乗ってもいいかもしれない誘い
話によればこの男、アンドリューが仕切るシマで、外国からやってきた悪徳商人が手広く商売をやっているらしい。
もちろん、アンドリューや暗黒街には筋を通さずにだ。
それを可能としているのは当然武力だが、それがまた下手に手を出せないレベルの傭兵団であるらしい。
アンドリューのコロンバス会だけでは太刀打ちできないし、ワッシュバーン組の総力を挙げても簡単には排除できそうにないということだ。
もし強行するとなれば多大な損害が出ることは簡単に予想できるし、そうなってしまえば暗黒街の勢力図にも影響が出てしまう。
悪徳商人の一味は荒稼ぎして近々王都を離れるとの情報を掴んでいるらしいが、何もできずに手をこまねているしかなかったということになる。
「あんた程の腕があれば、どうにかできるんじゃないか? ここ最近だけでも奴らが溜め込んだ金貨や銀貨は相当な額に上る。こいつを奪い取りたい」
また随分と高く俺のことを買っているらしい。それとも単なる囮にでもするつもりなのか。
「そいつらの人数は? それと奪えそうな額はどのくらいになる? 俺だって不死身じゃねぇし、苦労して奪った金が小遣い程度じゃ話にならんぞ」
やる気になったわけではない。まだ話だけだ。
それに当然のことだが、信用できる間柄でもない。こいつの語ることが本当の話かどうかさえ微妙なところだ。
「ウチの若いのが金の詰まった袋を確認しているから心配はない。敵の人数は多くて三十人程度だが、全員がプロの傭兵だ。一応聞くが、あんたならできるか?」
悪徳商人が取り扱っているのは、奴隷売買に盗品売買、禁止薬物の販売が主だったところらしい。
特に薬物は粗悪品を安値で大量にばら撒くといった最悪の方法だ。
アンドリューにしてみればシマ荒らしの上に後遺症を残す最悪の邪魔者になる。
さて、話の内容が本当のことと仮定してみよう。
プロの傭兵三十人が相手になるというのは、たぶん問題ない。どれだけ強くても騎士を大幅に上回ることはないだろうし、それであれば正面からやっても勝てる。
しかも俺だけでやるのではないから、襲撃を掛けて勝利するだけなら楽な部類かもしれない。
「傭兵団の実力が未知数だが、騎士団と同程度なら十分勝てる」
自信満々に答えてやる。
「ああ、あんたならできるだろうよ。あんたにとっちゃ金が手に入るし、俺たちも事が済めばそっちからは手を引く。こっちにとっちゃ、あんたの力を当てにできるし、目障りな商人から損害も回収できる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
悪い話ではないかもしれないが、うまい話とは言えないな。普通に考えればリスクが高すぎる。
常識的には攻め込むことそのものがヤバイし、こいつらが裏切らない保証だってない。そもそも罠かもしれないしな。
しかしだ。考えてみれば暗黒街に恩を売る、またとない機会でもある。
こういう業界に生きる奴ってのは、意外と義理を大切にするものだ。逆に外道もいるが、アンドリューはそういうタイプとは違うような気がする。
それに使える伝手を作っておくのは、いざという時のためにも有効だろう。
まあどう転んだところで、勇者の力を持つ俺はいざとなればどうとでもできる。これが大きい。
「……俺からしてみれば、お前らを皆殺しにすれば面倒事は済む話だが、手っ取り早く金が手に入るのは悪くねぇな」
屋敷の修繕にはおそらく大金が掛かるし、贅沢を言えば屋敷の建物だけではなく、庭や温室だって本来の姿になるよう整備したい。さらには家具類だってまともな物を揃えたい。
出所不明な金となればキョウカとシノブは嫌がるかもしれないが、あそこは俺の屋敷だ。
それにバレなければ何の問題もない。金に綺麗も汚いもないのだ。
「決まりだな。改めて、俺がコロンバス会のアンドリューだ。よろしく頼むぜ」
「俺は大門トオルだ」
悪党である俺は当然の如く、強盗も略奪もやったことがある。
何の自慢にもならないし、わざわざ誰にかに言うつもりもない。もう昔の話だしな。
新たな人生となるこの世界では、できる限りは真っ当に生きようと思っていたが、今回の件は不可抗力と思っておくとしよう。一応、脅されてもいるからな。
それに悪党から奪うとなれば、それはそれで意義があるってものだろう。
防音の効いた個室はちょうどいいってことで、そのまま悪事の打合せを始めた。
まあたまになら、こういうのも悪くない。




