ついでに救われたお付きの者たち
考えることは諸々あるが、まずは移動だ。
生まれたままの姿の女をそのままにしておくのは良くない。特にアーテルは老若男女を問わずに目の毒になりすぎる。
起き上がれずにいる裸の女に拾った服を被せると、抱き上げて歩き出す。体力も気力もないのか、されるがままだ。
この部屋にはほかにも倒れている連中と悪魔の勇者を攻撃していた兵がいるが全部無視だ。どうでもいい。
話し掛けるなオーラを出していたせいか無言のまま部屋を出られた。
攻めた国の側のトップは悪魔の勇者で間違いないだろう。そして攻め込まれた側も王と思われる人物は死んでいる。特に攻め込んだ大量の兵はまだ外にうじゃうじゃいる状況だ。
これからどうなるのやら。後始末は非常に大変そうだ。
「アーテル、荷物取り行くぞ。部屋はどこだ?」
「……あっち」
大人しく腕の中に収まったアーテルは酷く体調が悪そうだ。悪魔の勇者が使った特殊能力のせいか、それとも強制解除したせいかなのか、目を開くのも口を開くのも億劫といった感じだ。
辛うじて聞き取れる声と指を差す方向に進み、客間らしき部屋に入る。
「あ、あなたは刑死者の勇者様……どうしてここに」
「エリザヴェータ様!?」
「ど、どうされたのでしょう」
部屋の中には侍女らしき女が三人いた。
考えていなかったが、お付きの者たちくらいはいて当然か。侍女のほかにも護衛や外交官などもどこかにいるのだろう。
「説明はあとだ。こいつに服を着せてやってくれ。荷物をまとめたら、さっさとずらかるぞ」
「あ、悪魔の勇者はどうなったのですか?」
「死んだ。部下の兵士に裏切られてな。ついでにこの国の王様らしきおっさんは悪魔の勇者が殺しやがった。残っててもややこしいだけだぞ。俺はちょっくら話付けてくるから、出発の準備を急げ」
アーテルと二人だけなら脱出はどうにでもできると思うが、お付きの者どもを見捨てるわけにもいかない。こうなると、師団長とやらと話を付けないと王都の包囲を無事に突破することは無理と思える。
話をするため謁見の間に戻ると、ちょうど部屋を出てきた師団長に話し掛ける。
「おう、お前らこれからどうすんだ?」
「我らは早々に本国に引き返すつもりです。ホスクルム王国には詫びる言葉もありませんが、今は撤退するのが両国にとって最良でしょう。我らにとっては本国の立て直しが急務でもあります。あなたはどうされますか?」
勇者という迷惑極まりない存在に思うところがありありと見て取れたが、そこは無視しておく。
「そうか。こっちも用は済んだ。女たちを連れてバルディア王国に帰るつもりだ。少ししたら馬車を出すから攻撃すんなよ?」
「一切の攻撃をするなと命じましょう。おい貴様、急ぎ先ほどの件も含めて全軍に通達を回せ」
「はっ」
師団長は部下に命令を伝えると、再びこっちに向き直る。
「ところで悪魔の勇者はどうなったのですか? 止めを刺した手応えはありましたが、消えてしまいました。あれは?」
「さあな。死んで元の世界に還ったんだろ」
適当にはぐらかす。おそらくは全ての魔神が倒れ、自動的に勇者『召喚』ならぬ勇者『召還』の魔法が発動したのだろうが、確実なことは言えない。
急ぎ足で出て行く兵士どもを見送ると、謁見の間を覗き見る。まだ動き回れる人はいないらしく、意識のある者同士で横たわったり座り込んだりしたまま状況の確認などしているようだ。放っておこう。
客間に戻ると部屋の外にも中にも結構な人数がいた。
ざっと三十人にも及ぶ一行が、エリザヴェータ様御一行らしい。謁見の間にいたアーテル以外は割り当てられた客間に残っていたらしく、妙な能力を使われていなかったお陰で体調不良の奴は特にいないらしい。
一様に王子殺しのお尋ね者である俺がいることに驚いていたが、そこはもう堂々と行く。
「助けにきてやったぞ。俺がいるからには、誰にも手出しはさせねえ。安心しろ」
「それは誠にありがたいのですが、その……手配書の件はどうなっているのですか?」
立場が上の人物なのだろう。確認せずにはいられない事項ということもあってか、訊かれてしまったので答える。
「お前な、あんなでっち上げをいつまで信じてんだよ? あれが本当なら、俺がわざわざ助けにくる説明がつかねえだろうが。それともなんだ、俺に助けられるくらいなら、悪魔の勇者にぶっ殺されたほうがマシだってか?」
「い、いえ! まさかそんなことは」
堂々と言ってやれば、窮地を救ってやったこともある手前、「あ、そうなんだ」と思うものだ。怪しいとは思っても、助けられておいて偉そうな事は言い出せまい。
出立の準備をする間に一行の中でも身分の高いまとめ役と思われる奴らには、悪魔の勇者が死んだことや、王様らしき人物が殺されたことも話していく。
「バフォメル王国は大人しく引き上げると言っているのですね?」
「そう言ってたぜ。すでに引き上げ始めてんじゃねえか?」
「ではホスクルム王国側にも話を通して参ります。こちらも外交使節団として伺った以上は、黙っていなくなるわけにも参りませんので」
「分かった、急げよ」
この期に及んで帰国を許さないと言い出す連中は出てこないと思うが、世のなかには色々な奴がいる。特にアーテルを嫁に貰おうとしていた奴からすれば、帰したくないと思っても不思議はない。
結婚相手が王様なら死んでいるから無効になるかもしれないが、誰が相手か知らないのだ。どこの誰が何を言い出すか分かったものではない。
アーテルが残りたいと望むなら仕方がないが、体調は悪くても残る意思を見せていないことからそれはなさそうだ。
これ以上の面倒事は御免だと思いながら、待ち時間にはそのほかの重要な事態についても考えを巡らせた。




