誰も知らない場所で
バルディア王国を去ってから、どれくらい経っただろうか。
今はもう秋だ。去ったのは冬だったから日数としては結構過ぎているが、あっという間に感じる。
あの日は天気のいい夜だった。今でも鮮明に思い出す。
逆さに吊られて火炙りにされるなどという経験は二度とゴメンだ。極致耐性のお陰で健康上はなんともなくても、あれはあれで苦痛なのだ。
混乱を上手く収めるためには落としどころが必要だった。
俺自身が落としどころになってしまうのは、予想外だったがあの国にはムカつく奴らの他に良い奴らもたくさんいた。
そもそも死にかけだった俺に美味しい思いをさせてくれたとのだと考えることもでき、全てをぶち壊したとあってはそれこそ釣り合いが取れないだろう。
正当な復讐だったとはいえ、多くをこの手に掛けたこともあったし、色々と潮時だったと考えるのが妥当だ。
それと最後には元凶となったクソ野郎がお陀仏する姿も特等席で見物できた。
俺が櫓の天辺に吊るされて炙られる一方、下方ではグレイドル・ソールズワードも一緒に火炙りになっていたのは忘れがたい。あいつが土壇場で正気を取り戻し、恐怖のあまりに喚き散らしていた姿は壮絶だったと言うしかない。当然、同情の余地もないが。
「大将、大将! どうしたんですか、ぼーっとして。調子でも悪いんですか?」
「何言ってやがる。今日もばっちりだ、任しとけ」
遠目に見える櫓と篝火を見て不意に連想してしまったが、つまらない過去を思い出すのはやめだ。
今は仕事に集中しよう。目の前に進み出て喋ろうとするマッチョに視線を送った。
「さあさあ、野郎ども待たせたな! 今宵も血潮が熱く滾る夜になること間違いなしだ! 連戦連勝、初登場から無敗の拳闘チャンピオンとはこの男のことだっ! ハングドマンジム所属、トール・ビッグブリッジ!!」
「うおおおおおおおおおーっ!」
「今日も頼むぜっ、ビッグブリッジ!」
「ビッグブリッジ! ビッグブリッジ!」
マッチョな仕切り役からの紹介に続いての大歓声が心地よい。もちろん紹介されているのはリング上にいる俺の事だ。
あの妙な名前は俺の偽名で、よく考えてみれば『ブリッジ』はおかしいと思ったのだが、その時にはすでに遅かった。飛び入り参加して以来、あれで定着してしまっている。
「無敗の男に対するのは、これまた東部で無敗を誇った男――」
流れてきた楽園の地はリエージュ・シャトレからさらに海を越えた南の国だ。ここら辺の国々は魔神とは無縁だったことから勇者ともまったくの無縁で、俺にとって非常に都合の良い地域だった。
さらにここは拳闘が国技となっているほど盛んな国とあって、まさにうってつけ。帰るべき場所と言っていいほど、居心地の良い場所だ。
「おう、そういや婆さんにはちゃんと伝えてあんだろうな?」
「ちゃんと第二ラウンドで大将が勝つって伝えてますよ」
「だったらいい。今夜もぼろ儲けさせて貰うぜ」
断じて八百長ではない。相手は勝つつもりで向かってくるのだからな。
いつ勝利するかだけ、俺のさじ加減で決まる。圧倒的な実力差があるのだから、この程度は朝飯前。
もちろんこれは合法だ。賭けも勝利の仕方も。
スポーツマンシップには完全に反するが、極めてクリーンな金儲け!
間もなく始まった拳闘試合は、目論見どおりに終えることができた。
趣味と実益を兼ねると言うのは素晴らしいな。
怒号渦巻く野外の特設リングから降りると、俺の勇姿を見守っていた女神の元に行く。
「アーテル! やっぱ勝利の女神が付いてると、気合の入り方が違うぜ」
「ふふっ、それはどうも。でもこんなに目立ってしまって大丈夫なの?」
「どうだろうな。絶対とは言えねえが、ずっとこんな調子でも特に問題は起こってねえよ」
アーテルは数日前に合流したばかりだ。バルディア王国がある程度落ち着いたのを見計らってから、遠路はるばるやってきてくれた。
なんでもお忍びでリエージュ・シャトレに入り、そこからは大神殿の巫女が案内も護衛も手配してくれたのだとか。持つべきものは頼れる権力者だな。
あの時、俺が全てを被って処刑される演出を受け入れたのは、この女の自由を保障させるためでもある。荒れた王国を安定させるために手っ取り早く合理的な方法でもあった。
当然ながらアーテルを強制的に引っ張ってくるつもりはなかったのだが、こうして俺の元にやってきてくれた。これがハッピーでなくてなんだというのか。
「それにいざとなりゃ、また別の所に旅立つだけだ。それも面白そうじゃねえか。世話になった婆さんたちには十分に儲けさせてもやってるしな。いつ消えても文句は言わねえだろ」
「そうなの? 私はおば様をここに誘ってしまったから、それまではここに居たいと思っているのだけど」
「おば様って、あの王妃か? おおっ、そいつは楽しみじゃねえか」
愛しの女神が到着するまでの間、拳闘チャンピオンとしてのネームバリューと稼いだ金で滅茶苦茶に遊びまくっていたのも今は昔。一人の女に搾り取られる毎日で、別の女と遊んでいる余裕はまったくない。
だが、それがいい!
アーテル以上の女など、この世にはいないのだからな。
「あらダメよ。万が一にもおば様を身ごもらせてしまったら、あの国で物凄い騒動が起きてしまうわ」
「いや、さすがにお前と一緒に住んでる状態で手出しは無理だろ。それにそんなリスクがあるとは聞いてねえぞ」
なにしろ魔法という便利なものがある。その辺りの事は元王妃に限らず、娼館でも対策済みだと聞いていた。
それはいいとして、いい女を前にして手を出さないのはやはり無理か。ここは三人で楽しんでもいいのでは?
なんとなくの流れで強引に持ち込んでしまえば、どうにかなると期待しよう。いざとなれば土下座して頼み込んでみるしかない。
そうだ、そうしよう!
「ま、とにかく帰ろうぜ。次の試合までは日が空くから、どっか観光がてら小旅行でもすっか」
「気軽に旅行だなんて、なんだか夢みたいね」
「ここじゃあ、お前の立場なんか関係ねえ。好きな事をやりゃいいんだ、俺と同じでな」
「ふふふっ、たしかにそうね。あなたがあんなにも目立つ事をしているのに、私が遠慮なんてバカらしいわね」
「そういうこった。じゃあ、とっとと帰ってメシ食って……」
「なにするの?」
肩の力が抜けて自然体になったアーテルは、以前にも増して魅力的だと感じる。
そんな女と新天地で新生活。楽しくて仕方がない。
そして、これからもっと楽しい事をして生きていくつもりだ。
「決まってんだろ。とりあえず、一発やらせろ!」
悪党面の鬼勇者の物語は、これにて終了となります。
ここまでご覧になっていただきまして、誠にありがとうございました。お付き合いくださった皆様に謹んで御礼申し上げます。
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長くなってしまいますので、連載を終えた所感は活動報告にてアップします。こちらもよろしければ、ご覧になっていただければと思います。
それでは!




