41 盟約
大聖堂がまばゆい光に包まれた。
見上げた瞬間、空間に亀裂が走る。
現れた裂け目から、巨大な影がゆっくりと降り立った。
(白い……犬?)
その獣は、公爵が魔力暴走したときに見た犬の姿に、どこか似ている。
けれどはるかに大きく、毛並みは雪のように白い。
「あのすがたは……!」
大聖女が、はっと息をのんだ。
「けいじでみた、ていとをおそう、きょうじゅうですわ!」
(えっ。召喚ガチャを回しまくった結果、凶獣引いた!?)
誰もが声を失い、白き巨体を見上げる。
私の腕の中にいたエトワールが、獣へと振り返る。
そして私を守るように、ぱっと両腕を広げた。
「だめ、おっきいいぬしゃん! おかぁしゃま、ぱくってちない!」
(前にエトが泣いて話した「私が犬に食べられる夢」の犬って……!?)
凶獣は舌なめずりをしながら、獲物を探すように周囲を見回す。
(あ、これ。全力で食べるときの顔だわ)
小説内で凶獣に殺されたシーンが脳裏をよぎる。
捕食者の目が私で止まり、優雅に跳躍した。
(こっ、こっちに来た!)
けれど凶獣は身構えた私ではなく、祭壇へと歩み寄った。
そこには整然と並べられた供物。
私のかわいいキャラスイーツが、大きく口を開けた凶獣の牙に貪られていく。
大司教は分厚い聖典を抱えたまま叫ぶ。
「あの神々しい姿……凶獣ではない。間違いなく神獣!」
広間が一気にざわめく中、大司教は続ける。
「魔の飢えを鎮めるため、供物を欲しているのだ!」
お供えは、ちゃんと意味があったらしい。
神獣はもぐもぐと、最後のケーキを平らげる。
(スイーツで満足すれば、小説みたいに私を食べたりはしない、はず……よね?)
「実に美味。しかし、まだ足りぬ」
鋭い眼光がこちらへ向けられる。
まるで、最後のデザートを吟味するみたいに。
(ヒッ! 私を食べてもおいしくないわ、たぶん!)
「供物を捧げたのは、お前だな」
なんかバレてるし。誤魔化すなんて、出来そうにない。
「……は、はい」
「気に入った。供物を重ねるならば、この地を守護しよう。盟約、結ぶか?」
(たぶんこれ、私の発言によって帝国の運命が変わるやつだわ)
視線を送ると、大司教が勢いよく頷く。
それを確認してから、私は白い獣を見つめた。
「神獣様の仰せのままに。今後も供物を捧げます。どうぞ、この国をお守りください」
「承知した」
神獣は大きなあくびを一つすると、くつろいだ様子で身を伏せ、目を閉じる。
ほどなく、静かな寝息を立てはじめる。
「……す、すごい」
人々は祈るように手を合わせ、歓声と涙が交じり合った。
「神獣がこの国を守ってくれるなんて!」
子どもも大人も、声を上げて笑う。
先ほど召喚された山のような品々を抱え、大聖堂は一気にお祭り騒ぎになった。
儀式の最後、女帝は参列者に告げた。
「祈りが奇跡を呼び、帝国民は神獣の守護を得た。この素晴らしい啓示の儀を、私は心から祝福する」
その宣言とともに、新たな啓示の儀は幕を閉じた。
女帝は去り際、ふと足を止めて振り返る。
ほんの一瞬だけ、大聖女と交わし合った微笑み。
そこには母と娘の想いがあった。
再会は果たせた。
けれど、まだ遠い。
それでもいつか、肩書ではなく家族として、自然に笑い合える日が来てほしい。
ふと、白い巨獣の気持ちよさそうに眠っている姿に、視線が止まる。
(それ、神獣がいれば叶うんじゃない?)
腕の中のエトワールが、こくんと頷くように首を落とすと、すぐに寝息を立て始める。
あれほどたくさん召喚したのだし、無理もない。
私は眠るエトワールを腕に抱えたまま、深く息を吐く。
(……エトの魔力、ちょっと取り込みすぎたかも)
腹の奥で、嫌な重みがじわじわと増していく。
今の私は悪喰で吸った魔力を、そのまま貯める体質になっている。
(これ、「おなかいっぱい」どころじゃないわ。むしろ、はちきれそう)
このままでは悪化して、私が魔力暴走しかねない。
それでも、エトを抱いたまま倒れるわけにもいかない。
そう思っても身体はいうことをきかず、踏みとどまろうとした足がよろめく。
次の瞬間、背後から大きな腕が伸びてきて、私の肩をしっかりと包み込む。
(あ。少し、楽になった)
不思議だけど。振り返らなくても誰なのか、わかる。
「もう、大丈夫だ」
その温もりに身を委ねながら、私は静かに頷いた。




