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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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39 封魔下の聖具

「この祭壇の結界を神獣が破壊すれば、聖具の羽ペンが手に入る。ようやく……ヴィオレッタの意識を取り戻せる」


「そのためにラウルドを騙したんですね」


 声をかけると、黒衣の男はゆっくりと振り返った。

 揺れた紫髪はラウルドと同じ色。


 彼は『スミレに誓う禁断の愛』で、ヒロインのステラの恋人として登場していた男、コルヴォン。


 けれど、その正体は――


「ラウルドだけじゃありません。聖女ステラも、エトワールも、そしてアルージュも」


 私は『スミレに誓う禁断の愛』の黒幕に向かい、一歩前へ出る。


「あなたにとってはすべて、道具だった」


「ほう……よく気づいたな」


「あなたはアルージュの嫉妬を利用し、紫髪の幼子……エトワールに神獣を召喚させようとした」


 それで私たちがどうなろうと、コルヴォンは何も感じない。

 失われた婚約者を取り戻すための、ただの手段だから。


「そして封魔も貫通する神獣の力で大聖堂を破壊し、混乱の隙をついてあなたは聖具を奪う」


 ――それは『スミレに誓う禁断の愛』のクライマックスに書かれていたシーン。


「その通りだ。すべては、ヴィオレッタとやり直すため」


 でも私は前世の記憶を思い出し、別の選択をした。

 だから物語は、彼の思惑通りには進まなかった。


 コルヴォンは目的を果たすため、今回の事件を計画したのだ。


「そしてお前が俺の邪魔をし続けるのも、ここまでだ。見ろ」


 コルヴォンは透明な結界の中で舞う羽ペンを指差した。

 宙に描かれる光の線が、ところどころ途切れている。


「この聖具は理を書き換える力を持つ。だが魔力のインクが劣化している」


 それで封魔の影響を書き換えきれず、近年は天候が乱れやすくなっていたのだ。


「羽ペンを修復すれば、ヴィオレッタの意識も正常に書き換えられる。そのための方法を探し続け……ついに見つけた!」


 彼の声は高揚し、酔いしれるような眼差しがぎらつく。


「神獣の力で封魔下の結界を破壊し、羽ペンを奪う。劣化したインクは、聖女の血で浄化する!」


 コルヴォンの目的には聖女と聖具、両方が必要だった。


 彼はまず、聖女ステラに近づいた。

 けれどステラは馬車事故で亡くなり、聖具も結界に守られたまま。


 どちらも、コルヴォンの手には渡らなかった。


 だから今、彼は神獣を召喚させて聖具を奪い、劣化したインクを聖女の血で浄化しようとしている。


「わかっただろう。早くエトワールとレオノールを連れてこい」


 息が詰まり、声がわずかに揺れた。


「あなたは……幼い子まで危険に曝すつもりですか?」


「世界が俺たちを引き裂いたせいだ!」


 コルヴォンは婚約者を魔力暴走に巻き込んだ事実を――自分が愛する人を傷つけたと、どうしても認められないのだ。


「優しいヴィオレッタは、もう俺を見ない……名を呼ばない! 最後の言葉は『危険なことはもう止めて』という叫びだった!」


「それなら、なおさらです。彼女の『危険なことはもう止めて』という言葉を――」


「俺は被害者だ!」


 コルヴォンの叫びが、石造りの祭壇に反響した。


「何を犠牲にしても神獣を呼び、世界を破壊する権利がある!」


 彼の振り上げた拳の中で、禍々しい魔充具が脈打った。


「アルージュ……お前なら、俺の理想を現実にできる。ラウルドの代わりに、俺の手駒になれ」


「嫌です」


 迷いはなかった。


「あなたのような身勝手な人に、子どもたちの発表を台無しにはさせません」


「拒めば、この階層ごと吹き飛ばす」


 コルヴォンの背から、黒く歪んだ両翼が広がる。

 自らマナの聖水を摂取し、獣化までできるのだ。


「俺はその前に飛び去るがな」


 エトワールとレオノール様を差し出さなければ、彼は私を殺す。


(そんな脅しで、私の心が揺れると思ってるの?)


