上から目線の余裕
力の勇者の力量は以前の立ち合いで、大体のところは把握できている。
拳闘無比の特殊能力を使わなければ俺と互角に近い動きの良さと、異常に硬い防御は特に優れていた記憶がある。
おそらく突進力と硬い防御による正面からのど突き合いが、こいつの真骨頂なのだろう。怒りに任せて襲い掛かってきたあの場面でそうだったのだから、妙な出し惜しみはしていなかったと考えられる。
小細工を弄しない奴ならこっちとしても与しやすい。
「どうせだから、ひとつ聞かせてよ」
視線だけで射殺すような目を向けてきながら、低いトーンで少女が質問した。
「ひとつと言わず、答えられることなら教えてやるぞ」
哀れな少女だ。俺が知っていることなら、なんであれ教えてやってもいい。
ただ、何を言ったところで、こいつが望む答えでなければ無駄だろう。気に入らない答えなら、どうせ信じやしないのだからな。
「ヒカル……ヒカルたちを殺したのもあんたの仕業?」
その名前の奴は知らないが、殺された勇者を指しているのだろう。
しかし、なぜ俺が勇者を殺すと思うのか理解不能だ。あまりにも下らない質問に呆れ、親切に答えてやる気持ちも薄れてしまう。やはり一言くらいは文句を言ってやる。
「お前な、なんで俺がそんな事しなきゃならねえんだ。それによ、どうせ俺がなに言ったってお前は信じやしねえだろ。訊いてなんか意味あんのか?」
そうは言いいつも、一応は真実を言ってく。こいつは死んだ王子様に惚れていたみたいだから、そのくらいは知る権利がある。
「どうせ信じねえことは分かってるが、真実は教えてといてやる。無駄だろうがな」
「いったい、なに!?」
嫌味に満ちた言い方に怒ったようだが、怒るどころか呆れているのはこっちのほうだ。
まあいい、教えてやる。信じようが信じまいが、それはこいつの勝手だ。
「王子様を殺したのはグレイドル・ソールズワードってクソガキだ。こいつが殺し、俺に罪を擦り付けた。ついでにソールズワード家の奴らが勇者を殺しやがったのも分かってる。お前のダチもソールズワードにやられたんだろうぜ」
「嘘っ!」
「人に八つ当たりすんじゃねえ。それにハンジとリョウも、ついさっき殺され掛かったところだ」
「ハンジとリョウ……鬼丸君と松平君? なんで……ソールズワードって誰!?」
べらべらと喋っているのは少女に聞かせるのと同時に、身分の高いボンボンである近衛騎士に聞かせる目的もある。会話の流れで潔白を広く訴えるのだ。
一方的に話す真実をどう捉えるかは人それぞれと思いはするが、近衛騎士の反応として意外な感情を浮かべる連中がいたのは気になった。
素直に驚きの感情を見せる奴や、ふざけたことを言うなと怒りの感情を見せる奴はまだいい。
だが焦りを浮かべる奴はどうしたことか。不味いことになったと考えるその感情はどこからくるのか、思い当たるとすればソールズワード家に関わっていたのだとしか思えない。
ソールズワードの協力者がまだいたとすれば、これは大問題だ。逃げたバカ息子を除いても、まだ終わっていないことになる。
挙動不審な若い騎士にとりあえず声掛けだ。怪しければこの場で尋問してやる。
「おい、お前――」
「あああああああああっ! もういいっ、あんたをぶっ倒してから確認する!」
なんだそれは。
「絶対の守り、百獣の衣!」
急になにを言い出すのかと思いきや、特殊能力を発動したらしい。キョウカたちもそうだったが、わざわざ口に出して言うとは妙な奴らだ。
妙でも勇者の特殊能力は凄まじい。発動と同時に感じるのは少女が不思議な力に包まれて存在感を急激に増したことだ。オーラさえ纏う不思議で力強い能力は、おそらく単純にパワーアップ系統の能力なのだろう。
「打ち砕く力、獅子の奮迅!」
もう一つ追加で発動したようだ。これも詳細は不明だが、使用後に存在の力強さがより増している。フィジカル系に特化したタイプの勇者なのは間違いない。前回の時も同じ感じだったように思う。
正面から勇者との対決とはいえ、こいつの実力は大体分かっている。
最初に決めたように、少しばかり憂さ晴らしに付き合ってやろう。
「女を殴る趣味はねえが、聞き分けねえガキは殴るしかねえな。掛かってこい!」
「はあああああああああっ」
気合の声を上げながらの突進。低い体勢からのダッシュは恐ろしく速い。
数メートルの距離を一瞬で詰め、広げた両手で躍り掛かってくる。ただし、その速さは以前に見た時と同じだ。あらかじめ分かっていれば、対処できない道理はない。
拳闘無比のスイッチはオフのまま、横手に躱して前回の感触を確かめるべく行動を起こす。
軽快なフットワークで動き付いてくる少女に感心しながらも、まずは軽く一発、ボディーブローで腹を叩いた。その尋常ではなく硬い感触は、とても軽装の人体を殴ったとは思えない感触だ。
少女は防御力に絶対的な自信があるらしく、俺の攻撃を避けようともしなければ防ぐそぶりも見せずに突進を繰り返す。
実際にこれは大した防御だ。魔神クラスの攻撃力がなければ、打撃で抜くことは無理だろう。これは無敵に近いと思えるほどだ。
おっと、ギャラリーがいるのだった。高度な攻防だけでは、レベルの低い奴らに理解できない。示威行為を目論むなら、分かり易い威力を少しは見せておかなければ。
わざと回廊の壁際に追い込まれるように立ち回り、位置を反転させて攻撃し、ここでもわざと外して壁を殴った。
王宮の壁は規格外に頑丈だ。建材そのものの頑強さに加えてその分厚さから、常識的には殴って壊す事などできるものではない。それを爆裂させるかのような威力で派手にぶっ壊す。
パフォーマンスの見返りは、期待通りに近衛騎士たちの驚愕と動揺だ。この威力の拳を受けたならば、鎧を纏っていようとも意味はない。誰もが分かり易く理解できる。
そしてこの拳を受けながらも、何事もなかったように平然としている少女の異常さも際立つだろう。
「はっ、聞いてるよ。凄い威力だけど、殴るしか能がないんだってね。それだけで魔神を倒せたなんて信じられないけど、少なくとも私には効かない。上級打撃耐性に重ねた百獣の衣は、魔神の攻撃だって跳ね返すんだから!」
上級打撃耐性と百獣の衣? それがあの防御力の秘密か。
こいつが繰り返す突進はタックルそのもので、レスリングを基本としているのだと思える。別にタックルを食らっても普通に耐えられると思うが、もし投げ技や絞め技に繋げられると不安はある。
暴れさせてやるにしても、攻撃まで受けてやるのはやめておこう。少しでもダメージを負うのは馬鹿馬鹿しい。
まあ、クソガキに付き合うのもそろそろ終わりで良いか。近衛騎士どもへのパフォーマンスも十分に果たされた頃合いだろう。




