よいではないかっ!
グレイドル・ソールズワード。王子様を殺し、俺に罪を擦り付けたとんでもないクソ野郎だ。
しかもその理由が女ときた。アーテルといい仲だった俺に嫉妬し、そんな大それた犯罪に手を染めたアホの中のアホ。
汚くむさ苦しい賊どもに弄ばれるなどという悲惨な運命を辿ったのは、似合いの末路だと言ってやっていい。
一人のアホが犯した罪と、それをもみ消そうとした動きのせいで、どれだけの奴らが死んでいったことか。それを思えば、むしろまだまだ生ぬるい。
後から捜し出してやろうと思っていたバカ息子と、まさかこのような形で出会うとは思ってもみなかった。とりあえず二、三発ぶん殴ろうかとも思ったが生憎と衆目の前だ。事件を起こすのは都合が悪い。
当然ながら町の部隊に預けておくことはできず、エリザヴェータの王族特権によって、こいつだけは王都まで連行することになった。
込み入った事情があるだけに町の部隊にも、同行する皆にも軽々にその理由を説明することはできず、虚ろな目の男が黙っているのを良い事に、都合よく事を進めた。
御一行様の一同は王子殺しの真相を知らず、また新たに加えた男が何者であるかも分かっていない。だからどこか不穏なものを感じながらの旅になる。
護衛騎士などから遠慮がちに質問を受けるアーテルだったが、今でも公式には俺が王子殺しの犯人だ。御一行の奴らはすでに主人であるエリザヴェータ様の態度を見て俺が本当の犯人ではなく、何か誤解があったのだろうと納得している風ではある。
その上であっても、実はこいつが真犯人なのだといったところで、無用な混乱を招くだけだ。代わりに、国家の重大事に関わるかもしれない人物とだけ説明し、お茶を濁していた。
あのクソ野郎をどうしたものかと考えているのは俺もアーテルも同じだ。あいつのせいで、多くの奴らの人生が狂わされた。その中にはあの王も含まれるのかもしれない。
王都に戻ってからどう動くべきか、つまらない悩みが増えてしまった。
野郎の虚ろな目のまま最低限の行動しかできない様子を見てしまえば、単純にいかないのは良く分かる。俺の潔白を訴えるために頑張らせることが、そもそも可能なのかどうか。
単純に誰かを殴って解決できる状況に身を置きたいものだと、つくづく思う。
国境の要塞を出発してから、今日で五日目。
王都までは普通に馬車で進んで、九日程度の旅程になる。もう半分といった地点だ。
田舎なら分からなくても、王都が近くになるにつれ不穏な情勢があればそれは顕著になっていくだろう。
もし狂った王がまだ実権を握っているなら、エリザヴェータの御一行は厳しく取り調べを受けるに違いない。
今のところは予想以上に順調だが、これからどうなるかはまだ不明だ。
色々と考えた末に出した結論として、最悪の事態を避けるためにも俺が先行して動き出す。
休憩のために立ち寄った村で、出発前にアーテルへの面会を求めた。あいつは高貴な身分の女だから、基本的にそこらで人前に姿を晒さない。例外はあるが俺でも人前ではみだりに話し掛けたりできず、いちいちお付きの者どもへの許可が必要だ。非常に面倒極まりない。
「お久しぶりね、トオル」
「まったくだ。全然、一緒に旅してる感じがしねえ」
今も横に陣取っている中年侍女に嫌味を発しながら愚痴る。
「私も退屈で仕方がないわ。トオルと一緒にいられたら、もっと違った旅になったと思うのだけど」
「だよなあ、色気も何もあったもんじゃねえ。でもって、そんな味気ねえ旅ももう終わりだ」
「行くのね?」
「ああ、先に行く。お前らは予定通りにゆっくり進んだらいい」
「不思議なことにまだ情報が入らないのよね。いったい王都はどうなっているのかしら」
「どうだろうな。俺が言えるのは、最悪のパターンを想像しとけってことくらいだな」
