偶然で潰された謀略【Others Side】
刑死者の勇者は見事に第一種指定災害の討伐を成し遂げましたが、それを見ていたのは月の勇者と死神の勇者だけではありません。
まずは勇者の監視者です。バルディア王国が勇者の安全を守る名目で密かに付けている監視の者でしたが、凄まじい戦闘と戦果を確認した直後、王都に向かって舞い戻りました。急ぎ報告が必要な事態なのは間違いありません。
また、第一種指定災害とは別の懸念事項もあり、監視よりも優先するとの判断です。
逐電亡匿の特殊能力によって、実は刑死者の勇者は周辺全ての怪しい人物を把握していたのですが、彼は常日頃から監視を受けていることに気が付いており、今回も同じことと特に気に止めてはいませんでした。
日常生活で邪魔に思う時には逐電亡匿の能力であっさりと姿を隠してしまいますので、監視をまくことは造作もありません。どこの誰に監視をされようと、どうでも良いことでした。今回の戦闘は見られても問題ありませんので放置です。
そしてこの森で勇者たちが助けた聖堂騎士の二人。彼らは信じられないものを見たと思いながらも報告をしに急ぎ戻りました。
聖堂騎士の二人が森の出口近くの岩場に戻ると、さっそく見たことを報告しました。
「フルフュールとの戦闘だと? しかもたった一人で倒しただと?」
報告を受けた隊長は何を馬鹿なといった態度ですが、それも致し方ありません。
第一種指定災害であるフルフュールは、伝説の魔物です。前回の討伐記録は古いものですが、その時の激闘と犠牲は記録にしっかりと残されています。騎士のような職業につく者は、知っていて当然の怖ろしい魔物であり、本来はたった一人で討伐できるような存在ではありません。
むしろフルフュールという存在が出現したことそのものを疑うほうが建設的ですらあります。それほど希少で人前には出てこない幻の魔物です。
ただし、この隊長はフルフュールという魔物が森に潜んでいることを承知していました。故に信じられなくても信じざるを得ない根拠のようなものを感じてしまっています。
フルフュールがいることを知らなければ、なにを馬鹿なと捨て置くこともできたかもしれません。しかし、存在を知っているからには戯言と捨て置くことは決してできません。
魔物の存在は聖堂騎士の隊長にとっては知り得ている情報です。ですが討伐という報告は簡単には受け入れられません。
「我ら二人で最後まで見届けましたので、間違いありません。あの者が王都に戻れば、バルディア王国から騎士団含め多くの者たちが派遣されてくるでしょう。早急にここから離れるべきかと」
「倒したのは男です。距離が離れていたので、どうやって倒したのか詳細は分かりかねますが、見たところ素手で殴り殺したように思えました」
手段はともかくとして、第一種指定災害が討伐されたのは本当らしいと隊長も判断せざるを得ませんでした。部下は信用に足る人物です。疑う意味はありません。
そして外国人である彼らがここにいること自体を知られたくない事情があります。
「……あとで報告書にまとめろ。移動の準備を急げ」
部下を追い払うと、馬車に向き合います。
「大司教」
「聞こえていました。計画は失敗ですね。隠れ里はもう壊滅しているのでしょう。本国に戻ります」
「はい、間もなく準備は整います」
「……勇者様、素晴らしいですね」
大司教の最後の呟きは聖堂騎士には届きませんでした。
隠れ里とはフルフュールが長き眠りにつく場所の近くに作られた小さな里です。
遠い昔にかの国の間者が偶然発見した大洞窟に、ヘビの魔物は眠っていたのでした。
他国に眠る第一種指定災害を発見できた事実は大きいです。
もしその眠りから解き放つことができたとしたら。狙ったタイミングで、その国に対し大混乱を引き起こすことが可能になったでしょう。
地域一帯に大きな影響力を持つバルディア王国を牽制したい、弱らせておきたい、そう考える国々は多いです。むしろ周辺国家の全てが少なからず、そのような思惑を抱いているでしょう。
かの国は具体的なそのための手段を持っていました。フルフュールを任意のタイミングで覚醒させるという、極めて暴力的な手段ですが。
しかし、バルディア王国とて攻撃を受けるだけの理由があります。
そもそもの国力が大きく、意識的、無意識的にかかわらず、周辺諸国に威圧的であること。
その上で勇者召喚を可能とする唯一の国であり、その貴重な戦力を独占していること。
いつ訪れるとも知れない魔神の脅威は、各国の悩みの種です。
たった一人の勇者であっても、噂通りの実力があるなら手元に置いておきたい。切実な願いです。
今回の刑死者の勇者の活躍により、勇者という駒を手に入れる動きが加速していくのは明白でしょう。




