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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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刑死者【Others Side】

 夜闇を赤く照らす炎が、轟々と音を立てて渦巻いていました。

 バルディア王国が王宮前の広場では、集まった聴衆に見せつけるように大きなやぐらが組まれ、そこに火が放たれていたのです。


 櫓の下部は前後に大きく上に向かって細くなる構造で、王宮を囲む外壁よりもずっと高くなっていました。まるで小山のようにも思えます。

 その広い裾野部分の至る所から上がる火の手は、もうもうとした白い煙を立てながら火の粉を天高く舞い上がらせ、荘厳な儀式めいた雰囲気を漂わせていました。


 しかしこれは宗教的な儀式ではありません。

 見せしめすると処刑、火炙りに処する刑であり、荘厳どころか野蛮な見世物でした。


 高い櫓の天辺には、一人の男が逆さに吊るされています。

 手足を縛られ、逆さまになった男の顔は遠くからでは良く見えませんでしたが、木の爆ぜる音と風の音に混じって、苦し気な断末魔のような叫びが遠くまで響き渡っていました。


「見るがいいっ! 恐れ多くも国王陛下に毒を含ませ、王太子殿下を害し、その上に幾多の貴族や近衛騎士まで手に掛けた恐ろしい化け物は、こうして討たれることになったのだっ!」


 豪奢なマントを身にまとった貴族らしき男が、朗々と詩でも読み上げるように言い放っています。魔法の道具で増幅された声は雑音に負けず、はっきりと聴衆の耳に届かせていました。


「勇者が魔神を討った英雄である事には相違ないが、勇者同士が争い合い、王国に仇を成し、功績に相応しい立場を顧みなかった数々の蛮行は、断固として許されるべきではないっ!」


 多分に感情を込めた舞台俳優のように、身振り手振りまで加えた調子です。

 処刑されゆく男を糾弾するその姿は王宮の最も高い位置のバルコニーにあり、外壁の外側からでもその姿や響く声は見聞きできました。


「かの者、刑死者の勇者は新国王陛下の御前にて全ての罪を告白し、こうして処断される事を受け入れたっ! 今宵こそは祖国バルディア王国が新たな始まりを告げ、恒久の繁栄を祈念する日となるのであるっ!」


 冷静に考えれば余りにも疑問の多い端的な説明に終始しましたが、夜の王宮と燃え盛る小山の如き櫓の舞台装置、そして語り部の堂々たる振舞いが不思議な説得力を持たせ、聴衆には疑問よりも高揚感を与えていました。


 見守っているのは主として貴族でしたが、これまでのどん底だった政治情勢を思い返し、全ての穢れまでまとめて炎に焼かれていくかのような錯覚を覚えています。これまでに出た犠牲を思えば、完全に無関係でいられる者など一人もいないのです。彼らにとっても区切りの儀式として、いつまでも炎の山となった櫓を見つめていました。



 国が大きく乱れた原因の全ては勇者の責任である。

 魔神や魔物の討伐において活躍を遂げても、国を乱れさせる存在は害悪にしかならない。

 あまつさえ、様々な混乱を引き起こしておきながら、ほぼすべての勇者は無責任にも突如として居なくなってしまった。

 唯一残ったのが、凶悪な面相をした王子殺害の容疑者である刑死者の勇者。


 不都合な事情の全てを被った悪党面の男の姿は、燃え盛る炎と煙に呑まれて見えなくなっていました。

 朗々と響き続ける語り部の声には何を思うのか、誰にも伺い知る事はできません。


 やがて燃え盛る小山のような櫓が徐々に崩れ、倒壊していきます。

 激しく逆巻く炎と煙の中に沈む吊るされた男の姿は、燃える櫓の影響で誰にも見ることは叶いませんでしたが、その光景は多くの見守る人々の記憶に留まることとなるでしょう。


 一晩中にも渡って燃え続けた櫓は灰の山と化し、その中には黒焦げになった遺体がひとつ残されました。



 その後――。


「おば様、あれで良かったのですよね?」

「もちろんです。あれこそが最善だったのだと信じて、私たちはこれからのまつりごとを行っていかなければなりません。あなたにもしばらくは働いてもらいますからね。今までのように、遊んでいる時間はありませんよ」

「政務にはあまり関わりたくなかったのですが……落ち着くまでは致し方ないですね。後見人のおば様は私よりも遥かに多忙を極めるのでしょうし」

「すでに頭が痛いわね」

「いつか新居に遊びにいらしてください。骨休めになるか分かりませんけど」

「あら、お邪魔してもいいの?」

「まさか。おば様を邪魔者扱いになんて」

「うふふっ、では遠慮なく遊びに行くわね。いつになるか分からないけれど」

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― 新着の感想 ―
まさか『刑死者/吊るされた男』の伏線がこんな形で回収されるとは!
[良い点] 新居とは、ムフフですなw
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