世の中、そんなに甘くない。むしろ、いつだって想像の上を行く最悪を押し付けてくるものだ。
不明な事で悩むよりも、出たとこ勝負に挑む気持ちで余計な事は考えないほうがいいのかもしれない。
「……もしもの時は」
「迎えに行く。必ずな」
離れている間に何かあっても必ず取り戻す。その場合には、もうすべてを捨ててどこへなりと行こうではないか。
世界は広い。どこにだって行ける。行く当てだって、なくはない。
熱い視線を絡め合って非常にいい雰囲気になっているのだが、横に陣取る中年侍女が邪魔で仕方ない。
厳しい監視の元では別れの前に楽しいことなど一切できず、すごすごと退散して寂しく出発だ。あらかじめの予定通りであるから、護衛騎士にも軽く挨拶だけしてさっさと移動を始めた。
御一行様の安全については、少なくとも王都に着くまでは心配ないと思うことにした。
通常のトラブル程度は護衛騎士がなんとでもするだろうし、もし王の命令でエリザヴェータを捕らえるような動きがあっても、暗殺されるようなことまではないはずだ。最悪でも王都に護送されるくらいと考えれば、あとで奪い返せばいいのだからそれほどの心配はない。
もう途中経過など気にせず、王都に乗り込んで直接どうなっているのか確かめる。これが最も手っ取り早い。
最速での到着を目指し、街道を無視して道なき道を最短距離で突っ切った。
そうして到着した久しぶりの王都は、どこか妙な雰囲気だ。
暗いと言うよりは、これからどうなるのか戸惑っているような、そんな空気や噂が広がっている印象と言えばいいか。
夕方に到着し、しばらく街の雰囲気を見ていたのだが、具体的な政治情勢までは分からない。
「よっしゃ、ここまできたら突撃あるのみだ」
間接的に情報を得るような回りくどいことをせず、いきなり王宮に乗り込む。
あくまでもこっそりとだが、王宮への侵入は慣れたものだ。バレたらバレたで、押し通ればいい。散々やらかしているのだから、今さら遠慮などする必要がない。
こっそりと行くのは、無用な混乱を避けるための配慮とでも言おうか。バレずに入って様子を見て、バレずに退散できれば面倒がなく一番いい。
王宮近くまで行くと、意外と警戒が薄い。
罠かと思っても、誰に対しての罠か疑問が湧く。あれこれと考えても答えが見えることはなく、侵入がより楽になるのだからラッキーとだけ思っておくことにした。
忍び込んで天井裏のルートから余裕綽々で目的地に近づいて行くと、最後の難関に至る。王族が住む特別なエリアの前だ。
ところがここでもまたいつもと違う状況があった。
門番のはずの近衛騎士がいない。それどころか誰もいないのだ。
不審に思うが探知能力で視ても、近くにそれらしき人はいない。誰もいないわけではなく、王族のエリアには何人もの人々がいるのだから、無人というわけでもない。近衛騎士の姿がないらしい。
王宮の庭では通常の騎士は見掛けたことから、近衛騎士の配置転換か何かが進行中なのだろうか。奴らは奴らで大きなスキャンダルを抱える組織だ。そう言うことがあっても何ら不思議はない。
微かな良い予感を覚えながら王族のエリアに入り込むと、そのまま王の私室を目指す。
ところが位置的に無人のように思えた。
そこでより慎重にこっそりと部屋に忍び込んだのは、王の執務室ではなくその隣の部屋だ。そこでは不用心にも一人で居眠りする人物がいた。
疲れているらしく、休憩中だったかのソファーに座ったまま眠ってしまったのだろう。
薄暗い部屋で気配を絶ったままじっくりと観察していると、その無防備な姿に興奮してしまった。
据え膳食わぬは男の恥。
躊躇う理由はなく、襲い掛かる。
「えっ、ちょっと、だ、誰!? や、いやっ」
「よいではないかっ! よいではないかっ!」
分かっているとも。
こいつめ、この俺を待っていたに違いない!




