危険な裏道
乗ってきた馬車と御者を退避させていた近場の村に到着すると、すぐ帰るために出発だ。これなら晩メシの時間には余裕で間に合う。
いや、むしろ早すぎるくらいか。
「……よっしゃ、ちょっと遊んでから帰るか」
溜め込むのは体に毒だしな。
「おう、じいさん。やることがあるから行き先は王都だ。あんたもそこで帰ってくれて構わねぇから、着いたら適当なところで降ろしてくれ」
「あいよ、勇者さま。王都だね。しばらく休んでてくださいな」
御者のじいさんに屋敷のあるシュトラス山に向かうのではなく王都に向かうよう伝える。
じいさんも王都から迎えにきたらしいし、手間が省けて助かるだろう。
大して疲れていないが、到着まで体を休めた。
そんなに時間が余っているわけでもないので新たな開拓もせず前回も訪れた高級店に行くと、再び美しき癒しの女神、ヴァイオレットを指名する。
今は冒険をするときではない。確かな実績のあるところで短時間に終わらせる。前回の反省を生かすのだ。
…………ふぅ。
ご休憩程度の時間を経て、スッキリ爽快。汗も流してリフレッシュできた。
うむ、やはり溜め込むものではない。一点の不満もない良きひと時を過ごすと心まで穏やかになるな。
夕暮れの城下町を軽い足取りで歩いて、適当な土産を物色する。
「これ美味そうだな。おう、おばちゃん。三人分くれ」
「はいよ。大銅貨三枚ね」
屋台でベビーカステラのような焼き菓子を袋一杯に買ってみると、それでも三百円ほどか。安いものだ。
他にもパンにフルーツ、酒瓶もいくつか買い込んでから帰途につく。明日も残った仕事を片付けよう。
「さてと、そろそろ帰るか」
今から帰れば晩メシにはちょうどいい時間だ。
目抜き通りを歩いていくのが一番近いが、時間帯が悪いのか人が多い。リヤカーを引いているのが多数いるし、そこら中の屋台にも人だかりができている。
これでは通り抜けるだけでも苦労しそうだ。
「しょうがねぇ、一本裏の道から行くか」
裏道は少々臭いがするから好きではないが、早く帰ることのほうが重要だ。遅くなるとまたキョウカがうるさいからな。
表通りから一本裏程度なら、そんなに危ない奴もいないはずだから、トラブルには遭わないだろう。
甘い考えをしたつもりはない。
しかし、世の中巡り合わせの悪い時だってある。
裏道を少し歩いただけで、どうしようもないほどにバイオレンスな音が聞こえてきた。
道端に積まれた木箱の物陰で何かをやっているようで、直接見えはしないが。
「死ねっ! オラッ! オラッ! クソガキがっ!」
「おらっ! クソガキども、ウチのシマで悪さしやがって!」
「ガキだからってタダじゃおかねぇぞ。ナメやがって、お前ら全員沈めてやるからな」
不穏極まる話し声だな。まったく、物騒な奴らだ。
この道は行けないな。俺が恐れる理由などないが、無用なトラブルは避けるべきだろう。
「あっ、こらっ! 逃がすか!」
「待てよっ、このクソガキが!」
仕方なくもう一本裏の道に入ろうかと踵を返したところで、こっちに向けて走ってくる足音が聞こえた。
おいおい、よりによってこっちに逃げてくんなよ。めんどくせえ。
「はっ、はっ、はっ、ち、畜生っ! 畜生っ!」
泣きながら走ってきたチンピラっぽい青年は、幸いなことに俺に助けを求めることなく走り去る。
と思ったら、盛大にすっ転びやがった。おー、痛そうだな。
でも待てよ。あいつ、なんか見覚えがあるような気がするな。
んー、どこかで会ったか?
「待ちやがれ! おい、どけ! こらっ!」
「邪魔だ、ボケがっ!」
「このボンクラ、どかんかいっ!」
罵声を浴びせながら、わざと俺にぶつかり押し退けようとする強面のおっさんたち。
この程度で怪我などしないし痛くもなんともないが、今は買い物をした荷袋を持っている。不幸なことに、そっちが無事では済まなかった。
乱暴にぶつかられた拍子に、荷袋をうっかり落としてしまったのだ。
地面に落下すると、ビンの割れる音が聞こえた。
中には酒瓶が入っていたし、パンや焼き菓子なんかも入れてある。酒瓶が割れてしまえば全部パーだ。
「ぶっ殺すぞ、クソガキが!」
突然のことに呆然としていると、汚い声がすぐ目の前から聞こえてきた。
……ひょっとして。まさかだが、俺に向かって言っているのか?
三人の強面のおっさんは、さっきからの言動からして、ここらを仕切るマフィアの一員だろう。
その内の二人は転んだ青年のところまで行ってボコボコに蹴っているが、目の前のおっさんはなぜか俺に向かって因縁をつけてきた。
おいおい。怒っているのはこっちのほうだ。このボケナス野郎。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
キョウカとシノブのために買った焼き菓子。晩酌の楽しみにと厳選した酒瓶。明日の朝食のためにと買い込んだパン。フルーツも落下の衝撃で割れてしまっているかもしれない。
ささやかな幸福を土足で踏み躙られたかのような強烈な不快感。
おまけにだ。ぶっ殺す? クソガキ? 誰に向かって口きいてんだ。
「……ああ? 死ぬのはてめぇだ。蛆虫野郎」
「ひっ!? ぐぼぇっ!」
ノーモーションで捻りを加えながらの拳を、マフィアその一のどてっ腹にぶち込んでやる。
殺しても構わない気はするが、こんな奴程度で手を汚すのもな。それに死体漁りは趣味じゃないし、ムカつくが手加減だけはしてやろう。
弁償金や迷惑料を徴収しなけりゃならんからな。
「な、おいっ! ベックス!?」
「このガキ、なにしてくれてんだ! ああっ!?」
うるせえ蛆虫どもが、文句ばかり垂れやがって。
無造作につかつかと歩み寄ると、同じ様に腹を殴って黙らせた。




