労働賃金
リビングに移動するとマクスウェルは書類を広げてなにやら仕事をしていた。忙しいのだろう。
キョウカの悲鳴と文句のような声や、バケツに水を注ぐような音がここまで聞こえてくる。早速やっているようだな、結構結構。
「おう、待たせたな」
「いえ、問題ありません。彼女たちは大丈夫そうですね」
「そうだな。文句を垂れながらだが、さっそく動いているしな。ここにもすぐに慣れるだろ。まあ、よっぽどのことがなけりゃ、俺から追い出すことはしない」
「大門殿、どうかよろしくお願いします」
よろしくと言われても俺にできることなど特にはない。最低限のことだけだ。
「そんなことよりだ。はっきり言ってそろそろ金が欲しい。何か仕事を回せ」
「今日はそのつもりで仕事の話も持ってきました。良いタイミングだったみたいですね。まずはこちらを」
金がないだろう状況を察して、仕事を持ってきてくれたらしい。おお、心の友よ。
差し出された書類には、仕事の依頼内容が書いてあった。
内容は単純だ。いつものように魔物を倒すだけ。
ただし、今回の討伐対象は、第四種指定災害だ。
指定災害と呼ばれる単体で大きな脅威と認定された魔物は、脅威度別に第一種から第三種までが存在する。
第一種が特別に強力な魔物で、第二種、第三種はそれに次ぐと評価されている魔物が相当する。
今回の第四種指定災害とは、単体で見たときには第三種指定災害未満の脅威でしかないが、群れを成して大きな脅威をとなっている状態を指す。
場合によっては、第三種や第二種指定災害を凌駕する危険となる場合もある。
ちなみにゴブリン程度であっても、数が集まれば第四種指定災害に認定されることもあるらしい。
第四種指定災害とされた今回の討伐対象はオーガだ。俺がまだ知らない魔物になるが、書類にはどんな魔物かの記載がある。
この書類は契約書に記した『前提条件の提示』に相当するものらしい。
書類によれば、オーガとは簡単に言えば脅威度の高いゴブリンのようなものだ。醜い顔に人型の大きな体。武器を使うし力も強いが、魔法は使ってこない。亜種が居れば魔法を使うこともあるらしいが、今回は含まれる可能性は低いそうだ。
場所は王都から半日ほど先の町の近くで、森林地帯に多数の目撃情報あり。
普段から周辺には魔物も生息しているが、どれもゴブリンと大差ない程度の魔物しか居ないらしい。
数は予測でしかないが、概算で五十から最大で百にも及ぶ可能性あり。大雑把だし、最大の場合にはかなり多い。
オーガ単体の脅威度はそれほどではないらしいが、俺にとっては未知の魔物だしリスクはある。
正規の騎士ならば、一対一でもなんとか勝てるレベルの魔物ということだが、安全マージンは十分にとるべきだろう。
少し考えて、こっちからも提案する。
「騎士団から人は出せるか?」
「はい。第四種指定災害ですから、通常であれば最低でも一個中隊は投入します。今回は大門殿が出動されるので減らせると考えていますが、どれほど準備しますか?」
「……そうだな、一個中隊は何人だ? それと一個小隊は?」
「通常の騎士であれば、小隊ですと三十六人ですね。中隊の場合は三個小隊で編成されます。参考ですが、大隊の場合は定員が三百人となります」
大隊だと三百人もいるのか。今更ながら第二種指定災害がどれほど恐ろしいか理解できるな。あれは大隊が決死の覚悟で戦うレベルらしいし。
今回の場合、オーガが最大で百匹程度。
勇者の活躍を見込めば中隊までは必要ないが、一個小隊では想定外の事態も考えれば、ちと厳しいか。
オーガが五十匹の場合、二個小隊だと多過ぎるが、少なくて危険があるよりはいいだろう。
「分かった。俺にとっては初見の魔物だし、念のため二個小隊は同行してもらおうか。対象は指定災害なんだしな」
「それでも助かります。報酬はどうしましょうか。私が任されていますので、ここで決めてしまっても構いません」
話が早いな。さて、どうするか。
本来なら騎士が中隊、つまり三個小隊で百と八人も出動する事態だ。その人数分の水に食料、それを運ぶための人員に馬だっている。薬や予備の武具の運搬だって必要だろう。損耗があれば、遠征後の治療や修繕でも費用はかさむ。
それが一個小隊分減って、二個小隊七十二名の出動で済むわけだ。
人数が減れば物資を運ぶ人員や馬も減らせる。基本的には討伐は俺が中心になってやるから、損耗だって少なくなるはずだ。
一個小隊を減らせて、戦闘の主軸は俺が勤める。騎士団の負担はかなり減らせるな。
しかし、今回は王都からの移動距離が半日程度だ。往復でも一泊二日の旅程になる。運ぶ物資は少ないし、最低限に絞られるだろう。これでは吹っかけることはできないか。
十分な数の騎士のバックアップを受けた状態で、半日の距離の移動。大して稼げはしないが、最初の腕試しにはちょうどいいかもしれない。
慣れてくればバックアップはもっと少数に、あるいはもっと極端に単独でもいい。
今回はわざわざ仕事を回してもらっているわけだし、足元を見られる状況でもない。今回は当座を凌げる金が入ればいいか。
「……報酬は前金で大銀貨二十枚、討伐後にさらに二十枚、騎士に損耗がなければおまけに十枚。移動は俺も騎士の馬車に乗せてもらって、食料もそっち持ち。これでどうだ?」
「全て大銀貨で、最大五十枚ですか。騎士の装備や物資はともかく、馬に損害がなければ、さらに大銀貨十枚追加でどうですか?」
「馬か。俺だけで守りきるのは難しいが、騎士にそこを任せればなんとなるか。そこは約束できんが、それでいこう。上手くいけば最大で大銀貨六十枚だ」
おおよその価値としては、分かりやすく六十万円相当の額になる。
僅か二日の仕事の報酬としてみれば破格だろう。だが、騎士の小隊一つ分を肩代わりして、危険な第四種指定災害の排除と考えれば安いはずだ。
今回は初回だし、報酬を高額に吊り上げるような要素もない。これでよしとしておこう。
ちゃちゃっと報酬や期間を定めた契約書の別紙をでっち上げて、あとは王国の高級官僚か大臣にサインを入れてもらうだけだ。
出発はさっそく明日の早朝、サインが入った書類の控えはその時に渡してもらう。
まだ契約前だが前金の大銀貨を受取ると、忙しいマクスウェルは帰っていった。