 もう誰も、悲劇の登場人物にはさせない。


 たとえ彼が鬼才の魔術師でも。

 悪喰についてよく知っているのは、私だ。


「そんなことしなくても、聖具の羽ペンは直せますよ」


「夢物語を。現実を正せるのは、俺だけだ」


「本当です。先ほど旦那様と食事をしてから、悪喰が進化したみたいで」


 草餅を取ったとき、悪喰で結界を貫通できた。


「信じられないなら、試してみます?」


 私は結界へと歩み寄り、その透明な膜へと手を伸ばす。

 ためらいなく、その先にある聖具――羽ペンを握った。


 ふと心に浮かんだのは、もう目を開けることのない養父の姿。


 愛する人を失う痛み。

 それだけは、私にもわかる。


(でも、それを理由に世界を壊したりしない。私は違うやり方を選ぶ)


 悪喰の力で古びた魔力を吸い取ると、ペン先のくすんだ光が強い輝きを取り戻す。


(書き換えてみせるわ。私の手で、この物語の結末を!)


 私は感覚に身を委ね、羽ペンをすらすら走らせた。

 燐光の軌跡が一つ、また一つと咲くたびに、暗い地下に澄んだ輝きが満ちていく。


 その瞬間、私の意識の奥に――遠く離れた療養院の光景が浮かんだ。

 静かな部屋。

 目を閉じて寝台に横たわる、一人の女性。


「彼女は、ヴィオレッタさんの意識は……」


「早く、早く取り戻すんだ! 俺を愛する彼女を!」


 コルヴォンが私の手から羽ペンを乱暴に奪った。

 その衝撃で宙に描かれていた図式が歪んだ、次の瞬間。


 稲妻が地下空間を裂き、羽ペンの光が花火のように散った。

 世界が白に染まる。


「ぐああっ!!」


 自分で書き加えた“雷”を全身に浴び、コルヴォンは床に伏した。

 焦げたローブの裾から、白い煙が細く立ち上る。


 そのとき、私の意識の先で――


 眠り続けていたヴィオレッタが、ゆっくりとまぶたを震わせた。

 付き添う家族に呼びかけられ、彼女の開かれた瞳には光と戸惑いが宿っていた。


「ヴィオレッタさんは目を覚ましましたよ。ただ……あなたの記憶だけが、抜け落ちています」


「……違う。俺が、書き換えたかったのは……」


 コルヴォンの手が震え、床に落ちた羽ペンがかすかな音を立てた。


(本当のヒロインであるスミレ(ヴィオレッタ)は、これで――コルヴォンの記憶を手放し、新しい人生を歩き出す)


 私は床に転がる改造魔充具を拾い上げ、悪喰の力で無効化した。


(はあ……心臓に悪い展開、多すぎたわ)


 小さく息を吐く。

 そのまま握った羽ペンを見つめていると、ふとした思いつきに笑みがこぼれた。


「そうだわ。浄化した聖具を使って、ちょっとだけ描いて……っと!」


 書き足した空間のきらめきを見上げ、満足して頷く。


「これで今ごろ、エトは……それにレオノール様や陛下、お祖父様も驚いているはず。ふふふ」


 私は羽ペンを、そっと祭壇の結界内へ戻した。


「さっ。エトのところへ戻って、みんなの反応を見よう。このこと、旦那様にも報告したほうがよさそうだし」


(そんなことをしたら、護衛マシマシ宣言してきそうだけど。でも、色々あったもの。今日はそれでもいいわ)


 階段を駆け上がると、鐘の音が響き始めた。


 扉を開くと、柔らかな日の光がさし込む。

 羽ペンで書き換えられたまばゆい空模様が、祝福のように降り注いでいた。


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