ワッシュバーン組【Others Side】
バルディア王国とは、近隣諸国、地域一帯の盟主と自他共に認めるだけあって、軍事力のみならず文化においても他国をリードする大国です。
観光客や商人も含めた多くの人が集まることにもなり、王国の中心たる王都は商活動も非常に栄えています。
経済規模も他国の都市を凌駕し、まさしく経済の中心地でもあったのです。
そんな活気溢れる華やかなりし王都においても暗黒街が存在しました。
光あるところに影がある。それは世の中の必然なのかもしれません。
王都の暗黒街は三つの勢力が支配しています。
その内の一つ、ワッシュバーン組では、予期せぬ問題についてある幹部を糾弾している真っ最中でした。
「馬鹿野郎! チンピラに舐められてたらメシの食い上げだ! てめぇんとこの全員で、死ぬ気でケジメ取ってこいや!」
怒鳴られているのは、刑死者の勇者である大門トオルを締め上げようとして返り討ちにあった、ワッシュバーン組の幹部アンドリューです。
また、アンドリューはワッシュバーン組の直参として、コロンバス会を束ねる立場でもあります。彼は体の回復を待ってワッシュバーン組の本部を訪れていました。
返り討ちに合ったアンドリューもただ単に休んでいたわけではなく、相手が何者であるかの調査を手下に命じて行っていました。
ですが正体まで掴むことはできていません。現時点では時折、王都で買い物をしている姿を見掛けるといった程度の情報しか掴むことしかできていませんでした。
しかし、あれ程の実力者が無名であるはずがないとアンドリューは考えていましたし、ましてやただのチンピラの仲間でなどあり得ないとも考えていました。
「……オジキ、面目ない。俺も今すぐそうしてやりたいが、奴の力は異常だ。どれだけ兵隊を集めても勝てる気がしない」
「チンピラ相手になに弱気なこと抜かしてんだ! 噂の勇者にでもやられたようなこと抜かしやがって!」
そこでアンドリューは腑に落ちたような気持ちになりました。
あれは勇者なのではないかと。そうでなければ、あの圧倒的な力を説明できません。
「オジキ! 奴はもしかしたら勇者……」
「馬鹿野郎! 勇者がチンピラとつるんで悪さなんかするわけねーだろ!」
至極当然、常識的な意見の前にアンドリューは何も言い返せません。
黙り込むアンドリューに向かって、今まで成り行きを見守っていた初老の男が声を掛けます。
「……アンドリュー、あそこはお前に任せたシマだ。その野郎の処遇をどうするかはお前が決めろ。だがな、本当にどうにもできそうにねぇなら、いっそのこと仲間に引き込んじまったらどうだ? お前がそこまで言うほど腕が立つなら、色々と役に立つのは間違いねぇ。お前は厄介なヤマも抱えてるしな。仲間にした後でお前の手に負えそうにないなら、俺が面倒を見てやってもいい」
初老の男は渋く落ち着いた声でアドバイスを送ります。
「奴を、仲間にですか?」
「無理だと思うか? お前の話によれば、そいつは金を奪っていったらしいな。だったら金で話がつく相手かもしれねぇ。金でも女でも好きなだけくれてやれ。お前ならそいつを上手く使って、厄介事を片付けることも、もっとデカく稼ぐことだってできるんじゃねぇか? 他の組の手がまだ付いてねぇなら、今が好機かもな」
まるで天啓を得たかのようにアンドリューの頭の中を考えが駆け巡りました。
暴力ではどうにもできない相手でも、交渉の余地ならあるかもしれません。
問題はどうやって交渉に持ち込むかですが、そこは情報収集に掛かってくるでしょう。
懇意にしている人物でもいれば、そこから糸口を掴めるかも知れませんし、悪手ですが人質にすることだってできるかもしれません。
アンドリューは今回の件を別にして非常に頭の痛い厄介事を抱えてもいました。それも解決の目途が全く立たない厄介事です。根本的に戦力が不足していて、現状では解決は不可能だったのですが、あの力を利用することができるのなら話は変わります。
「アンドリュー。ボスはこう言ってくれてるが、もしもの時は死んでもケジメ取れよ。その男も、例のヤマもだ」
「ボス、オジキ、しばらく時間をください。なんとかしてみますよ」
鷹揚に頷く初老の男はワッシュバーン組のトップです。暗黒街の顔役の一角として、様々な可能性を検討しています。今回の件で、暗黒街の勢力図に何か変化が起きるかもしれない。彼はそんな予感を抱き始めていました。




