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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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少女たちの意地【Others Side】

 一度は逃げた月の勇者と死神の勇者でしたが、ひと悶着が起こりました。


「ちょっと、シノブ! なにやってんの!?」

「ごめん、キョウカちゃん! やっぱり気になって!」


 クリーム色のウサギを胸元に入れて馬にまたがり、左手には刑死者の勇者の馬の手綱まで握った死神の勇者です。そんな彼女は急に方向転換して戻り始めたのです。

 必死に後ろを付いていっていた月の勇者は、いきなりのことに驚いていました。


「あたしらが戻ったって、足手まといになんじゃないの!?」


 そうは言いながらも追いかけて一緒に戻っています。


「でも、サポートはできる気がするの!」

「サポートって。あ、でも確かに! 攻撃は効かなくても、あいつを援護するくらいは……」

「だよね!」


 フルフュールという第一種指定災害を相手にして、全く攻撃が通用しなかった恐れはもちろんあります。そもそもヘビが苦手な事情もありましたが、刑死者の勇者を助けることには否応のない二人でした。

 彼女たちは曲がりなりにも居場所を与えられ、窮屈な毎日から救ってくれた刑死者の勇者には恩義を感じていました。本人に明らかにする機会は無さそうですが、それも若さのうちでしょう。


 逃げてきた道を戻りながら、必死にどう援護するかを考えていました。



 再び森に突入し、曲がりくねった道を駆けて行きます。

 魔物の気配をまだ遠くに感じる地点で下馬すると、馬を樹に繋いで徒歩で向かいました。見張りを立てることもできない状況ですので、最悪は愛馬を失う可能性もありましたが、恩人の命には変えられません。特に死神の勇者は断腸の思いで駆け出しました。


 外見上、運動神経の鈍そうな死神の勇者ですが、勇者の身体能力は尋常ではありません。それに加えて騎士団との訓練によって、基本的な体の動かし方まで学習していますから、今では陸上選手のように見事なフォームで走ることができました。はた目には激しい違和感が付きまとうかもしれません。

 月の勇者は元より運動自体は得意なほうでしたらから、走ることにかけては死神の勇者以上です。


 少しだけ先行する月の勇者は、戦闘音がする近くまでくると、背後に合図を出して潜みました。


「ど、どうするの、キョウカちゃん」

「いきなり飛び出していっても意味ないから。あいつが勝てそうなら、余計な事しないほうがいいだろうし」


 勇者の規格外の身体能力は、視力にも及びます。かなり遠くまでピントを合わせることができましたし、動体視力も十分です。

 森の中ですので樹々が視界を遮りますが、戦闘を観察できる程度には視界を確保できたのは運が良いでしょう。



 二人の勇者が密かに見守る中、刑死者の勇者はその存在を即座に察知していました。

 それなりの期間を一緒に過ごしてきた影響で、逐電亡匿の圏内に入ればすぐにそれと分かります。


「あいつらか? なにしに戻ってきやがった。ちっ、保護者としてカッコ悪いところは見せたくねぇんだがな」


 常日頃のだらしない姿は『カッコ悪い』にカウントされないようです。

 日常生活はともかく、今は戦闘中です。勇んで囮を引き受けた刑死者の勇者でしたが、実は苦戦を余儀なくされていました。


 巨体を誇るフルフュールの暗緑色の鱗は鉄のように硬く、その下の筋肉も極めて強靭であったことから、打撃には著しい耐性を持っていたのです。

 そして刑死者の勇者の攻撃方法は、素手の打撃しかありません。

 武器を持たず魔法が使えない刑死者の勇者にとって、規格外に硬い敵というのは非常に厄介な存在でした。


 スローモーションの世界のなかで普通に動ける圧倒的なアドバンテージがありますが、攻撃については強化の術がありません。

 巨体の這いずりを避けては殴りつけるという行為を繰り返していましたが、与えるダメージは非常に薄く、逃げることも視野に入れ始めていた段階だったのです。


 第二種指定災害を余裕で屠る彼であっても、第一種指定災害の実力を実感せざるを得ませんでした。



 月の勇者と死神の勇者が見守るなか、刑死者の勇者は奮闘しています。

 押し潰すか丸吞みにしようと襲い掛かるヘビの魔物を避け、悠々と拳を叩き込み続けています。その拳の一撃はあまりに重く、巨大な怪物に当たる度に鈍く重い音を響かせました。


 圧倒しているようにも見えますが、魔物が弱る気配はありません。少しの時間を見ただけでも、それを理解することはできました。


「……あいつ、凄いじゃん。動きが早すぎて良く見えないんだけど」

「で、でも、フルフュールも凄く強いよ。大門さん、だ、大丈夫かな」


 巨大な魔物に対するはたった一人の素手の男です。動きの速さと重低音を響かせる攻撃は見事なものですが、とてもフルフュールを倒し得るようには思えませんでした。


 数十秒間、無言で戦いぶりを見学する二人でしたが、ふと月の勇者が疑問に思います。


「ねえ……あいつ、なんか動きがおかしくない?」

「う、うん。動きが、へん。速くなったり、遅くなったりしてるような」

「やっぱし。能力の制限かなにかがあんのかも。シノブ、あれの効果時間を延ばせる?」

「……できる、と思う」


 さっそく死神の勇者は不刻魔法を発動すべく、メガネの奥の瞳を妖しく光らせました。

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