再びの予期せぬ歓迎
悪魔の勇者といえば、聞いたところによると仲間の女勇者に乱暴を働こうとした前科があるらしい。それを切っ掛けにしてバルディア王国を逃げ出した変態野郎だとグリューゲルたちに聞かされた。それ以前からも典型的な態度の悪いクソガキで、騎士団も随分と手を焼いたらしい。
そんなチンピラ未満のクソガキが、あれほどの大軍を率いる身分になっている状況は意外に思う。
いくら伝説の勇者の肩書があってそれなりに戦えたとしても、クソガキはクソガキだ。実際にバルディア王国にいた頃には爪はじきにされてたようだし、それが他国に渡ってから急な大出世とは恐れ入る。
クソガキにして変態野郎が短期間で立派な真人間に変わったとは思えないのだが、いったいどうなっているのやら。
「まあ、どうでもいいな」
気にすることはない。俺の目的はただ一つ。アーテルを助けることだ。
少なくともこの国において、それ以外は二の次、三の次、別にどうでもいいことと言ってしまっていい。
余計な考えを頭から追い出し、日の沈んだ直後の平地を駆ける。
逐電亡匿の隠密力を発揮し、気配を絶った状態で軍に詰め寄った。
王都を包囲した軍は完全な勝ち戦の状態で、兵の士気は高く明るい雰囲気かと思いきや、鬼気迫るような真剣な雰囲気だった。
勝利はもう手中にしているも同然のはずが、まるで背水の陣で強敵を待ち構えているかのような印象を受ける。
しかもそれは敵の援軍を警戒しているのとは違って、取り囲んで今にも制圧しそうな王都に対して緊張を感じているようだ。どうにも様子がおかしい。
ただ、そのお陰で包囲の外側には警戒が薄いことから、こっちとしては容易に接近することができた。
謎はあるが考えたところでどうせ答えは見えないのだ。さっさと王宮に向かうべく、やることをやる。
気配を絶ったまま無言で大軍の真っただ中に滑り込むと、拳闘無比のスイッチをオンにしたスローモーションの世界で駆け抜ける。
見事なほどにきちんと整列した奴らの間を抜けるのは、あまりにも簡単だった。背後から気配を絶った状態で目にも止まらない速度で走れば、それは誰も反応できないだろう。
もっと雑然としている状況なら手間だったのだが、これなら一気に突破できる。
走って走って、一分も掛からずに包囲を抜けると、破られた城壁から街に入り込んだ。
通り抜けてきた場所では多少の混乱が起こっているようだが、夢か幻でも見たような感覚だろうか。今のところは追ってくる様子はないらしい。
「あとは王宮までだ。無事でいろよ……」
街には人の気配があまりない。住民はすでに大半が脱出し、残っていたのも殺されたか連行されたかしたのだろう。
散発的に聞こえる戦闘音以外では、人々の逃げ惑う気配や悲鳴のようなものも聞こえはしない。
日の暮れた市街地は隠密能力を最も高く発揮できる好条件だ。王宮まで距離はあるが、問題なく近くまでは行けるだろう。
逐電亡匿の特殊能力を如何なく発揮し、無残な傷跡を刻まれた街を進む。
思ったよりも街に対しての無駄な破壊は少ないが、守備側の兵と思われる奴らの死体はそこら中に転がっている。
まだ息があっても俺では助けられないことから、無視して先を急ぐ。見知らぬ奴らでも目の前で死のうとしているのを見るのは、さすがに気が滅入る。
悪魔の勇者がなにを考えているのか知らないが、なぜ戦争など吹っかけたのだろうな。
気は滅入っても進む速度は遅くならない。待っている女がいると信じて先を急ぐ。
そうして戦闘行為を一切行わずに王宮近くまでやってきた。
当然ながら、王宮の警備は厳しかった。
正面広場から横手や裏手にまで、多くの兵が配置されている。
忍び込むことは可能だと思うが、勝手の分からない他国の王宮なのだ。妙なところから入り込んで迷いでもしたら、壁を破壊して突破することにもなりかねない。
無意味な時間の浪費を避けたいこともあるし、どうしたものか。
最も早いのはやはり正面突破になるが……。
「それでいいか」
これが最後の山場だ。やり過ごせないなら、堂々と行けばいい。
開き直って隠密能力を解除すると、身を隠していた通路から歩み出た。ここぞの場面ではこれに限る。
「よお! お仕事ご苦労さん」
調子に乗って厳戒態勢といった雰囲気の兵士諸君に話し掛けてしまった。
明るい挨拶にもかかわらず、兵士諸君は沈黙をもって応える。陰気な奴らだ。
構わずに歩み寄っていくと、剣や槍を突き出して威嚇してきた。普通の反応で特に驚くことはない。
「何者だっ!」
「どうやってここまで……」
ここは攻め滅ぼされつつある一国の王都。兵士ではない格好に大荷物を背負った男は、普通に考えれば街の住民と思うかもしれない。だがこの状況下で悠然と現れる不審者には、驚きもするだろう。
「おう、悪魔の勇者はどこだ。噂のクソガキは中にいんのか?」
「へ、陛下に向かって、な、なんという口を……」
訓練された兵士諸君は雑談でざわめきなどはしなかったが、一部の連中が俺のほうを指差して何かを言っている。早く捕えようとでも言っているのかと思ったが、どうにも違うようだ。
「勇者? あの男が勇者だと!?」
「見覚えがあります。それにこの状況下であの態度、恐れ多くも陛下に対する言葉を考えましても、勇者としか思えません」
「自分も手配書で見ましたが、刑死者の勇者様によく似ています」
「貴様もか。そうすると……」
一斉に俺に目が向く。野郎どもに熱心に見つめられるのは気色悪いな。
妙な事に見つめる視線はポジティブなものだ。それどころか、一縷の希望を見出したと言わんばかりの期待の眼差しとでも言おうか。
すると隊長格やそのお付きの者と思われる数人が近づいてきた。
「ゆ、勇者様、あなたは勇者様で相違ないですか!?」
「どうかお助けを、我らをお助けください!」
聞き間違いではないな。
どうしてか俺に助けを求めているようだが……なんだこれは。




