進行する面倒事
さくっと一件の仕事を終えると、まだ日も高い時間だ。
依頼の魔物退治は、まだ二件残っているが、別の現場に行くには少し遠い。別に急ぎってわけでもないんだ。今日はもういいだろう。
昨日と同じ御者のじいさんに、また王都に向かってもらう。
時間もあるし昨日のトラブルのせいで駄目になった買い物をやり直そう。
パンとフルーツはあの後で買えなかったからな。
キョウカのサンドウィッチと手作りジャムは絶品だ。材料が欲しい。
馬車から降りて小腹を満たしながら歩いていると、おかしなことになりつつある。
何気なく発動している逐電亡匿には、俺を物陰からうかがうような輩が何人も反応している。気のせいではない。
一体、誰が何の用か。これまでにも誰からか観察されているようなことはあったが、今回はどうにも毛色が違う。
「……なんだってんだ、面倒な」
さり気なく商店の軒先を見る振りをしながら、問題の人影の何人かを視界に収める。
どいつもこいつもが強面のおっさんだ。カタギには見えないが、なんの用だろうな。
……まさか、昨日のトラブルが原因じゃないだろうな。
「ちっ、うざってぇ。とっとケリをつけるか」
おっさんどもにずっと見られているのは気持ちが悪い。
考えていてもしょうがないし、こっちから聞いてやろう。
適当な路地に入ると、慌てて動き出す見張りたち。
逐電亡匿状態の俺はかくれんぼも得意だ。
いち早く駆けつけたおっさんを背後から物陰に引きずり込む。
「静かにしろ。騒げば首を圧し折るぞ」
強面っぷりにかけては、こいつらよりも俺のほうが上手だ。年季が違う。こちとらガキの頃から強面で通ってるんだ。
その俺が本気で睨みつけながら首を掴む。冗談抜きでこいつの首なんて簡単に圧し折れる。まさしく造作もない。
「うっ、分かった。は、早まるなよ」
なかなか物分りがいいな。話が早くて助かるぜ。
「お前らは誰だ。どうして俺を見張ってる?」
「……身に覚えがねぇとは言わせねぇぞ。お、俺たちはワッシュバーン組系、コロンバス会のもんだ。昨日はウチのもんが世話になったらしいな」
「ワッシュバーン? 知らん。ひょっとして昨日、チンピラをいびってた連中のことか?」
「ふ、ふざけやがって! ワッシュバーン組とコロンバス会に楯突いて無事に済むと思うなよ!」
面倒なことになったな。どうやらあのチンピラの仲間と思われているらしい。
誤解だといったところで無意味だろうな。ぶちのめしたのは俺なんだし。
もちろん、あいつらが一方的に悪いのは間違いないが、こいつらに道理が通じるはずもない。
「そんなことより俺を付け回してどうするつもりなんだ? 用があるならさっさと言えばいいだろ」
「……それは」
おっさんが口を開こうとすると、新たな人影が。
「話以上に腕が立ちそうな男だな。俺から答えてやろう」
なんだ、この偉そうな奴は。
「アンドリューさん!」
「ガキどもの居場所が分からなくてな。お前を泳がせておけば合流するかと思っていたんだ。始めから直接聞けば良かったな」
続けてアンドリューとやらと一緒に現れたのは五人の強面たち。
逐電亡匿によれば、さらにここに向かって集まりつつある。
昨日の意趣返しにしては大袈裟な奴らだ。別に死んだわけでもあるまいに。
「ワッシュバーン組に逆らった奴がこの街で生きていけると思うなよ。多少の腕が立ったところで組の力には敵わんのだからな」
「さっそくやっちまいますぜ。アンドリューさん」
「まだ殺すなよ。ガキの居場所を吐かせてからだ」
話が通じない、といより会話そのものが成り立たない奴らだな。
俺にとっては雑魚がどれだけ集まろうが関係ない。そっちがその気ならやってやろうじゃねぇか。
考えてみればちょうどいい。昨日の迷惑料はこいつらから回収しよう。
結果など予想するまでもない。当然の結果として、目の前に倒れ伏す男たち。
『戦闘』なんて上等なものではない。避けるとか防ぐとか、そういう次元でもない。
俺はまさしく何もやらせずに、追加で集まってきたのも含めて全員の腹を殴って悶絶させた。勇者の力の無駄遣いだな。
「おう、迷惑料はもらってくぞ」
一方的に宣言して全員の皮袋を奪い取った。
結局、倒したのは十四人。得られた迷惑料は悪くない額になった。
小銀貨は八十枚程度を回収できた。小銀貨は一枚で千円相当。
大銀貨は三十枚程度を回収できた。大銀貨は一枚で一万円相当。
そしてアンドリューとやらは、なんと小金貨を持っていやがった。それも四枚も。小金貨は一枚で、およそ十万円相当にもなる。
結局、合計で七十八万円相当の迷惑料が手に入ったことになる。昨日と今日の分も含めれば、まあこんなもんだな。
一応、情けで銅貨だけは残してやった。俺の優しさを噛み締めるがいい。
自前の皮袋が大分重くなったこともあって、少し減らすことにした。まだ時間も早いしな。
すなわち、俺の天使、ヴァイオレットの元へ。いざ、参る!
手土産に景気良く高めの菓子類を買い込んで、いつもの高級店に向かう。
まだ混むような時間帯には遠いし、問題なく指名できるだろう。できないと困る。
レンガ造りの建物に入ると、受付の婆さんに手土産の一部を渡しつつ、さっそく話をつける。
幸運にも訪れた客は少数しかいなかったようで、俺の天使は待機中だった。ふぅ、助かったぜ。
「ふふっ、またきたんですか?」
まあ昨日もきているしな。俺が入れ込んでいるのは、もうバレているだろう。別に構わないが。
それにしてもだ。うむ、今日も金髪ポニーテールが良く似合っている。
今日は元々そんな気はなかったはずだが、彼女を目の前にすればもう全てがマックスだ。
「まあな。時間もあったし、ちょっとした臨時収入もあったんでな。そうだ、街で評判とかいう菓子を買ってきたんだ。持って帰るか、後でみんなで食べてくれ」
「わあっ、ありがとうございます! 気になってたお菓子なんですよ。それに、せっかくのトオルさんからのお土産ですもの。独り占めしちゃおうかな?」
これが例え計算された営業トークだとしても嬉しい。嬉しいものは嬉しいのだ。
俺にとってはそれが現実、それが全てなのだ! 文句あるか?
今やこの世界で一番の楽しみとなった癒しのひと時だ。時間の許す限り堪能するぞ。




