表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/43

28 大聖女の約束

   ◇ ◇ ◇


 大司教から「大聖女の不調の原因を調べてほしい」と頼まれて三日後。

 私は菓子折りを抱え、公爵とともに大聖堂へ向かうため、公爵領の聖堂に来ていた。


 帝都までは馬車なら数日。

 でも、ここにある転移陣を使えば一瞬だ。


 隠し部屋の床には、淡く光る魔術の紋様が刻まれている。


「どうした?」


「転移陣は、初めてなので……」


 少し緊張して答えると、公爵が私の肩を抱き寄せてくる。


「足元ではなく、俺を見ていろ」


 陣の上に立つと、足元の感覚がふっと抜けた。

 瞬きをする間もなく、次の瞬間にはもう別の部屋にいた。

 力が抜けて、ふうっと息をつく。


(本当に一瞬で、帝都側の聖堂に着いたようね)


 一階へ上がると祖父……というか、大司教が待っていた。

 私と目が合うと、一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべる。


 けれど、その後ろにいる公爵を見た途端、いつもの厳格さが戻った。


「ロブロフォン公爵夫人、ご足労に感謝する。だが……私が呼んだのはあなたであって、なぜ閣下まで?」


()()()の護衛です。問題でも?」


 私を間にして、夫と祖父が容赦なく火花を散らしている。


(やっぱり仲が悪いのね。三大派閥のトップ同士だし)


「では、教会の……()()馬車で夫人を案内しよう。乗り心地は保証する」


「ありがとうございます。ただし、妻の隣は譲りません」


 張り合う二人を横目に、馬車は兵士の威厳と民の活気が入り混じった石造りの街を進む。

 やがて帝都の一角にある教会領――大聖堂の門前へと到着した。


 降り立つと、清められた香のような気配が鼻先をかすめた。


「ここから先は、魔力を無効化する封魔結界が張られている」


 大司教に先導されて、私は公爵と並んで門をくぐる。

 その瞬間、草木や人々から自然に滲み出ていた魔力が、ぶつりと途切れた。

 魔力の気配が絶たれると、耳鳴りがするほど静かだ。


(猊下の言うとおり、封魔結界は魔力の放出を断つのね)


 ステンドグラスが連なる回廊を進み、螺旋階段を上る。

 すれ違う聖騎士が多く、大聖女の警護が厳重であることを物語っていた。


 やがて尖塔の最上階にたどり着くと、大司教が振り返る。


「大聖女はこの先にいる。だが……私といると落ち着かないようだ。ここから先はすべて、あなたに一任する。私はここで待とう」


「わかりました」


「アルージュ、なにかあれば、すぐ俺を呼べ」


「ありがとうございます」


 深呼吸して心を整える。


(大聖女様の不調を癒せるかはわからない。でも……うちの店のお菓子が美味しいのは、間違いない!)


 私は重厚な扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。


 部屋の隅には侍女が二人、静かに控えていた。

 高窓から差し込む光は床まで届かず、壁際には祭具と分厚い聖典が整然と並んでいる。


 磨き上げられた石床に、私の足音がひやりと響いた。

 張り詰めたような空気感に、思わず背筋が伸びる。


 薄い帳、ヴェールの奥で、人影が揺らいだ。


(この方が、神獣の夢の断片<啓示>を受ける大聖女様……!)


「先日の甘味をお届けに参りました。アルージュ・ロブロフォンと申します」


「どうぞ、おはいりください」


 気品のある高い声が、澄んだ鈴のように響く。

 侍女がしずしずとヴェールを払った。


「アルージュさま、ようこそおこしくださいました」


(えっ!?)


 その先に――白亜のソファに腰掛けていたのは、エトワールより少し大きいくらいの幼女だった。


(か、かわいい……!)


 長くつやめく金髪に、大きな黒い瞳。

 子猫みたいに少しつり目で、清楚なローブがよく似合っている。

 まるで小さな妖精のように愛らしいのに、振る舞いは落ち着きをまとっていた。


(この子が、大聖女様!?)


