スパルタ教育
逐電亡匿のレーダーの範囲は広い。拳闘無比の能力が訓練によって強化されるのと同じように、徐々にではあるがその能力も強化されつつある。
一度に周囲全体を探知するよりも、一方向に絞ったレーダーならかなり探知の距離を伸ばせる。それを回転させるように意識すれば、疑似的に全周囲を探知することも可能だ。
少し疲れるが、この状態ならば半径にして百メートル程度の範囲をカバーできる。レーダーよれば、大量のオーガの血の臭いに引き寄せられたのか、たくさんの魔物が接近中だった。
そういえば魔物の死体は放置したままだから、血や臓物の臭いも強烈だろう。ここまで離れると俺の鼻では全く分からないが、血に飢えた魔物にとっては違うのだろうな。
明後日の方向に視線を飛ばして周囲を探るような様子を見せる俺に、キョウカとシノブは戸惑っていたようだが、腐っても勇者だ。少し遅いが魔物が接近しつつあることに気づいたらしい。
「ちょっと! なんか近づいてくるんだけどっ」
「こ、これって、魔物ですか? 早く、に、逃げないと」
さっき俺を助けようと戦った時には、とても戦闘嫌いというか戦闘が苦手なようには見えなかった。もちろん好きではないだろうが、やってやれなくはないはずだ。
どうせだから、ここでもっと慣れさせてやる。俺の監視付きなら危険も少ない。
それにさっきの特殊能力をもう一度見ておきたい。
「下手に動くと馬がやられるぞ。諦めて二人でなんとかしろ」
「は? 二人で? なんであたしらだけ!? あんたもやってよ!」
「……うっ、痛っ、いたたた、やっぱりさっきのダメージが残ってやがる」
「嘘くさい! シノブ、さっさと治してやって!」
「う、うん。大門さん、すぐに治します」
シノブの奴、怪我を治す能力まであったのか。もちろん怪我などしていないから必要ない。
「いいから魔物に備えてろ。俺は馬とウサギを守っててやる。さっきの力を使えば余裕だろ?」
「そ、それは……」
「あんた、まさかワザとじゃないでしょうね?」
相変わらず鋭い奴だ。具体的に何を疑ってるのかは分からんが、なにもかもがワザとだ。ここはこいつらのためにも白を切る。
決して俺が楽をするためや、能力を観察したいという理由だけではない。
「なにがだ? お、そろそろだぞ」
「あとで覚えてなさいよっ」
意外と大人しいクリーム色のウサギを抱きかかえると、馬の周囲を警戒する。
魔物は南東の方角からオーガの血だまりのほうを目指しているのが大量にいて、ちょうどここらを通り過ぎるコースだ。運がないな。
そうこうしてると森の奥に姿を見せたのは大型のクマのような魔物だった。
「あっ、キョウカちゃん、出てきたら止めるよ!」
オーガにやったように、動きを止めるという意味だろう。
「……連環の枷」
辛うじて聞き取れた呟きは技の名前だろうか。宣言通りにシノブが能力を発動させると、魔物が硬直したように動かなくなった。
改めて見ても謎の能力だ。動きを強制的に止めるとか、無敵に近いんじゃないか。
「ナイス、シノブ! 烈風の秋水!」
すかさずキョウカが風のようなものを放つと、哀れなクマは真っ二つになった。
あれは風なのか? 風如きで切断など普通は無理だと思うが、これこそが魔法というものなのだろう。深く考えるのは止めておこう。意味もないしな。
逐電亡匿によれば、そろそろ群れが出てくる頃合いだ。ここからだな。
「おーい、油断してると痛い目みるぞ。本気でやれよー」
「うるさいっ! いいから手伝ってよ!」
「キョ、キョウカちゃん、そっちに、たくさん!」
獰猛なオオカミのような魔物の群れだ。数も多いし、腰が引けそうなものだが、さてどうか。
「もうっ、やるしかないじゃん! 夢幻の傀儡!」
出た、分身の術だ。キョウカが五人に増えたが、目の前で見ても全く見分けがつかん。それぞれが独立した動きまでしているし、本物がたくさん現れたとしか思えない。
シノブがオオカミどもの動きを止めると、五人のキョウカが一斉にさっきの風の魔法を使って殲滅した。凄まじい殲滅力だ。
……なんというか、魔法ってすげえな。
その後も魔物が現れると同じようにして、シノブが動きを止め、キョウカが止めを刺す。これの繰り返しだった。
サポート役と遠距離攻撃役の組み合わせはいいな。これに前衛の壁役が加わるだけでも強力なパーティーになりそうだ。
「あー、終わったー! こんなに魔法使ったの初めて。ちょっと、あんた、覚えてなさいよ!」
「つ、疲れました……。大門さん、こいうのは、ちょっと」
戦っていた時間はそれほどでもないが、苦手とするこいつらにとってはキツかったのだろう。だが、本番はこれからだ。
「おーい、まだ終わってねぇぞ。油断すんな」
この辺に向かってくる雑魚はほとんど追い払うか倒してしまったが、足の遅い魔物がまだいる。しかも、これまで楽に倒せたのとは違う強力なやつだろう。かなりデカいし、体長がやたらと長い魔物で、少なくとも俺は正体に心当たりがない。
「まだいんの!?」
「さ、最後ですか?」
「おう、次で最後だ。気張っていけよー」
気楽な調子で声を掛けるが、次の魔物はかなり危険そうな感じだ。
抱えたウサギが縮こまり、木に繋いだ馬も怯えているように思える。動物の率直な反応なのだろう。
ここからが勇者の本領の見せ所になりそうだ。
どんなのが現れるかと待ち構えていると、森の樹々をぬうような滑らかな動きで登場した。
2020/3/4 ルビを振り直しました。




