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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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26 好きな色

 執務室のわきの長椅子に座り、ほんの少しだけ待つ。


(珍しいわね。いつもはすぐ来るのに)


 ほどなく、公爵はやってくる。

 私の向かいではなく、なぜか隣に腰を下ろした。


「忙しいのなら、後でも大丈夫ですけど」


「今終わらせた」


(あれ、声が低い。というか……少し機嫌が悪い?)


「大司教猊下に会ったそうだな」


 そう言うと、公爵は私から軽く視線をそらす。

 やっぱり不機嫌だ。

 私が面会した大司教と、仲が悪いのだろうか。


「どうして知ってるんですか?」


「確かな者から情報を得た」


 断言した。

 しかも裏社会の情報みたいな言い方。ちょっと怖いんだけど。


「猊下はエトワールに『おじいちゃん』と呼ばせているそうだな」


(えっ。公爵の「確かな者からの情報」って、エトのこと?)


「しかも、アルージュが俺に虐められていないか、などと余計な確認までしたらしい」


「猊下が……私についてそんなことを?」


「お前の好きな色まで聞き出していた」


 大司教、それほど詳しく私のことを調査しているなんて……


「完全に懐かれているようだ」


(ますます意味がわからないんですけど!?)


 ……ともかく、大司教との話の経緯は伝えておこう。


「私は猊下から、大聖女様へ献上するお菓子を依頼されました。お店の品を、本当に気に入ってくださったみたいで」


「依頼? 私的な話ではないのか」


 あ、知っている口ぶり。

 結婚前に私の身の回りを調べただろうし、当然かもしれない。


「猊下はアルージュの祖父だろう?」


「……養父の父なので、血の繋がりはありません」


 父は家族の話をほとんどしなかった。だから私も踏み込まなかった。


「顔を合わせたのは、菓子店の開店初日が初めてです」


「ではやはり、個人的にアルージュのことを気にして来たのだろうな」


 開店初日――どう見ても場違いな大司教が、店内をぎこちなく見回していた姿がよみがえる。


 私が声をかけると、彼はわずかに目を見開いた。

 あの表情は、幼い私にバレて慌てた、養父が仕掛けたサプライズのときの顔に、そっくりだった。

 思い出すと、胸の奥がくすぐったくなる。


「祖父が私のことを気にかけてくれたなんて、考えたこともありませんでした」


「……お前を気にかけているのは、彼だけじゃない」


 私は小さく頷く。公爵の言う通りだ。


「そうですね。店の従業員も頼りにしてくれます。それに! エトも四つ葉のクローバーをくれて、『おかぁしゃま、しあわせなるかな?』って言ってくれました!」


(エトの笑顔は天使なのよ!!)


 胸をときめかせていると、公爵はカップを持つ手を止める。

 月色の瞳が私をとらえた。


「俺を忘れるな」


 カップを置く音が、やけに大きく響く。


「俺が一番、お前を気にかけている」


「……? ありがとうございます」


 確かに最近は、彼がただ監視しているだけじゃなくて、安心感というか……

 そう、忠犬という言葉が浮かぶ。


「アルージュが大聖女のところへ行くなら、俺が護衛する」


「えっ。でも執務は?」


「すべて差配した」


 即答だ。さっきまで慌ただしかったのは、まさかこの準備?


「でも、大聖女様は教会で厳しく保護されています。彼女と会えるのは私だけかと」


「構わない。お前が他の男に懐かれることを、見過ごすことはできない」


 どうやら公爵は、私が祖父の大司教と距離が縮まるのを相当警戒しているようだ。

 いらない心配をかけたりはしない。


「ご安心ください。私は公爵夫人。大司教派になるつもりはありません。あなたの妻ですから」


「それなら、なおさら目が離せない」


 彼は真っ直ぐ私を見つめる。

 犬の姿ではなくても、嬉しさに尻尾がをぶんっと揺っている気がして、ふっと心がほどけた。


(ラウルドに避けられていた頃の私だったら、今はこんなに過保護な旦那様がいるなんて……信じられないわね)


「なぜ笑っている」


「旦那様が一緒なら、安心だと思っただけです」


「当然だろう。俺はお前を守る」


 不敵に微笑むその美貌からは、さっきまでの不機嫌さがすっかり消えていた。


「ところでアルージュ、好きな色は紫だな?」


「ええ。でも……どうしてわかったんですか?」


「お前はよく、エトワールの髪を愛おしそうに撫でている」


 公爵は自然な仕草で、私の赤髪に触れた。


(ということは、公爵は赤色が好きなのかしら)


 その指先はあまりに何気なくて、優しくて。

 私はそのまま受け入れていた。


(もしかして……本当の夫婦って、こんな風に触れ合うのかもしれない)


 そう思った矢先、彼が静かに呟いた。


「だが俺は、お前に紫を贈りたくない」


(ん? その宣言、どういう意味?)


 私は首を傾げる。

 贈り物をしたくない、という意味ではないはずだ。

 彼は普段から、たくさんしてくれているし。


「それって……私に別の色を贈りたい、ってことですか?」


 当たっていたらしく、公爵は柔らかく目を細めた。

 そして少し体を寄せると、私のつむじに顔を近づけてきて――温かい感触がした。


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