 ふと、大司教が私の店のスイーツを、大量に買い込んでいたことを思い出す。

 エトワールに相談したのは、年齢の近い大聖女へ贈るためだったのかもしれない。


(って、納得している場合じゃないわね)

 

 私は平静を装い、一礼した。


「大聖女様。帝国を支えてくださる尊き御方に拝謁でき、光栄の至りにございます」


「かしこまらないでくださいませ、アルージュさま。おあいできて、とてもうれしいですわ。どうぞ、おすわりください」


 すすめられるまま、私は向かいに腰を下ろし、包みを開く。


「こちらが本日お持ちした、甘味でございます」


 どれが体調に作用するかわからないので、今日は和菓子縛りで攻めてみる。

 材料と工程はすべて記録済み。

 効いた品があればそこから絞り込み、外れたら次回は洋菓子に方向転換するつもりだ。


「あら、これは……」


 大聖女の視線が止まったのは、スライム型のわらび餅だ。


「見たことのない、ふしぎなせいぶつですわ」


「こちらは、スライムという生き物を模したお菓子です。私の息子、三歳なのですが、大のお気に入りなんです。お口に合えば嬉しいのですが」


 大聖女は銀の匙でぷるぷるのわらび餅をすくい、そっと口へ運んだ。


「ひんやりして、したにやさしくて……もっちり。あまさがすぐきえないのも、うれしいですわ!」


(食レポまでかわいい!!)


「こちらはなにかしら?」


「たい焼きです。小麦の生地で、あんこを包んで焼いています」


「あんこ……! これをはじめてたべたとき、こころがおどりましたの。さっそくいただきますわ!」


 大聖女はぱくりと頬張ると、目をキラキラ輝かせる。


「だいすきなあじですわ!」


 それから私の菓子店の甘味や扱っている魔道具について、興味津々で質問された。

 気づけば話はすっかり弾んでいた。


 ――ゴロゴロゴロ


 雷鳴が塔を揺らし、空になった皿がかすかに震えた。


(あら? さっきまで晴れていたのに)


 高窓の外がいつの間にか陰り、ハッとするほど空が白く光った。


 大聖女は驚いたように立ち上がる。

 小さな指がこちらへ伸びかけ――けれど、ためらうように引っ込んだ。


(今の……抱っこしてほしそうだったわよね?)


 降ろされた小さな手は、雷に耐えるようにぎゅっと握られていた。


「突然の大きな雷鳴でしたね。……もし、大聖女様さえよろしければの話ですが――」


 私は両手を膝に置き、静かに誘う。


「ここに、来ていただけませんか?」


 大聖女は驚いたように顔を上げ、その頬がふわりと赤く染まる。


「っ、ええ! かまいませんわ!」


 ぱたぱたと慌てて駆け寄り、ちょこんと膝の上に乗ってくる。

 エトワールより少し背は高いけれど、もっと柔らかい感じ。

 私は背後からそっと腕を回す。

 大聖女は私の腕に触れ、安心したように微笑んでいた。


   ◇


「――では大聖女様、本日はありがとうございました」


「え、ええ……」


 別れの挨拶をしていると、大聖女は真剣な瞳で私を見上げてきた。


「これで……おわかれ、なのですね?」


「私は明日もお会いしたいと思っておりますが、よろしいでしょうか?」


「! もちろんですわ! ……やくそく、してくださるの?」


「はい。明日は今日よりもっと楽しいと、お約束いたします」


 私が手を差し出すと、大聖女は両手でしっかりと包み込み、こくこくとうなずいた。


「わたくし、アルージュさまをおまちしていますわ!」


 その明るい声と笑顔は、扉が閉まっても胸の奥に残った。


(これは、ただの社交辞令じゃないわ)


 廊下に出ると、公爵と大司教が鋭い視線をぶつけ合っている。

 私はまっすぐその間へ歩み寄る。


「猊下。お話があります」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