湧いて出る下手人
これまでの動きを見る限り、力の勇者もそこそこはやるようだ。
ただし、これまで仲間と協力して魔物と戦ってきた影響か、攻撃が単調で工夫が少ない。共同戦線を張るとすればこいつが優れた防御力と突進力で前に出て、ほかの勇者がサポートに回るなら強そうではあるが。
「このっ、これなら! 大蛇の毒牙っ!」
新しい特殊能力を発動したらしいが、使い慣れていないのか動きにぎこちなさを感じる。
両手が不気味な色に輝く様子や名称からして、毒の攻撃なのだろう。最近は妙に毒が流行っているらしい。もちろん俺には通用しないが。毒は毎度の事として、タックル主体の少女が振り回す手になど、当りはしない。
防御のほかに褒められるのは、こいつのスタミナだ。ここまでの攻防で数分は経過しているが、息が切れる様子はないし、動きのキレも鈍らない。勇者の基礎能力に頼るだけではなく、トレーニングによって磨いている証拠だ。話を聞かない奴だが、真面目なタイプではあるのだろう。
「おいっ、ちっと痛くするが殺しはしねえ。悪く思うなよ」
「なにをっ!」
警告だけしてやる。ガキでも女を殴るのは本当に嫌なのだが、この場を去って王様と対面するためには仕方がない。
防御に絶対の自信がある少女は我武者羅に攻撃を続けて、完璧な回避を続ける俺をどうにか捕まえようとしている。そこに初めて様子見とは違う、ダメージを与える攻撃を叩き込む。
これまでに殴った感覚でどれだけの力を加えれば、あのオーラのような力を抜けるかは分かっている。あとは上級打撃耐性の性能を確かめるだけだ。
警告に腹を立てた少女の突進に対するは逃げではない。拳闘無比のスイッチをオンにして、俺から詰め寄った。
急な速度の変化は以前にも見せていることから、まだ切り札を切っていないことを予測できなかったわけではないだろう。
ただ、前の時は逃げる時に使っているから、こうして攻められた時の相対速度にはまったく対応できていない。
スローモーションの世界で無防備となった少女のどてっ腹に、絶妙な力加減で右の拳を叩き込んだ。
これまでは貫けなかったオーラのような膜を突破し、体に直で打撃を入れられた。完璧な加減で貫いた勢いのまま、上級打撃耐性とやらの感触を確かめる。
なるほど、不自然に威力を減衰されたような感じがある。これが肉体に宿った打撃耐性か。
一発で感覚を掴むと、即座に左拳を放つ。
瞬時に復活したオーラのような防御をより強い打撃で再び突破すると、その後に打撃耐性を抜く威力を保ったまま肝臓の辺りを殴打した。
殺しはしない。ダメージを与えるだけだが、これは強烈な一発だ。殴られ慣れていても、立っていることは難しい。
「……お……あっ……」
目にも止まらぬ攻撃。なにが起こったのか分からないといった顔を苦し気に歪め、力の勇者が崩れ落ちた。
結果的には楽勝だが、あの防御のオーラと打撃耐性は凄まじい。この俺でも全力に近い威力を出さなければ、両方を抜くことはできなかったと思う。少女の攻撃はへぼかったが、防御とスタミナだけなら大した奴だ。
少女が倒れたことから、改めて近衛騎士どもに顔を向ける。
勇者同士の高度な対決から、自分たちとの力の差を少しは理解したのだろうか。雁首揃えて硬直したようになっている。
そこでさっき気になったことを確かめる。
ソールズワードの名前を出した時に、焦った感情を覗かせた奴らだ。どう考えても怪しい。
力の勇者と戦う前に声を掛けようとした若い騎士に、ズバリ切り込む。
「おい、お前。ソールズワードと関係してやがるな?」
反応は劇的だった。顔色を変えた近衛騎士は、いきなり逃げ出そうとした。
「逃がすか!」
拳闘無比のスイッチをオンにして詰め寄ると、背後を向いて逃げ掛けた騎士を一歩踏み出したところであっさりと捕まえた。
腕を掴んだまま鎧の上から肩を殴って大ダメージを負わせると、倒れた男を見下ろしながら周囲の奴らに向かって言い聞かせる。
