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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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19 工房の秘密

   ◇


 ラボラの魔道具工房は、ひんやりと澄んだ空気に包まれていた。

 作業台には、細い線でびっしりと描き込まれた設計図。

 壁一面には、農具のような大ぶりの魔道具が整然と並んでいる。


「これは農業用の魔道具ですか?」


「はい。播種(はしゅ)、除草、害獣避けなどに使います」


(ラボラなら、最高の調理用の魔道具が完成させられるわ)


 この依頼が成功すれば、過労で手を壊した人たちが健やかに働ける未来に近づく。


「ラボラ様は魔道具で農業を変えているんですね」


「変えているのはアルージュ様の方です」


「私?」


「調味料の改革……公爵閣下と奥様が、夜更けまで仲睦まじく、試作をしていると聞きました」


(仲睦まじく?)


 戸惑いを飲み込み、相槌を打つ。


「え、ええ。旦那様には味見を手伝ってもらっています」


「こっ……こちらです」


 ラボラは私に背を向けて扉を開けると、奥の通路を進む。


(今、私の返答に動揺してたわよね?)


 通路を進むたびに、ラボラが鍵を回す。

 扉がひとつ、またひとつと開いていく。


 焦げの匂いが漂ってきた。

 そしてかすかな煙。

 遠くで、ぱち、と小さな破裂音まで聞こえた。


(執事長じゃないけど、胃の辺りを押さえたい気分だわ)


「ラボラ様、この先は……?」


「ご依頼をお受けする前に、私の秘密を見てください」


「えっ、秘密って――」


 心の準備をする間もなく、最後の扉がガチャリと開く。


(なっ、なにこの異臭!?)


 濃い煙がどっと押し寄せてきた。

 思わず咳き込む私の前で、天井の魔術灯がぱっと灯り、壁の吸気孔が唸りを上げる。


「ラボラ様、ここは!?」


「私のキッチンです」


 焼け焦げたような刺激臭の中、テーブルには砂糖が霧のように積もり、バターが壁一面に油絵を描いている。

 天板の上では、緑色のプリンが「ぷすっ」と息をしていた。


(これ……キッチン? どう見ても食材兵器の戦場跡地なんですけど!?)


 ラボラは惨状を見つめ、遠い目をしている。


「今でも悪夢に見るんです。焦げた鍋を抱えて泣いた夜。怖くなって隠し味を足したら、もっと酷いものが出来てしまった日々……ノウジョアン様を喜ばせたいという気持ちが、失敗を量産してしまいました」


(魔道具は精緻なのに、料理は壊滅的。ギャップがすごすぎる)


「だから……アルージュ様、お願いです。彼を笑顔にするあなたの甘味、作り方を教えてください」


 ラボラは真剣な眼差しで、私を見つめる。


(あぁ、そっか。ラボラが私のスイーツの話題を避けていたのは、“自分にはできない”という気持ちを抱えていたからだったのね)


「ええ、もちろん。ハンドミキサーが完成したら、一緒に作りましょう」


「ハンドミキサー……?」


「ラボラ様に依頼したい魔道具です。これが完成すれば、生クリームも卵白も、簡単に泡立てられるんです」


 ラボラの料理の失敗は、好きな人を喜ばせたい気持ちが空回りした結果だ。

 魔道具で調理が簡単になれば、不安も減る。

 焦げも爆発も“隠し味”も、少なくなるはずだ。


(というか、手でメレンゲを立てるなんて腕が死ぬのよ)


 私が微笑むと、ラボラは安心したように静かに息をついた。


「やっぱりアルージュ様は素敵。公爵閣下がお見初めした方」


(……素敵?)


「ラボラ様は、私や旦那様の話をしたくないのだと思っていました」


「そ、そんな、違います! 尊いんです! 閣下は憧れで……恋ではありません。舞台の役者を応援したい感じです」


(それ、公爵推しってこと?)


 こたつの話題や調味料の改革に詳しかったのは、推し活の成果だったのか。


「私……口下手で、アルージュ様にご無礼を。申し訳ありません。ノウジョアン様にも、きっと誤解されて……謝ります。うまく伝わるか、自信ありませんが」


「自然体でいいと思いますよ。ノウジョアン様は、ラボラ様の優しさも不器用さも、丸ごと受け止めてくださる方でしょう?」


 ぎゅっと握られたラボラの手が、少しずつ緩んでいく。


「……アルージュ様の言うとおりです。あなたは本当に素敵すぎる!」


「そ、そうかしら?」


「そうです! あの孤高の公爵閣下を、こたつでぬくぬくさせてしまいます!!」


 ラボラはもう口ごもることもなく、私と公爵について早口で語り出す。


(たぶん、褒めてくれているのよね?)


 私はやや圧倒されつつも、持参した箱をそっと開けた。

 甘い小麦粉の香りがふわっと広がる。


 ラボラはハッと息を呑み、箱の中に視線を落とした。


「これは……なんて魅惑的な膨らみ! 魔道具の設計図のような精密さ!」


「シフォンケーキです。ハンドミキサーがあれば、あっという間に作れます。でも今日は、一緒に食べましょう」


「はいっ!」


 私たちはシフォンを分け合いながら、お茶を楽しんだ。

 すでにハンドミキサーのような調理魔道具は考案していたと、楽しそうに語る。


「小型の回転羽根を等速にする理論は、すでに構築済みです。回転数は魔力の出力に応じて調整。暴走防止に自動停止も」


 順調にハンドミキサーの開発契約が決まり、帰る頃には書面まで整っていた。


   ◇


 後日、ラボラから『ノウジョアンと無事に仲直りした』という手紙が届いた。


 ラボラが心を込めて思いを伝え、ノウジョアンもしっかりと受け止めたようだ。

 この一件で、私と公爵は二人の推しカプになったのだった。


   ◇


 男爵別邸に戻ると、エトワールがぱたぱたと駆け寄ってきた。


「おかあしゃま、おかえりなしゃい!」


「エト、ただいま! いいものをいただいてきましたよ」


 じゃーん、と取り出したのは、ラボラが趣味で作った魔道具。

 磁石でくっつくブロックおもちゃだ。

 エトワールはすぐに仕組みを理解して、ブロックを握りしめる。


「ぴたっ、くっちゅいた!」


 そう明るく笑って、おもちゃで遊び始める。


「これ、いぬしゃん、あしょぶ?」


「犬?」


「まどからみたの。おっきくて、ふかふか……ぎゅってちたい!」


「そうだったの。たしかにふかふかの犬さんがいたら、抱っこしたいわね」


 なんて軽く答えたけれど。

 本当に抱っこする羽目になるなんて、このときの私はまだ知らなかった。


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