行きずりの臨時収入
思い描いた形とは全然違ったものになったが、とにかく魔物はいなくなった。
いつまでもやられたフリをしているわけにもいかんな。
それにしても、オイシイところだけ持って行かれてしまった感が凄まじい。
まあ一応は預かってやっている身としては、褒めてやらなければならんだろう。
客観的にも主観的にも見事な戦闘だった。
「おう、よくやったな。キョウカもシノブも凄いじゃねぇか。なんだったんだよ、ありゃ?」
転げた際に汚れてしまった服を払いながら近寄る。ちっ、汚れが目立つな。
「そんなことより、あ、あんた、平気なの!?」
「だ、大丈夫ですか? その、お、お怪我は?」
助けた護衛騎士たちが傍にいるところで、まさか芝居だったとは言えない。
さっきの能力が気になるが話は後だ。
「ちょっと油断しただけだ。怪我もないから心配すんな。それより、お前らは馬のところに戻れ。ウサギみたいな動物も置いてきてるんだろ?」
「あ、魔物が出るかもしれないですし心配です。行こう、キョウカちゃん!」
「シノブ!? ま、待ってよ!」
「俺が戻るまでは動くなよ!」
馬のことになるとキャラが変わるシノブは、案外頼りになるな。強引にキョウカの奴を引っ張って行ってくれた。
さて、この場は俺一人のほうがやり易い。
こっちが何者か分からない護衛騎士たちは、助けてやったにもかかわらず緊張を解いていない。なかなかに優秀な護衛だ。
ざっと見る限りでは死者はおろか、重症者もいないようだ。軽傷を負っている奴はそこそこいるようだが、もう少しピンチになってからのほうが恩を高く売れたかもな。
護衛騎士の武装は明らかに金の掛かっていそうな高級品だ。王国騎士団の質実剛健なそれとは完全に別物。つまりはどこぞの貴族のお抱え騎士ということになるか。
ここからは売りつけた恩の対価を頂戴する場面だ。
なるべく警戒させないよう、ゆっくりと馬車に近づく。
「ま、待て! 助太刀には感謝するが、こちらの馬車には高貴な御方がいらっしゃる。控えてもらいたい」
「そう構えるな。狼藉を働く気なら、もう少し様子見をしていたさ」
実際にはきっちりと様子見をしていたが、こいつらには分からん事実だ。疑われる可能性もまずない。なるべく友好的に接して、金だけせしめて終わりにしよう。
「名うての実力者とお見受けするが、無礼を承知で申し上げる。謝礼を支払うゆえ、それで良しとして貰えまいか」
妙に話が早い。明らかに早く追い払いたいという焦りを感じる。
もしかしたら俺の人相を見て盗賊と勘違いされているのかもしれない。普通は恩人に対していきなり金の話なんかしないだろう。
「おいおい。それじゃあ、まるで俺が脅し取っているみたいじゃねぇか。まあ金を貰えるのは助かるがな」
交渉成立だ。金さえ貰えればすぐに立ち去ってやる。
あとは具体的な金額だが、見るからに立派な馬車からして、はした金でもそこそこの金は寄越すだろう。
すると騎士の一人が荷袋を漁って小さな革袋を取り出すと、緊張した様子で手渡しにきた。投げて寄越さないだけ律義な奴だ。
革袋は小さいが、ぎっしりと詰まった感じと重量感だ。これが全部、銅貨だったとしたらは論外だが、小銀貨でも一枚で千円相当になる。そこそこの額にはなるだろう。
遠慮する必要もないから、意地汚い気もしたがチラっと革袋の中身を検める。
「ほう、えらく気前がいいな」
見た感じだと銅貨はない。それどころか、大小の銀貨の中に少しだけ金貨の輝きも混じる。
まだ緊張を解かない護衛騎士は、こっちが謝礼に文句を言うことを恐れているのだろう。これだけの額を貰って意地悪をするつもりはない。割のいい臨時収入だ。
「ありがとよ。それじゃ、もう帰った方がいいぜ。ここらには魔物がまだいるかもしれんから、十分に気を付けてな」
軽く挨拶をしてあっさりと退散だ。相手が誰かなんて、知りたくもない。俺が何者かも言うつもりもない。互いに詮索無用だ。
ところが。
「お待ちください! もしや、あなた様は噂に聞く勇者様では?」
馬車の中から女の声がした。落ち着いた声音からして、年はいってそうだが。とにかく姿を見せずに質問とは、いかにも高貴な身分っぽい奴だ。
「知らんな、なんだそりゃ? もう行くぞ」
勇者の身分を明かすのは止めておく。会話を続けるとボロが出るかもしれないから、今度こそ退散した。
最後の最後まで緊張した様子の護衛騎士の忠誠心には少しばかり感心した。
立ち去りながらも背後に意識を向けていると、渓谷には向かわずに引き返すらしい。そもそも何しにこんなところにきたのかとも思うが、俺たちと同じように観光だろう。
馬を置いた場所まで戻ると、二人とも大人しく待っていた。どうやら馬も無事らしいし、ついでにウサギも一緒にいる。
「おう、待たせたな」
「あの人たちは? 無事だったの?」
「大丈夫だ。あいつらなら引き返していったぞ。それにしても、さっきの戦闘だ。凄かったじゃねぇか」
「あ、あれは、その……」
「つい本気出しちゃったじゃん。あんた、強いんじゃなかったの? 簡単にやられたから、びっくりしたんだけど」
「し、心配、しました」
普通に心配されてしまうと芝居だったとは言い辛い。ここは適当に流すか。
「お前らに心配かけるなんざ、俺もヤキが回ったもんだ。どうせだから、ちょっと付き合え」
「は? 付き合うって、なにすんのよ?」
いぶかしげにする二人には答えず、そのまま時を待った。




