王国閣僚会議【Others Side】
「なんだ、このふざけた紙切れは!」
ここは地域一帯の盟主を自他共に認める王国、バルディア王国の王宮会議室です。そこでは宰相を始めとした国家の重鎮が渋い表情で話し合いをしていました。
その原因は一枚の紙、契約書です。
「どこの勇者がこんな要求をするというのだ!」
怒り心頭に発した立派な髭を蓄えた老人は宰相です。苛立たしげに契約書に指を突きつけ、居並ぶ重鎮に同意を求めました。
「そうですな。勇者殿がこのような要求をするなどとは思ってもみぬことです」
「しかし、無下にもできますまい。現状の我々では、かの勇者殿を頼る以外にはないのですからな。他の勇者殿は皆が発展途上でありますし、本来の目的を果たしてもらわねばなりません。騎士団では第二種以上の指定災害が相手では荷が重いのも現実。やってやれなくはないが、犠牲が大き過ぎる」
本来の目的とは魔神討伐であり、若き勇者はそのための訓練で忙しくしています。
「軍務卿がそのような弱気でどうする! ええい、金を要求する勇者など奴の他には誰もいないぞ。一体なんなのだ! とにかく駄目だ、こんなものは認められん! 二十二人の勇者全員から我がままを言われるようになってしまっては、話がまとまらんぞ!」
宰相は激怒していますが、すでに宰相以外の閣僚の方針は決定しています。
内務卿が事前に根回しを行った結果です。軍務卿や外務卿を始めとした重要閣僚は、刑死者の勇者の要求を飲むことを決めていました。
あとは全会一致とするために、宰相の合意を取り付けるだけだったのです。
もちろん内務卿の配下である、マクスウェルの働きかけによるものです。
「我々は刑死者の勇者殿に大きな借りがある。本来なら他国に出奔されても文句が言えないほどのな。それに侮って良い相手ではないだろう」
「侮ってなどおらぬし、こちらとて勇者殿の命を救っているではないか!」
「そのとおりですな。しかし、我々はその後に二度も第二種指定災害から王都を守られております。それも被害なしに」
「しかり。特に一度目は全く気づくことなく王都の近くまで接近を許し、騎士団も不在の状況でしたな。彼の協力を得られなかった場合、被害は甚大、どれほどの犠牲が出たことか」
「功績を残した勇者殿に対する褒賞があれでは、このような書面を出されるのも当然でしょうな。その原因の一端は宰相閣下にもあるのではありませんか?」
悔しげに歯を食いしばる宰相も頭では理解できているのです。反論をしたくても言葉にならないので態度で不満を表明していました。
「実際にどれほどの金額を要求されるのかは分かりませんが、軍を動かすための費用に比べれば負担は小さいでしょう。その程度で勇者殿の力を使えるのなら、許容できるのでは?」
一軍を動かすとなれば、様々な物資をかき集めなければなりません。そのための費用に加えて、戦闘があれば装備の修繕や補充も発生しますし、負傷者が出れば医療費が、犠牲者が出れば家族に補償金が、あり得ない事ですが一切の負傷や犠牲がなかったとしても、働きに対する褒賞や手当てだって必要になります。
軍を動かすにはとにかく、金が掛かります。それも大金が。
勇者から仮に一軍を動かすほどの金額を要求されたとしても、それだけで済むのでしたら総合的にはむしろ安く済むでしょう。王国にとって安価な選択肢ができたも同然です。
それに許容範囲の要求に応じて報酬を支払うのは、王国にとっても悪い話ではありません。
王国から一方的に、あれをやれ、これをやれ、褒美はこれで、といった状況は不満を生みやすいと考えられます。
あらかじめの協議によって、双方が納得できる形で仕事が成立するとすれば遠慮をする必要もなく、相談や依頼もやり易くなるのではないでしょうか。
「ぐむぅ、そのとおりかもしれんが、陛下がなんとおっしゃるか」
「陛下は賛成なさるでしょうな。内務卿が内々で伺ってみた感触では、むしろ早く勇者殿との契約を結ぶべきとのお考えらしい。契約さえ結んでしまえば、我が国に縛り付けることさえ可能になるかもしれないのですからな」
「特に王妃殿下は、かの勇者殿に対する仕打ちには激怒しておられます。どうしてあのような事態を招いたのか、今の調査結果では納得されませんでしょうな。これ以上の不興はなんとしても避けるようにとの仰せだ」
王家までもが契約に賛成では宰相も分が悪いです。元から悪かった分が挽回不可能なレベルにまでなっただけですが。
「だとしてもだ! 他の勇者はどうする!? まさか全員とこのような契約を結ぶというのか!」
「できればそれは避けたいですな。こういっては何だが若い勇者殿はこちらのいいように丸め込む余地がある」
「このような要求をしているのは刑死者の勇者殿だけだろう? 他の勇者殿には黙っていれば良いではないか」
「その刑死者の勇者殿が喋ってしまえばお終いであろう」
「なに、刑死者の勇者殿は、勇者の中でも年長者だけあって話の分かる御仁だ。契約があることを秘密にする契約でも結んでもらえれば心配することもなくなる」
「有効な案ですな。内務卿、刑死者の勇者殿との折衝はお任せしますぞ」
「良好な関係の部下がおりますから、そちらはお任せください。見返りがあれば、なお良いでしょうな」
まだ不満そうな宰相を除いた一同は、予定通りの結果には特に見向きもせず、進行役である宰相をなだめて先を促し次に進めます。
彼らは立場のある身ですから忙しいうえ、今日の議題もまだ他に控えているのです。




