最高権威への殴り込み
アジトで休息することすでに夕食後の時間だ。そろそろ動き出そう。
意外に思うべきか、クラインロウ家の連中はやはりこのアジトについてチクることはなかったらしい。
それなりの確率で衛兵や騎士に包囲されることを考えていたのだが、警戒しつつも十分に休むことができた。
コンディション万全の状態で外に出ると、サーチ能力で人の動きを見ながら隠密行動開始だ。
ソールズワード家での虐殺と火事の影響があるようで、厳戒態勢と言えるほど街の警備は厳しいように感じる。衛兵のみならず、大勢の騎士が隊伍を組んで歩いているようだ。この貴族街はもちろんのこと、城下のほうまでそうした態勢が敷かれているらしい。
始末屋を一方的に、たった一晩で葬り去れる存在など、規格外の能力を持つ勇者しか考えられない。勇者のなかでもそれが実行可能で、尚且つ動機がある者は絞られる。クラインロウ家が俺について口をつぐんでいたとしても自ずと予想はつくだろうし、ソールズワード家から王宮に連絡が行っていた可能性も普通にあるだろう。
つまりずっと姿を消していた俺の存在はすでにバレていて、あの厳重な警戒はこの俺を捜しているのだと考えていい。
捜されて見つかるほどマヌケと思われるのも癪な上、無駄な労力を衛兵騎士諸君に掛けるのも悪い。とっとと王様に会いに行こうではないか。
どれだけ警戒しようとも、逐電亡匿の隠密力を上回る特殊能力がなければ無駄だ。いつも通りの移動で王宮までなんなくたどり着くと、さっそく敷地内に侵入した。
担当が分かれているのか王宮の警備には、装飾過剰な鎧が目立つ近衛騎士のみが就いているようだ。一般の兵や通常の騎士団の人間は王宮の外を担当しているらしく、近衛騎士以外は見当たらない。
かつて侵入した時よりも灯された明りが増え見張りと巡回の人数も大幅に多いが、それでも広い王宮のすべてをカバーできるものではなく隙はある。
以前にアーテルへの夜這いで培った経験を生かし、ルートはその時を参考に選択する。隠密力全開で建屋に忍び寄って窓を開くと、まんまと侵入を果たした。
小部屋の中から改めて王宮内の人の配置を探ってから廊下に出ると、ここで早くもしくじった。
「ちっ、警戒用の罠か」
迂闊に開いた扉のせいか、廊下になにか仕掛けがあったのか、非常ベルのような大きく警戒心を喚起する音が唐突に鳴り始めてしまった。
途端に騒がしくなる王宮。音の発生源はもろに俺がいる廊下で、壁に設置された音が鳴る装置を即座に殴り壊したが今さら遅い。
正面突破するよりも、忍び込んだほうが楽だと思ったのだがな。
「バレちゃ、しょうがねえ」
また隠れてもどうせ同じような罠がいくつも設置されているのだろう。
もう面倒だ。突破する。
侵入した東翼棟の廊下を一気に駆け抜けようとしていると、本棟から押し寄せる近衛騎士を視界に捉えた。
容易には視認さえ許さない超スピードで迫り、馬鹿正直には戦わず跳び越えた。
幅跳びの要領で近衛騎士の頭上を天井ギリギリの高さで跳んでやり過ごすと、本棟に見事な着地を決める。
「け、刑死者の勇者!?」
「おう、俺だ。邪魔するぜ、王様に話があるからよ」
本棟から駆けつけようとしていた連中が突然に現れた俺に面食らっている。親切にも用向きを告げてやっても、それで大人しく通してくれるはずもない。
ここにはもちろん大勢の近衛騎士がいる。そうしている間にもわらわらと集まってくるのを見て、まともに戦う気力はどんどん失せる。
近衛騎士に個人的な恨みはないし、相手をするだけ面倒でしかない。どうせバレているのだから隠れることに気を遣わず、戦わない省エネで突破を図る。
近衛騎士はそもそも身分の高いボンボンが多く、その仕事は王宮や貴人の警護が専門で、外で魔物と戦う勇者とはあまり関わりがない。この機会にこいつらにも地力の違いを見せつけるのもいい。力の誇示は褒められた行為ではないが、舐め切った王国の連中には現実を教えてやることも必要だ。
