不自由な旅
アーテルの無事を確認し、危機が迫っているなら助ける。この目的は無事に果たされた。
運命の輪の勇者の伝言を甘く考えていたら、どうなっていたか分からないギリギリのタイミングだった。急いだ甲斐があったというよりは、いつか礼をしたいと思う貴重な助言だった。
しかし、気になるのはあの光の柱だ。
考えたとおりに魔神が全て倒され、光の柱によって勇者が送還されていた場合には、残っている勇者はほぼいないだろう。別れを告げる時間もありはしない。
事実かどうかはバルディア王国に戻ればはっきりすると思うが、間違いない確信はある。現に悪魔の勇者は消え去った。
俺はとっさに対応できたが、残る気があったとしても急な事態に対処できなかった場合や、逆に戻りたかったのに光の柱を出てしまった場合も考えられる。取り返しのつかないチャンスだったとするなら、これは非常に大きな禍根を残すことになるだろう。
ただ、そこまで間抜けな勇者はいないとも思う。俺以外の勇者は召喚された時の記憶があるのだろうし、普通に帰りたいと願っていたのが大多数だろう。
魔神を全て倒せば戻れるといった話は一応はあったのだから、あらかじめの想定くらいはしていたはずだ。
どのタイミングで、どういう方法で戻れるのか。色々なパターンを考えるなかで、召喚時と似たシチュエーションくらいは思い描けていたと考えるのが自然だ。
まあ、あそこまで唐突に起こるとは考えていなかったかもしれないが、千載一遇のチャンスを逃すほど愚かな奴はさすがにいないだろう。
二度と戻れない。こう考えると非常に重い事実ではある。
個人的には戻れるといった話自体が嘘だと思っていたことはあるし、戻りたいと思う気持ちもなかった。
未練はなく、その点では覚悟を決めていたから思うところはない。それでも会えなくなってしまった奴らがいることには、多少の感慨を覚えずにはいられない。それは同居人だった少女たちのことだ。
「まさか、湿原での別れが最後になるとはな……」
出会いと同様に別れも唐突なものだ。決して届きはしないが、せめて達者で暮らせと祈っておこう。
俺自身のこれからの身の振り方や、バルディア王国の状況がどうなるかにも頭を巡らせていると、ようやく出立の準備ができたらしい。
「エリザヴェータ様、出国の許可を取り付けました。朝まで待つことも考えましたが、状況がどのように動くか不透明ですので一刻も早く本国に向かいたいと思います。よろしいですね?」
「……ええ」
アーテルはまだ体調が優れないらしい。ベッドに寝ころんだまま、か細い声で返事をした。
一応は王族のエリザヴェータが名目上は一行のリーダーなのだろう。実務を取り仕切っているらしき男が確認すると、集まっていた連中は荷物を持って移動を始めた。
担架のような物に乗せられて運ばれるアーテルを確認すると俺も移動する。たしか、馬を飛ばしても国境までは五日は掛かると聞いていた。帰りは馬車でのんびりさせてもらうとしよう。
戻った本国も大変なことになっていると思うのだが、それは今は言わないでおいた。
ホスクルム王国王都からの脱出は問題なく進んだ。
荒廃した人のいない王都の街並みを抜け、外に展開していたバフォメル王国軍も撤退を進めていた状況だった。
警戒だけはしておいたが、師団長の命令は行き届いてたらしく、手出しも誰何もされずに街道を通過することができた。
そのまま夜通し進み続けることはなく、三時間間程度は進んだところにあった村で休むことなった。
無人の村の防御柵は頼りない感じではあるが、無防備な野原よりは上等だろう。
エリザヴェータ様御一行には、随伴する護衛騎士が十二人いる。国外に出る任務だからか、他に何か理由があるのか近衛騎士ではなく通常の騎士団員だ。顔見知りではなかったが、こいつらを警戒する必要性は薄い。
護衛や見張りの手伝いなどを申し出たりはせず、夜間は勝手に個人で警戒しておく。
バフォメル王国軍の追撃はないだろうが、荒廃した国では盗賊が跋扈していそうなこともあるし、魔物への警戒は必要不可欠だ。騎士を信用しないのとは違い、ここまできて油断しないためだ。俺は皆が起きている昼間に寝ればいい。
夜が明けてから遅めの朝を迎えると、メシなどを済ませて出発する。
非常に残念な事に、アーテルと同じ馬車に乗ることはできていない。あれは王族の女だ。表向きには淑女で通っているし、俺との関係性も大っぴらにはされていない。
話したいことは色々とあったが、アーテルの体調が悪いこともあって、会うことはできない状態だった。
若い文官らしき男たちと同じ馬車で過ごす事、二日目の夕方。
微妙に居心地の悪そうな奴らを気にせず、昼寝から目覚めてぼうっとしていると、一行の休憩中にお呼びが掛かった。
「エリザヴェータ様が救出いただいた御礼を申し上げたいと仰っておいでです」
「体調はもういいのか?」
「顔色はだいぶ良くなっておられるようですが、まだ本調子とまでは」
「そうか、元気になりつつあるならいい」
ストレスの溜まる旅だ。
深い仲の女と一緒かと思いきや、体調不良で会うことすらままならない。それは仕方ないとしても、外交使節団とやらのメンツがまたお堅い連中で参っている。バルディア王国は緩い奴らが多いと思っていたのだが、この旅ではその逆のタイプが集まっているらしい。
アーテルと二人っきりのお楽しみタイムなど絶対に無理な状況とはいえ、短時間でも会って話ができれば俺の精神衛生上、とても良いに違いない。
いや待てよ。あわよくばちょっとしたハッスルタイムがあるのでは?
あの女もそっち方面では相当なものだ。きっと俺と同じ考えでいるはずだと期待できる。
先導する侍女に導かれて一際立派な貴人用の馬車に向かう。
天国への扉が開かれ、興奮しながら乗り込むと、そこには俺の女神が鎮座していた。
密室でかおる久しぶりの良い匂いと虜にする微笑みに、早くも暴れん坊侍が堂々と名乗りを上げようとして……しかしそれは叶わない。
なにせ、見張りでもするかのように中年の侍女が同席していたのだ。
ちっ、邪魔な奴め。




