普通の日常
ほんの少しだけ反省して眠りついたが、目が覚めればスッキリ爽快。いつものように普通に過ごす。
朝はトレーニングに精を出し、朝メシの時間には何事もなかったように振舞う。
キョウカも後に引きずるタイプではないのか、いつもの態度で文句を言いながらも俺の分も用意してくれた。
それでも一応、ケジメだけつけておくか。
「キョウカ、シノブ、昨日は悪かったな。仕事で一緒になった騎士団の小隊長と打ち上げに出かけてな。帰りが遅くなっちまった」
嘘は言っていない。断じて嘘ではない。
続けて昨日渡しそびれた菓子と果物を二人にやる。甘味は貴重なご機嫌取りになるだろう。
なぜ俺がそこまで気にせねばならんのかと思わなくもないが、まあいい。
「……ふん、今度やったら、もうあんたの分は作ってやんないから」
「だ、大門さん、私の分まで、あ、ありがとうございます」
「おう。俺も今日は出掛けねぇから、家のことでもやるか。屋敷の中はお前らに任せるとして、俺は庭の草刈でもしてくる」
適当にやったら温室でサボって昼寝をするつもりだ。根を詰めてもしょうがあるまい。
「あの、お、お洗濯は」
「そういや洗濯物たまってるんだった。あとで洗濯場に持っていくから頼んだぞ。別にいっぺんにやらなくてもいいからな」
「あんた、まさか本当に下着まで洗わせる気じゃないでしょうね!?」
キョウカの文句をスルーして自室に引き上げる。
もちろん下着も洗ってもらうつもりだ。嫌だというのならしょうがないが、そうでないなら問題ない。
遠慮なく洗濯物を出した後は、鎌を持ち出して草刈の時間だ。少しは働かねば。
優れた身体能力を発揮して、短時間である程度の仕事を果たすと、あとは昼寝の時間だ。昼メシ時まではゆっくりしよう。
温室の石のベンチに寝転がって、うつらうつらと日向ぼっこを楽しむ。
聞こえるのは風に草が揺れる音と鳥の鳴き声くらいのもの。風流なひと時だ。
しばらくすると、キョウカの怒鳴り声で覚醒させられる。うるさい奴だ。
どうやら昼メシができたらしい。そういや腹減ったな。
手を洗ってからリビングに移動すると、何種類ものサンドイッチが大皿に並べられていた。これもサンドイッチとはいえ具材がしっかり調理されている。見た目からして美味そうだ。
「キョウカ、お前ホントに凄いな。食材で欲しいものがあったら言えよ、俺も買い物に付き合うからよ」
「な、なに言ってんのよ! 褒めたってあんたへの好感度なんて上がらないんだから!」
お前こそ何を言っているんだと呆れてしまう。
いいところは素直に褒めてやるのが俺の流儀だ。
「それよりあんた、なにシノブにぱんつまで洗わせてんのよ! ホントにやらせるなんて!」
「別にいいだろうが。お前だって洗わせてるんだろ?」
「ち、違うわよ! あたしは自分の下着くらいは自分で洗ってるわよ!」
「おう、シノブ。もし嫌だったら本当にやらなくていいからな。遠慮なんかするなよ」
嫌々やられるのは俺だって気まずいからな。
本当に無理ならしょうがない、それくらいは自分でやるとしよう。
「そ、そんなことないです、大丈夫です。キョウカちゃんも、私がやるのに」
「あ、あたしのはいいっての。それよりあんた、屋敷の掃除も手伝いなさいよ」
キョウカがまた俺に矛先を向けて吼える。もう少し静かにできんのか。
「屋敷の中はお前らの担当だろ。それに午後は別にやらなくていいぞ。俺だって一日中働けなんて言うつもりはないからな」
顔を見合わせるキョウカとシノブ。意外そうな顔だな。
「なんだ、働きたいなら止めはしないがな」
「……違うわよ。だって、ほかにやることないし」
なんだと?
やることがない。異世界にきた若者のセリフとは思えんな。
しかし、マジで言ってるのか。いや、マジでか。
「……別に四六時中ここにいなくてもいいんだぞ? 買い物のついでに街に遊びに行ってもいいしよ。王都の中になら色々あるだろ」
「買い物に行くのは良いけど、自由に使えるお金はあんまないし。街はナンパ野郎がウザいから、ブラブラしにくいし」
なるほどな。こいつらは人付き合いが苦手らしいし、ナンパ野郎を穏便に追っ払うなんて器用な真似はできそうにない。しょうもないトラブルに発展する可能性を自覚してるらしい。
あとは金か。小遣いをやるのは別にいいが、変に遠慮しそうなところもある。なんだかんだ、こいつら真面目っぽいんだよな。
しかしなんだ。確かにやることがないのは問題だ。やることというか、やりたいことだな。
この屋敷で一生働いてくれても良いが、それじゃあんまりだろう。
はぁ、しょうがねぇ。俺もどうせ暇だし、少しは若者のために一肌脱いでやるか。ほんの気まぐれだ。
「キョウカ、シノブ、メシ食い終わったら中庭に出るぞ」
「は? 急になに」
「え、え、お庭ですか」
ここは異世界なんだ。少しは順応しなけりゃやっていけないし、どうせなら楽しめってんだ。心持ちが重要なんだ。




