乗るしかない誘い
昨日で引き受けた魔物退治を全て終わらせ、今日は意気揚々と王都までやってきた。
報告を済ませて報酬を受取ると、重い皮袋とは反比例するように心は軽くなる。
まだ俺に頼みたい仕事は山のようにあるらしいが、それは情報を整理した上で、改めて後日に依頼されるらしい。
屋敷の修繕費用やら追加で買いたい物やらで、まだまだ金が必要だ。仕事がずっと継続しそうなのはいいことだな。
ともかく次の依頼を受けるまで、少なくとも数日の休みが決まった。
休みといってもだ。これといった目的があるわけではない。
今のところ思いつくのは、ヴァイオレットに連日逢いに行くくらいだが、毎日ずっとというのも芸がない。
色々と遊びを試してみる程度の金はできたし、どこか面白そうな場所の開拓でもしてみるか。
家でゆっくりとしてもいいのだが、キョウカの奴が何かとうるさいだろうからな……。
しかしあいつらを放っておいて、俺だけが外で遊び惚けるのもちょっとな。微妙に気が咎める程度には情が移っている。
せめてあいつらも遊びを覚えてくれれば、こっちも気が楽になるのだが。
「一日おきに遊びに行くくらいなら、別にいいか」
さすがに毎日遊ぶのは気が咎めるからな。妥当なところだろう。
暇な時間を使って目ぼしい遊び場でもないか探してみよう。
今までは金もなかったし、その辺はあえて気にしないようしていた部分もある。
ギャンブルに突っ込む気もないし、お遊び程度なら何をやったって問題ないはずだ。
あ、そういや騎士団で乗馬を習うって考えもあったな。
自分で馬に乗れるようになれば、近場なら馬車を使わずに済むし、もっと気軽に出掛けられるようになる。
いくらするのかは知らんが、今なら馬の一匹くらい買う資金も大丈夫だろう。
我ながらいいアイデアじゃないか。
「ねぇ、そこのあなた! ちょっといい?」
考え事をしながら歩いていると、どこか色っぽい感じの呼び声。
知らん顔の姉ちゃんだが、俺に向かって言っているらしい。
友好的な態度からして因縁を付けられているわけではないようだが、俺に声を掛けるなんて度胸あるな。
しかし商売人って感じでもないし、まさか逆ナンでもないだろう。
女を良く見れば顔はそこそこだが、スタイルがかなりいい。
大抵の男にとっては、十分に魅力的な部類だろう。俺もその例外ではない。
そうだな、何の目的か分からんが、暇だし少し付き合ってやるか。壷売りや宗教の類だったら、すぐに立ち去ればいい。
「おう、姉ちゃん。色っぽい話なら、いくらでも付き合うぜ」
「そこはあなた次第かな? あの店で少し話そうよ」
馴れ馴れしく腕を組んでくるが、悪い気はしない。だが随分と思わせぶりな女だ。怪しすぎる。
何か予定でもあれば無視するところだが、生憎と暇だ。どう転んだとしても大した怪我はしないだろうし、ちょっとばかし社会勉強でもしてみるか。こんなパターンは初めてだしな。
腕を引かれるままに、喫茶店のような店に誘われて中に入った。
店の中は明るく清潔で若い客層が多く、いきなり場違いな印象を受けてしまった。
いや、年齢層的には問題ないはずだが、俺のような強面がくる店ではない。
爽やかな若い男女のカップルや、女同士で入るようなしゃれた雰囲気の店だ。
腕を引く女は慣れた様子で一階のフロアを通りすぎ、二階に向かう。
「上は個室になってるんだ。常連しか使えないけどね」
常連だけが使える個室だと? ますます怪しい。
……だが、俺は行く!
個室の入り口は開いているのと閉じているのがあって、閉じているのはどうやら使用中らしい。
導かれるままに奥の個室に入って中を見れば、ドリンクやちょっとした軽食は部屋の中の棚に準備されているみたいだ。
おしぼりのような丸めた濡れタオルがいくつもあるし、これならわざわざ店員を呼ぶ必要もない。
他にはテーブルを挟むように四人掛けの広めのソファーが向かい合っている。
部屋の中にある物はその程度だが、これ以上は不要なのだろう。
使用中らしき部屋はいくつかあったが、そこからの声や物音は全く聞こえてこなかったし、扉を閉めた途端に階下からの音もしなくなった。
きっちりとした防音仕様なのだろう。なるほどなるほど。
組んだ腕をそのままにしてソファーに腰掛けると、女がしなだれかかってきた。
いきなりか。まだ飲み物の準備もしていないし、それどころか会話らしい会話もしていない。
だが、俺は行く!
据え膳を食わぬ奴など、男の風上にも置けんただのタマなしよ!
………………ふぅ、なかなか良かったぜ。
予想外のハプニングのせいか、俺もついハッスルしてしまった。
なにがしかの罠で、途中で横槍が入るかもと思ったが、結局は何も起こらず存分に楽しんでしまった。
まさか本当に逆ナンだったのか?
名前も知らない女がまだソファーで寝そべっているのを横目に、おしぼりを使って体を拭う。さっぱりするな。
適当に身嗜みを整えてドリンクの準備をしていると、女も復活して同じ様に身嗜みを整える。
落ち着いたし、どういうつもりなのか聞いてみるか。
「化粧直してくるから待ってて」
「おう、戻ったら軽くメシでも食おうぜ」
特に答えず流し目を送りながら出て行った。事後だからか、かなり色っぽく感じる。なかなかにいい女だ。
ああ、戻ってきたら名前くらいは聞いておくか。
…………どうしたものか。
女が部屋を出て行ってから大分経つが一向に戻ってこない。
「遅い」
おかしい。逃げる理由はないと思うが……。
特に何かを盗られた様子もないし、ヤリ逃げというのも意味が分からない。
もう少しだけ待ってみるか。
トントン
ノックの音だ。
女なら勝手に入ってくるはず。店員か?
いや、違うな。逐電亡匿を発動させてみれば、相手は四人だ。店員がそんなに押し掛ける事態は想像し難い。
やはり罠だったのか?
まあ、なんだろうが構わない。
罠だとしても正面突破だ。




