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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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クリーム色の幸せ

 乗馬の練習を始めてから少しして十分な技術を会得した俺たちは、晴れて遠乗りに出掛けることにした。

 思ったよりも早く馬に慣れることができて、もっと早くからやっておけば良かったと後悔するほどだ。

 勇者の身体能力がなければ、こうはいかなかっただろう。


 訓練教官に太鼓判を押されると、さっそく馬を駆ってみることにしたのだ。


 この世界にとっては極普通の場所であっても、俺たちにとっては雄大な自然と映る。

 ましてや観光名所とされるほどの場所ならば、絶句するほど素晴らしい。俺自身は幾度かの遠征で、それを存分に味わっている。


 今回は王都から少し距離はあるが、馬を走らせれば半日も掛からない程度の場所にある渓谷を見に行く。

 日帰りできる距離の観光としては、最も良い場所らしい。


 朝から馬を走らせているが、気持ちのいい天気だ。まさしく、行楽日和ってやつだな。


「キョウカちゃん、競争しよっ」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいって!」


 相変わらず、馬上にいるときのシノブはテンションが高い。

 遅れないように付いていくが、馬を与えた影響はかなり大きかったと振り返る。


 あれだけ塞ぎがちだったシノブが、こうも明るくなるとは予想外だ。

 キョウカもそんなシノブに釣られるようにして、明るくなったような気がする。

 今日の外出も発案者はシノブだし、この世界に馴染むいい刺激になるだろう。


 まだ早朝の内から順調に馬を走らせ、誰もいない街道を進み続ける。

 馬車での移動は辛いだけだったが、自分で駆る馬の気持ちのいいこと。

 悪天候ではまた別だろうが、今は余計なことは考えず、この気持ちの良い旅を満喫しよう。



 目的地は森を突っ切る街道の終着点だ。

 予定よりも大分早く到着したそこは、幅の広い川から滝の落ちる渓谷で、北米のナイアガラを思わせる。

 実際にナイアガラの滝を見たことも詳しく知ってるわけでもないが、谷底までの落差はおそらく数倍にもなるだろう。

 ダイナミックな自然と、水飛沫に映る大きな虹が現実離れした世界を実感させた。


 大量の水が落ちる音も凄まじく、滝から距離を置かなければ会話も成り立たない。キョウカとシノブは身を寄せ合って、何かを話しているようだが、離れている俺には全く聞こえない。


 しばし言葉もなく、奇跡のような景観を見つめた。


 観光名所のはずだが、時季がずれていて朝早いせいか人影は他にない。

 聞いたところによれば、もっと遅い時季であれば周囲の木々が一面に花を咲かせて、より幻想的な光景を形作るらしい。

 その時には、また是非とも訪れてみたいものだ。



 いつの間にか大分時間が経って、太陽が中天に差し掛かった頃になると昼メシの時間だ。

 俺はピクニックで仲良くお弁当なんてガラじゃないが、せっかくの行楽日和なんだ。しかしキョウカのメシは美味いが、なんともしがたい気恥ずかしさは感じてしまう。特に文句があるわけでもないが。


 滝からは距離を置いた木陰で準備をし、余計なことを考えるのは止めた。さあ食べようかとしていると、


「……あんた、なんか文句あんの?」


 なぜかこっちを睨みつつ、因縁を付けてくる。やっぱり妙に鋭い奴だ。


「なにも言ってねぇだろうが。むしろ美味そうなメシだな、としか思ってねぇよ。まったく、お前は疑り深くていけねぇな。なあ、シノブ」

「えっ、わ、私に言われても」


 馬にはそこらに生える草や適当に持ってきた野菜を食べさせ、水はシノブが魔法で用意した。

 本来なら馬のために水場を探す必要があるはずだが、魔法ってのは便利なものだ。



 大自然の中での食事を終えて、気持ちよく休んでいると、背後の森から僅かな気配を感じた。

 逐電亡匿を発動してなにげなく様子を探るが、どうやら小動物らしい。特に気にする必要はないな。

 どうせすぐに居なくなると思って気をそらすと、意外なことにそいつは姿を現した。


 見た目は大型のウサギのような動物だ。動作もそれっぽい。

 それは迂闊にも野生の動物らしからぬ人懐っこさで近寄ってくると、馬のエサとして用意してあった野菜に興味を示した。


「なになになになに、なによ、この子。すっごい可愛いんだけどっ」

「か、可愛い……この野菜、欲しいのかな」


 クリーム色の大型ウサギは、シノブが手にしたエサにまんまと引き寄せられる。

 鼻をひくひくさせてから齧りつくと、一生懸命に食べ始めた。


「あ~、もうっ、可愛い! シノブ、あたしにもやらせてっ」

「うん、キョウカちゃん。こっちの野菜」


 まあ、こいつらが気に入るのも分かる気がする。俺が言うのもなんだが、あれはなかなかに愛らしい。

 それにしても野生の動物とは思えんほど警戒心がない。

 よっぽど腹でも減っていたのか、シノブやキョウカに動物に好かれるオーラでもあるのか。


 女子ふたりが黄色い声を上げながら構ってやっていると、なんとウサギはシノブの膝の上で寝てしまったではないか。

 まったくもって野生を感じさせない動物だ。まるで飼い猫のようではないか。



 昼メシを食べ終えると、少々長めの休憩をとった。馬も十分に休めたはずだ。

 そろそろ帰る予定の時間だが、どうするか。


「……ちょっと、相談があるんだけど」


 シノブの膝で眠るクリーム色のウサギを撫でながら、キョウカが躊躇いがちな言葉を口にする。

 この場合、言われずとも何を言いたいかくらいは分かる。


「しょうがねぇな。面倒はお前らでちゃんと見てやれよ」

「え、連れて帰っていいの!?」

「あ、ありがとうございますっ、大門さん」


 こいつらは遊びもせず、家事か訓練しかしていないからな。

 動物を飼うくらい認めてやらないと、さすがに気の毒だ。悪党の俺ですら、そう思ってしまうほどの悲しい現状だからな。

 鳥獣保護法のようなややこしい法律だってないだろう。

 いや、実はあるのか? まあ、その時はその時に考えよう。


 それにしても、馬に続けてウサギか。

 これ以上はないと思いたいが、この調子で増えていったんじゃ、屋敷が動物園みたいになっちまうよ。

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