戦うまでもないのだと、ここで力の片鱗くらいは理解させてやろう。
「お前ら、俺に指一本でも触れられたら褒めてやるぜ!」
あえて挑発してから事を起こした。
まずは大ホールから大階段に走り寄って、押し寄せる近衛騎士は全て躱して先に進む。超絶的なフットワークに対応できる奴は誰もいない。前進しながら右に左にステップを踏み、行く手を遮ろうとする奴らを完全に手玉に取った。
王様がいるのは例の王族のみが住まう特別なエリアだろう。一切の手出しもせず、余裕の態度でそこを目指す。
スローモーションの世界で近衛騎士の間をすり抜けるように進んでいくと、見覚えのある大階段の終わりを目の前にした。ここでも特に変わったことはせず、そのまま守備に就く近衛騎士をすり抜けて階段を上がり切った。
長い階段を易々と突破し、かつては天井裏のルートからやってきた厨房を横に見る。配膳台に身を隠してメイドによって運ばれたあの時には、こうした運命になるとは思ってもみなかった。
あとはこの先の一本道になっている回廊と大扉を抜ければ、王様はすぐにそこということになる。そういえば留守の場合を考えていなかったが、ここまでやって空振りなら我ながら間の抜けた話だ。その場合にはアーテルの所在を確認するためにも、好き放題に家探ししまくってやる。
土壇場になってあれこれと考えながら進んでいると、そこは王族の住まうエリアへの一本道。そして待ち受ける最後の難関だ。
大扉の前を固めるのはおそらく近衛騎士の最精鋭、そして一人の見覚えある少女。ついでに背後からはスルーしてきた近衛連中も追いついてきつつある。
前後を挟まれ、普通ならこれで詰んだ状況になるのだろう。
閉じられた大扉やその前を固める連中をスルーはできず、一度足を止めると向こうが反応を示した。
「貴様、ここをどこだと思っている! この下郎めがっ、今すぐに立ち去れい!」
お決まりの無意味なセリフだ。近衛騎士の隊長格なのか、年配のおっさんが進み出て偉そうに身振り手振りまで交えて大声で告げてきたが、構わす一本道の回廊を進み始める。
「ここは任せて下がって。ロベール様の無念はここで私が晴らす!」
言いながら前に出たのは軽装の少女だ。こいつはたしか、力の勇者だったか。王都脱出の際に少しばかりやり合った仲だ。
あの時には戦わずにスルーしてやったが、この場面ではそうはいくまい。回廊で数メートルの距離を挟んで向かい合う。
勇者同士が睨み合う場面になって、背後からやっと近衛騎士連中が追い付いたらしい。一斉に掛かってくるのかと思いきや、勇者同士の立ち会いに割って入る度胸はなかったのか、空気を読んだのか、一本道の回廊には入ってこずに見守る選択をしたようだ。相手をするのが面倒なので、それでいい。
「お前、まだ俺が王子様を殺したなんて嘘っぱちを信じてやがんのか? いい加減にしろ」
呆れて言ってやる。そしてさり気なく呪いの鎖で縛ろうとして……考え直した。
「嘘? だったら、誰がやったって言うの!」
怒りの形相で物事を決めつけて掛かる。こういう奴には何を言っても無駄だ。最初から人の話を聞く気がない。
少女をいたぶる趣味はないのだが、少しは暴れさせてやらないとこいつも怒りのやり場がなく収まりがつかないだろう。
「前にも言ったろ。ガキと遊んでる時間はねえ……って言いたいところだがな、少しだけ付き合ってやる。ありがたく思え」
特別だ。同じ勇者のよしみで、ほんの少しだけスッキリさせてやろうではないか。
これは俺の力を見せつける示威行為であり、近衛騎士どもを黙らせる目的のほうが大きい。ただの当て馬であることはもちろん黙っておくが。




