこには。




 悠然と足を組んで本を読んでいる『あの人』――ゲフリーさんの姿があった。




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