秘密特訓【Others Side】
夕食後に出掛けて行く大門トオルを見送った十六夜キョウカと瀬戸シノブは、愚痴を零しながら洗い物をしていました。
彼女たちはそれぞれ月の勇者、死神の勇者と呼ばれる存在でもあります。
「あいつ、あたしたちを放っておいて夜遊びなんて……」
「そ、そうだね」
刑死者の勇者は悪徳商人の金を奪うため、夕食後に王都へ出掛けていったのです。
マフィアと行動を共にした犯罪行為ですが、もちろん潔癖な少女たちに対して、そのような事情は正直には話せません。彼とて、その程度の常識は持ち合わせていました。
そこで無難な言い訳として、友人との飲み会があると言って出掛けたのでした。
「なんか怪しくない? なにが飲み会だっての」
「お、大人の、付き合いなんだよ。きっと」
構われるのは鬱陶しくても、放っておかれるのは気に入らないという、なんとも難しい年頃です。
しかも月の勇者は妙な鋭さをもって、嘘を見抜いていました。死神の勇者もなんとなくは察していましたが、月の勇者よりは理解のある少女でした。
「ふん。シノブ、今日もやるわよ」
「う、うん。だんだん良くなってきたよね」
彼女たち二人は勇者としての使命には全く興味がありませんでしたが、特殊能力の訓練には真面目に取り組むことにしていました。
以前に刑死者の勇者から戦い以外にも活かせると言われたこともありましたし、訓練を見てやると言った割にはちっともその様子を見ようとしない彼への反発心もありました。
密かに特訓を重ねて、あっと驚かせてやろうという可愛らしい企みです。
それに勇者の身分にも関わらず、自由気ままに振舞っているようにしか見えない彼の生き方にも興味を覚えていたのです。
洗い物を終えた二人は庭に出ると、月明かりの中で魔法を使った訓練を開始しました。
月の勇者である十六夜キョウカは、実は月夜にこそ真価を発揮します。
身体能力、魔力ともに充実するのです。感覚も普段より鋭くなります。月の勇者が訓練で実力を伸ばすには、実は月夜こそが最善でした。
「シノブ、どう?」
「す、凄いよ、キョウカちゃん。また精度が、増してるみたい。も、もう見分けがつかない、かも」
月の勇者のユニークな特殊能力は『幻影魔法』です。
その名のとおりに幻を作り出しますが、その規模、持続時間、精度、どれもが勇者に相応しい破格の能力です。しかも、まだまだ伸びる余地がありました。
今は自身の幻を作り出し、さながら分身の術のように死神の勇者を取り囲んでいます。
幻もそれぞれがある程度までは自立行動可能で、単純に見た目だけで本体を見破ることは困難でしょう。
「次はシノブよ、昨日よりちょっと広めにやるから!」
そう言い放つと、彼女は風の魔法で庭の雑草を一息に刈り取りました。
鎌を使ってちまちまと雑草を刈っている刑死者の勇者が見たら、ため息を零すことは間違いありません。
「じゃ、じゃあ、いくね!」
今度は死神の勇者がユニークな特殊能力を発動しました。
対象は広範囲に刈り取られた雑草です。彼女の眼鏡越しの目が妖しく光ると、刈り取られたはずの雑草が元に戻っていきます。一部だけではなく、広範囲の全てが。
死神の勇者である瀬戸シノブの特殊能力、『不刻魔法』の影響です。
その能力は大雑把に表現すれば時間を巻き戻すこと。現在のところ巻き戻せる時間は僅かな時間にすぎませんが、訓練によって少しずつ伸びているのは確実ですし、対象範囲も広がっています。これも破格の能力といえるでしょう。
「シノブもやるじゃん! じゃあ、やれるトコまで連続でいくよ!」
「う、うん!」
月の勇者はさらに分身を増やしランダムな動きを取らせながらも、次から次へと雑草を刈っていきます。
死神の勇者は刈り取られた雑草を直後に全て戻すのではなく、時間の間隔を空けて効果時間や効果範囲を変えながら魔法を試していきました。
彼女たちの特殊能力の使い方は、彼女たちなりに試行錯誤して身につけた技です。
今のままでも十分に破格な能力ですし、このまま伸ばすだけでも驚異的であることは間違いありません。
しかし、これが全てではない、というのが、勇者の勇者たるゆえんでもあるのです。




