ささやかなご褒美
悶々とした日々を馬車の中で過ごしていると、守備範囲外の女にまで手を伸ばしそうになるから恐ろしい。
後々の解放で得られるカタルシスを思って禁欲に徹し続け、ようやく国境の要塞まで帰り着いた。
まだ日の高い時間だったが、今日はここで一泊する。急ぎの旅で疲れた馬を休めるためでもあるし、隣国の情勢を気にする騎士団への情報提供のためでもある。
早速、御一行様の帰還を喜びつつも詳細な情報を求める要塞首脳の要望に応える。
前回と同じ指令室には、俺と現地で助けた文官も参上した。
「こちら側に被害がなかったことは不幸中の幸いでした。して、バフォメル軍の動向はどうなっていますか?」
最も気になるのはそこだろう。今にも攻め込んでくるかもしれないと、この要塞の連中は警戒しているのだ。
その求めに応じて悪魔の勇者が死亡した顛末から、バフォメル王国軍が引き上げて行ったことまで順に説明する。
師団長とやらが自国の立て直しのためにも他国を攻めている場合ではないと言っていたことから、少なくとも一国を跨いだバルディア王国にまで攻め入ってくる可能性はほぼないと考えていい。
ホスクルム王国側の被害については、文官のおっさんが王都の被害や兵の損耗を推測混じりで述べ、王や王太子など重要人物の死亡も分かる範囲で伝えていた。
質疑応答が終わると、今度はこっちの番だ。
この国の王都の状況がどうなっているのか聞いてみたところ、かん口令でも敷かれているのか、特に変わった報告は入っていないとのことだった。
期待外れだったが、ここは国境の要塞だ。有事になるかもしれないタイミングということもあったし、外敵に備える拠点なのだから、王都のゴタゴタが届かないような配慮と考えることもできる。
俺のほうも不確かな情報を伝えるのは良くないと考え、何も話さないでおくことにした。
期待外れの情報交換を終えると、あてがわれた部屋に戻ってまた考える。
ホスクルム王国の状況や、エリザヴェータ様御一行がこれから戻ることは、すでにこの要塞から伝令が出ているはずだ。
一泊だけしたら王都に戻るわけだが、前と変わらずあのイカれた王が実権を握っているなら、わざわざアーテルを連れて帰るのはどうかと思う。
こっちには俺がいるのだから下手なことはしないと普通なら思うが、相手はイカれた頭の持ち主かもしれない。その場合、どうなるか予測できない。
ここはやはり俺だけが先行偵察に出るべきか。
いや、離れている間にまたおかしな事が起きないとも言い切れない。悩ましいところだ。
頭を働かせて疲れてくると、細かいことを考えるのが嫌になる。
どちらのパターンを選んでも懸念が生じるなら、一緒に行動するのがいいと思えてきた。
そんな折、副団長のグリューゲルがわざわざ部屋まで訪ねてきた。騎士の鎧姿ではなく平服だ。
「どうした、晩メシの時間か?」
時刻は夕刻だが、晩メシには少し早い気がする。
「厳戒態勢が解かれてな。手の空いた部下を集めて息抜きしようと思うのだが、大門殿も一緒にどうだ」
「息抜きか、いいな。どこでだ?」
辺境の要塞で息抜きできるような場所がどこにあるのかと一瞬思ったが、グリューゲルのいやらしい笑みにピンとくる。
「街道を外れて少し行ったところに、この要塞に詰める騎士を目当てに集まった商人たちがいてな。小さな集落を作っているのだが、男相手の商売だ。それなりのモノが揃っている」
「需要あるところに供給アリってか。いいじゃねえか、行こうぜ」
ありがたい誘いだ。
アーテルと一つ屋根の下とはいえ、軍事要塞の中で夜這いを掛けるわけにいかず、馬車での移動中でもお楽しみタイムなどはまるでない。
ここで逃せば次のチャンスはいつになってしまうことやらだ。
合理的に言ってこのチャンス、逃すべきではない!
「さすがは大門殿、話が早い」
ウキウキと部屋を出て外に向かうと、途中でグリューゲルと同じく平服に着替えた男どもと合流し、馬を駆って十分程度も進んだ所にある隠れ里のような場所に入った。キャンプのような簡易な場所ではなく、意外にもしっかりとした村のようになっている。
そこに入るともう、いきなりの大歓迎だ。
馬の世話係らしき奴らが乗ってきた馬を預かると、小さな集落の商人どもが大声で挨拶しながら呼び掛ける。
どこの酒を仕入れただの、珍味があるだの、土産物におもちゃやアクセサリーはどうかだの、歩く端から声を掛けられる始末だ。
騎士たちは慣れたもので、気前のいい返事をしながらもスルーして奥に進む。
到着したのは比較的大きな酒場のような店だったが、女がたくさんいるのが特徴だ。
店の内装としては普通の町の酒場といった感じだが、姉ちゃんたちの格好が完全にあっち系だ。これはどういったシステムなのだろうか。
「大門殿、まずはメシと酒だ。その後は上の部屋で朝まで休んで行かれるといい。なに、お代の事なら気にする必要はないぞ」
「そうか? 悪いな」
「お前たちも楽しめ、今日は俺のおごりだ」
「さっすが副団長、気前がいいや!」
「よし、今日はパーッといくぞ!」
カネは持ってきているが、奢ってくれると言うなら素直に受けよう。騎士たちとしては、戦争を回避した事から気兼ねなく遊べる状況になっているのだろう。緊張状態からの解放といった意味でも、遊びたい気分なのは一緒にいて伝わる。
男たちが始まる前から盛り上がり、ケチる気のなさそうな男一同に女たちも上機嫌な笑顔を浮かべる。
それぞれ女が男の腕を取って席に案内すると、マンツーマンで話をしながら飲食の注文を始めた。男同士で話をする感じではないらしい。完全に男女のマンツーマンだ。
「こちらへどうぞ、大門さん?」
「あたしたちがお酌しますねー」
ほう、俺には二人か。特別に美人だったりスタイルが良かったりするわけではないが、今の俺の目には大抵の女は刺激的に映る。
長旅で飢えている身としては、グリューゲルの心遣いに感謝だ。ここに誘ってくれたことにも、二人の女を付けてくれたことにもだ!
両手に花を侍らせて喉の渇きを潤していると、そそくさと二階に上がっていく男と女がいるではないか。随分と展開が早いと思うが、それもありか!
俺としては三大欲求のうち二つはこれまで不足はなかった。問題は残りの一つで、今日はそこに懸けている状況だ。のんきにメシや酒に時間を使っている場合ではない。
テーブルに運ばれたつまみを行儀悪く秒でかっ込むと、酒で流し込んで空きっ腹を埋めてしまう。
驚きながらも笑ってくれる女二人には、ポケットから取り出した小金貨をそれぞれ握らせた。
「え、こんなに? 副団長さんからも、気前いいくらいに貰ってるよ?」
「すごい、ひょっとしてお金持ち?」
「なに、朝まで世話になるからな、とっとけ。そんでよ、メシはもういいから俺らも部屋に行こうぜ」
客の要望に応えようとするプロ二人は、臨時収入分は働いてみせようと意欲を燃やしたらしい。
色っぽい空気に当てられながら移動し、朝まで本能のままに猛るリビドーを解き放った。
これぞ人生、男の道よ。