「全員、動くな。お前ら、互いを見張っとけよ? ここから逃げ出そうとする奴は、後ろ暗いところのある奴だ。逃げる奴には容赦しねえから覚えとけ」
俺が何を言っているのか分からなくても、ここにいる全員が少なくとも逃げられないことは悟っただろう。
そして肩を潰された激痛に喘いでいる野郎に、ブラフ交じりの質問を投げ掛ける。
「答えろ。王子殺しか、勇者殺しに関与してやがったな?」
これはとんでもない告発か、あるいは世迷言に聞こえただろう。
勇者殺しはともかく、王子殺しはこの国の騎士として見過ごせない大罪のはずだ。関与していない奴らからすれば、それは許されざる罪であるはず。この俺が下手人と思い込んでいた奴らにとって、まさか身内が大それた犯罪に加担していたとは予想もできない不祥事だろう。
王子殺しはグレイドル・ソールワードの仕業と分かっていて、おそらく近衛騎士は無関係だろうが、ここはあえて二つに言及して誤解させる方向で行ってみる。
「さっさと言え」
「ち……違っ、ああああああっ、や、やめっ」
否定の言葉など不要だ。怪我を負わせた肩を踏みつけると、悲鳴を上げて許しを懇願し始めた。
覚悟の決まっていたソールズワードの手下とは違い、所詮はぬるい訓練しか受けていないボンボンだ。少し締め上げれば、すぐに音を上げる。
「口を割らねえならそれまでだ。お前をぶっ殺した後で、別の奴に訊くとする。じゃあな」
「わ、分かった! 命令だ、命令で仕方なかったんだ。でも、殿下の事には関わっていない。それだけは、それだけは本当だ!」
「そうか、だったら勇者殺しのほうだな。で、誰の命令だ」
肩を踏みつけた足に体重を掛けると、痛みと恐怖に引き攣った顔の近衛騎士は、別の近衛騎士に顔を向けた。なるほど、あいつが命令を下した上役なのだろう。
「お前がソールズワードの仲間か。王子殺しに加えて勇者殺しとはな、やってくれるじゃねえか」
「ち、違うっ、違うぞ! 私は」
「うるせえ。俺はな、女の嘘は許せるが、男の嘘は許さねえ主義なんだ」
ソールズワードと手を組んで勇者を殺したのがこいつらなのは、反応を見る限り間違いなさそうだ。
まさか近衛騎士が関与していたとは想定外にもほどがある。そこまで勇者が邪魔だったということになるのだろうが、ソールズワードやら、勇者排斥派やらとの関係性が良く分からないな。
「こまけえことはもういいか。ソールズワードの関係者は皆殺しだ」
本音では大して交流もなかった勇者が殺されていても、個人的な恨みはない。ただ、放置していればソールズワード亡きあとでも、いずれは俺自身やキョウカたちにも暗殺の手が伸ばされるかもしれない。一度やっているのだから、こいつらは命令さえあれば何度でもやるだろう。
それに恨みまではなくても、単純に体を張って魔神や魔物から王国を守り続けてきた勇者に対するあまりにも酷い仕打ちに、腹が立つ気持ちはある。
「ま、待ってよ……ヒカルたちを、殺したのは……こ、この人たち?」
力の勇者は回復してきたらしく、身を起こそうとしている。まだ重いダメージを抱えていそうだが、さすがは勇者らしい回復力だ。
「聞いてたんだろ? 俺が始末を付けてやるから、お前はそこで見とけ」
友達を殺された少女の恨みは、俺ではなく近衛騎士に向かったようだ。これが少女ではなく大人であったなら、あとは任せても良かったのだが、ここは俺が泥をかぶる。
「だめっ、ヒカル……か、仇は……」
自分で討つと言いたいのだろう。しかし、ここは汚れ切った大人の出番だ。
少女の言葉を無視し、命令を下したという近衛騎士を一瞬で殴り殺した。細かいことは本当にどうでもいい。
「これで終わりと思うなよ? この場にいねえ奴らでも、勇者殺しに加担しやがったのはまだいるだろ。そいつらはお前ら近衛騎士で始末を付けろ。それができねえなら、俺とそこの勇者がお前らの首を獲りに行く。全員が殺しに関わってやがったと判断し、一人残らずまとめてな」
痛烈な脅しを言い捨てると、王の元に行く。
俺の歩みを止められる近衛騎士はもう誰もいなかった。




