表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/43

30 貸し切り大聖堂

   ◇


 朝の光がステンドグラスを透かし、七色の光が床に散っている。

 巡回の足音はいつもより多く、大聖堂は緊張感でぴんと張り詰めていた。


 中央塔の広間には、正装の司祭たちがずらりと整列している。

 出口付近には公爵の姿。


 私とエトワールは並んで立ち、大聖女のすぐ隣に控えていた。


 祭壇を背にした大司教が、一歩前へと進み出る。

 彼の口から厳かな声が響き渡った。


「本日は、大聖女とともに、神獣へ祈りの舞を捧げる」


 広間にいる人々の表情が、自然と引き締まる。

 大司教の次の言葉を、その場にいる全員が静粛に待った。


「まずは、鬼ごっこから始める」


「…………え?」


 しん、とした沈黙が、みるみるうちにざわめきへと変わっていく。


 大司教の厳格な雰囲気は崩れない。

 聖典をしっかり胸に抱き、真面目な顔つきで視線を巡らせた。


「古き聖典に記された“祈りの舞”。それは聖女と神獣が心を通わせる儀。今日はそれを、厳粛に実践する」


 横目で見ると、エトワールはにこにこしている。

 大聖女の瞳はステンドグラスの光を受け、虹色に煌めいていた。


   ◇


 笛の合図とともに、司祭たちが慌てて四方へ走り出した。


「つかまえましたわ!」


「エトもっ!」


「まだまだですわっ!」


 普段は静かな大聖女が、エトワールと楽しげに駆け回る。

 司祭たちは修業僧のように必死で逃げるものの……


「ぐっ……はぁ……裾が……!」


「引っかかった!? 待っ……ああぁ!」


 重い正装で身動きが鈍く、袖を踏みつけたり足をもつれさせたり、次々と捕まっていく。

 恨めしげな視線が私へ向けられる。


「ぜぇぜぇ……これが、祈りの舞……なのか?」


「こ、こんなことで……はぁはぁ、大聖女様が……」


「ええ、ご快復します。ついでに大人の心肺機能も」


 運動不足の司祭たちは、見事に全滅した。


 大聖女とエトワールが息を弾ませ、大聖堂内に笑い声が響き合う。


「次は、かくれんぼですわ!」


「エトもっ! おとぅしゃま、みつけましゅ!」


 ルールは簡単。

 夕刻の鐘が鳴るまでに、隠れた者を見つける。


 司祭たちは一斉に胸をなでおろした。


「もう走らなくていいのか……助かった」


「ここは我々の庭。身を潜める場所なら自信がある!」


 合図と同時に、司祭たちは得意げにあちこちへ姿を消していく。

 子どもたちの要望で、公爵も参加することになる。


 数を数え終えた大聖女とエトワールが、ぱっと駆け出した。


「第一発見! 侍祭ブリュノ、祭壇裏で確保!」


「二番、司祭グレゴリ、礼拝堂のカーテン!」


 見つかるたびに名乗りが上がり、大聖堂内は笑い声で満ちていく。


「全司祭確保……ただし、公爵閣下を除く!」


「おとぅしゃま、しゅごい!」


「かっかは、そうとうのてだれですわ!」


 大司教が腕を組み、うなりながら声を張る。


「よし。全員で公爵閣下を捕獲せよ!」


 総出で散る司祭たちの真剣な様子に、思わずくすりと笑った。


   ◇


「お昼にしましょう。見つけるのは、そのあとで」


「あいっ!」


「みつけてみせますわ!」


 大聖堂の回廊を抜けて中庭に出ると、ぽかぽかの陽光が差し込んでいた。


 ガゼボの席には、ふわふわのパンケーキとカラフルなチップスが並んでいる。

 ナイフを入れると、パンケーキはふわりと沈み、食欲をそそる香りと甘みが広がった。


「もっちもちですわ!」


「レオしゃま、これ、おくちでパリパリって!」


「あっ……カリッていいましたわ!」


 そばに控える侍女は、驚いたように手で口元を押さえた。


「大聖女様が、完食しています……!」


 食後、エトワールが私の隣に寄り添い、すぐに寝息を立てはじめる。

 大聖女は少し迷ったように視線を落とし、私の反対側にちょこんと腰を下ろす。


「……わたくしも」


 雷のときとは違い、今度は自分からそう言って、私にそっともたれる。


「大聖女様が……初めて、お昼寝を」


 侍女が胸の前で手を合わせ、そっと囁いた。

 扉の外では、大司教が静かに目を細めている。


(どっちを見ても、あどけない寝顔……かわいい!)


 二人分の体温を感じていると、私まで自然とまぶたが重くなってきて……


 ふと、柔らかな感触がした。

 大きな白犬が、私の横に寄り添っている。


 神秘的な眼差しなのに、ふわふわの毛並みが心地よい。


(あったかいわ)


 そのぬくもりに身をゆだねていると、心までやわらかく包まれるようだった。


「……ん」


 ゆっくり目を開ける。

 私の脇にはエトワールと大聖女がくっついて眠っていて、私の肩には毛布が掛けられている。


(毛布……あぁ、それで白犬の夢を見たのかしら?)


   ◇


 やがて大聖女が目を覚まし、真剣な瞳で私を見上げた。


「わたくし、ていとをみたいですわ」


 せっかくなので、いつもの遊び部屋からは見えない方角の塔へ上ることにした。


 最上階へ出ると、眼下には壮大な帝都の街並みが広がった。

 立ち並ぶ屋根が斜陽を受け、一斉にきらめいていた。


「こうじょうは、どこですの?」


「あちらです」


 私が指し示す先には、巨塔のような皇城がそびえ立っていた。


「……おおきくて、とおいですわね」


 皇城を見つめる幼い横顔を、夕日が金色に照らしている。


「あっ! おとぅしゃま、みつけた!」


 鐘楼の梁の上に、公爵が悠然と横たわっていた。

 夕日を背にしたその影は、まるで塔を守る獅子……いや、忠犬かも。


「エト、やりましたわね!」


「レオしゃま、おそとみてくれたから!」


「わたくしたちの、しょうりですわ!」


 二人は手を取り合い、鐘の音にも負けないほどの笑い声を響かせる。


 大聖女の笑顔は増えた。よく眠り、食欲も戻った。

 あとは、彼女の心を癒やす“最後の一歩”。


(でも、焦ってはいけないわ)


 時が訪れるまで、静かに見守ろう。そう決めた矢先――


 それは、すぐに訪れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