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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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16 はじめての家族旅行

「……ハンドミキサー?」


 間違いない。

 前世でもおなじみの、あの家庭用電化製品。

 おもちゃや調味料より、どう見ても複雑なつくりをしている。


(エトの召喚、明らかにレベルアップしてるわ!)


 でも、これがあれば。

 何時間もかかっていた泡立てや生地づくりが、ほんの数分で終わるかもしれない。


(あぁ。でもこの世界には電気がない……けど、魔力があるわ!)


 これをモデルに、魔道具を作ればいい。

 魔力を圧縮して回転力に変える。理屈は違っても、仕組みはきっと似ている。


 私が真剣にハンドミキサーを見つめていると、エトワールは眉を下げ、ハンドミキサーをぎゅっと握りしめた。


「……これ、おもちろく、なぃ?」


「これはね、すごいのよ!」


「……しゅごい?」


「ええ。あっという間に、たくさんのクリームを作れるかもしれないの」


「くりーむ……? おかぁしゃまの、ぱんけーき……?」


 エトワールは生クリームとあんこのトッピングが大好きなのだ。


「そうよ。これがあれば、もっといろんなお菓子をたくさん作れるわ。エトも一緒に食べましょうね」


「あいっ。エト、おかぁしゃまと、もぐもぐっ!」


 エトワールは笑顔になって、口をパクパクして食べる真似をする。


(なんてかわいいの……!)


 その姿に胸をときめかせながら、私は召喚されたばかりのハンドミキサーを侍女に見せた。


「こういう魔道具を開発したいの。誰か詳しい人、知らない?」


「それでしたら……私の故郷の男爵領に、魔道具の研究ばかりしている令嬢がいました。人里離れた工房からは爆発音や異臭が絶えず、近隣の人々から危険地帯と呼ばれていたほどです。でも、腕は確かで……変わり者の天才魔道具師、という感じでした」


 その令嬢に会えば、ハンドミキサー型の魔道具が作れるかもしれない。


 会話を聞いていたエトワールが、私と離れるのを怖がるように、ぎゅっと抱きついてきた。


「おかぁしゃま……おでかけしゅるの?」


「ええ。もちろん、エトと一緒にね」


「エト、いっしょ?」


「そうよ。はじめてのおでかけ、楽しくなるといいわね」


「あいっ!」


 天才魔道具師の令嬢に会って、調理用の魔道具を依頼する。

 工房から爆発音や異臭の噂が立つほどの変人だとしても、そこはもう覚悟の上だ。


(多少焦げくさいくらいなら、甘い香りで上書きすればいいもの!)


 私はスイーツ愛を胸に、公爵に事情を説明するため執務室へ向かった。


「――というわけで、新しい菓子店に導入する魔道具を開発したいんです。魔道具師に依頼するため、エトを連れて男爵領へ行こうと思いまして」


「俺もちょうど男爵領にいく予定がある」


 そう言いながら、公爵はさらさらとペンを走らせ、男爵領宛ての任務申請書を書き始めた。


 一呼吸の間が空き、執事長が目を丸くして胃を押さえている。


「今、決まったばかりのお仕事でございますか?」


「ああ」


(まさか公爵、私の行き先に合わせて仕事を増やした?)


「旦那様、無理してませんか?」


「アルージュと離れるほうが無理だ」


「はぁ……」


 そこまで私の悪喰を警戒して、監視のために同行したいのだろうか。


(でも、わざわざ遠方の任務まで入れるなんて。本当に仕事熱心なのね)


 ふと視線を感じて顔を上げる。

 執事長が胃ではなく口元を押さえ、なぜかニヤニヤしていた。


 こうして、あっさりと私とエトワール、そして公爵の男爵領行きが決まった。


(これって、はじめての家族旅行かもしれないわね)


   ◇


「おかぁしゃま、おそらにうさぎ!」


「本当ね、うさぎの顔みたい。かわいいわ」


 男爵領へ向かう馬車の中で、エトワールは窓の外を見て、嬉しそうに指をさした。

 ふわふわした雲が、ちょうど耳の長い動物の形をしている。


 向かいに座る公爵は相変わらずの無表情。

 明らかに“どう反応していいのかわからない”顔をしている。


(もしかしなくても、子供との会話が一番の難関なのね)


 私は苦笑しながら、間を取り持つように話題を振った。


「旦那様も、雲が何かに見えたら教えてください」


「そうだな。あれは……魔力循環の配置に即した理論モデルを想起させる」


 エトワールはしばし無言のまま雲を見つめ、そっと首を傾げた。


「あのくも、むずかちぃ……」


「……そうか」


「あい……」


 エトワールは公爵のことを「お父様」と理解しているみたいだけど、まだその呼び名を口にすることはない。

 話す声もどこか遠慮がある。


 それからしばらく、馬車の進む音だけがのどかに響いた。


 気づけば私は、エトワールを抱きしめたまま、ふたりで眠ってしまったらしい。

 目を覚ますと公爵がすぐそばにいて、私は彼の肩に頭を預けていた。


(私とエトが起きないように、支えてくれていたのね)


「旦那様、次に雲の見立てをするときは、エトが知っているものにしてはいかがですか?」


「なるほど。『召喚陣の円環構造』と言えばよかった」


「そこは『エトの召喚』でいいと思います」


「最適解だ」


 少しずつだけど、私たちの関係は変わってきている。

 そんな気がした。


 それから数日の馬車旅を経て、ようやく滞在先の男爵領に到着する。


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