個人的な用事
燃え盛るソールズワード家から脱出すると、コロンバス会のアジトへと戻る。そろそろ夜が明ける時間だ。
あの侯爵には確認したいことがいくつもあったのだが、結局は何も聞けずに終わってしまった。
バカ息子の行方はもちろんのこと、アーテルのことも分かっていないが、なんとかするしかない。
さて、俺のようなお尋ね者が明るいうちから動くものではない。また夜になったら続きを始めよう。
次の狙いは王様だ。奴に訊けば少なくともアーテルのことは判明するはず。俺は死ぬほど嫌われているだろうから素直に事が運ぶことはないし、いよいよ最高権力者とも事を構えるわけだ。今更だが客観的には大変な状況だ。
世間体などはどうでもよいとして、アーテルの無事を確かめるだけではなく、あいつを自由にもしてやりたい。あの女は大人しく捕らわれる籠の中の鳥といったタマではなく、仮に繋ぎ止めて置けるとしたらあいつを退屈させない男だけだろう。
もし王族として、そして王のお気に入りの身分を保持したいのであれば、助けなど余計なお節介になってしまうのだが、あの女に限ってそれはない。
それにソールズワードのバカ息子はアーテルに執着しているとも聞いている。アーテルの傍にいれば、いずれ向こうから勝手に近づいてくるとも考えられる。
実の伯父である王様といい、侯爵のバカ息子といい、厄介な奴らに執着されるアーテルも難儀な女だ。
考え事をしながら火事にざわめく貴族街を移動すると、夜明けの直前にアジトに帰り着いた。
先に戻っていたコロンバス会の面々と合流する。
「おう、アンドリュー。そっちはどうだった、あんまりいい雰囲気じゃねえようだが」
「二人やられて三人も重傷だ。返しはしたが、笑って終わるにはこっちも大きな痛みを負わされちまった」
「そんなにか……俺も行ってれば良かったのかもしれねえが」
「いや、任せろと言ったのは俺だ。それに犠牲は覚悟の上でもある。最後の最後まであんたの腕力頼りじゃ、こっちも格好付かないからな。納得ずくで俺らだけでやり合いに行ったんだ。それより、そっちは随分と派手にやったみたいだな」
コロンバス会の店の女たちはこいつらの仲間のような存在であり、女として惚れていた奴までいたようだから、それは気合も入っていたことだろう。俺も関係者ではあるが、犠牲が出るとしても自らの手で仇を討つ覚悟を曲げろとは言えなかった。
俺は元凶であるソールズワードを、アンドリューたちは実行役を、それぞれでケリをつけたのだ。ふと女の顔が思い浮かんで、頭を振る。
「……火事はあいつらが勝手にやった足掻きだがな。侯爵諸共、皆殺しにしてやってきたぜ」
「これで終いか」
短く呟いたアンドリューの一言が重く響く。侯爵自身と手足のほとんどを潰せた事は、区切りとして大きい。
「とりあえずはな。だが、ソールズワードの息子が事前に逃げ出してやがった。こいつはいずれ始末をつけるが、後回しだ」
「そいつは大門さんにとっちゃ、逃せない相手だろ。どうするつもりだ?」
「今はどうにもならねえが、後で何とかする。それよりお前らはもう引き上げろ。今ならソールズワードの家の火事で逃げ出すのは簡単だろ。時間が経てば貴族街が封鎖されちまうかもしれねえぞ」
「あんたはどうする?」
「俺にはまだやることが残ってる。なに、お前らとは無関係な女のことだ。いいから行け」
アーテルのことはコロンバス会の奴らには話していなかったはずだ。余計な事は言わなくていい。
「まあ、あんたを心配しても仕方ない。そういうことなら分かった。クラインロウの奴らは解放しちまってもいいな?」
「このアジトを放棄するつもりならいいんじゃねえか? 誰か一人の拘束を解けば、あとは勝手にするだろ。そのくらいなら俺がやっといてやる」
「だったら頼んだ。じゃあまたな、大門さん」
「ああ、今夜はお前らのお陰で助かったぜ。またな」
コロンバス会の面々は、手に入れた金を持ち出すと急ぎ離脱していった。
金はコロンバス会と俺とで山分けではなく、迷惑を掛けた上に協力してくれたワッシュバーン組本家やグレッチバッカー組にも回さなくてはならないだろう。俺の取り分はないと考えている。
「やることやって、休むとするか」
まずクラインロウ家次期当主の元に行き、閉じ込めた部屋から出してやる。
「地下にお前の手駒がいるから、そいつら連れてさっさと帰れ」
「……終わったのですか」
「お前らが本当にソールズワードに加担してねえならな。いいからさっさと行け、俺の気が変わらんうちにな」
部屋から追い出すと備え付けのシャワーで汚れた体を清める。廃墟のような屋敷でもアンドリューたちが手を入れたのか設備はこうして生きているのは助かる。
汗と血に汚れた体を洗い流すとようやく人心地つけた気がした。
そうしてからベッドではなくソファーに寝転がる。
クラインロウの奴らもこの期に及んで余計なことはしないはずだ。誰しも自分の身が可愛い。俺に直接歯向かうことはもちろん、この場所のことを外部に漏らすこともしないだろう。もしもの場合には、それこそクラインロウ家の終わりとなる理解はあるはずだ。特にソールズワード家がどうなったのかを、即座に調べるだろうことを思えば、より下手な事はしないと考えられる。
ただし、主人である王様に問われれば俺の存在程度は答えるだろう。それでも報復を恐れて余計な事、このアジトのことまで話すとは思えない。それならそれで構わないが、クラインロウ伯爵はそこまで軽率ではないだろう。
目を閉じるとそのまま寝てしまうことにした。
まとまった睡眠を貪ると、昼前には目覚めてまた水を浴びて頭をスッキリさせる。寝て起きても気力は萎えていない。
まだ時間が早いことから、コロンバス会の奴らが置いていってくれた食料で腹を満たし、念のため旅に耐えられる荷づくりまで終えて、あとは夜に備える。
次は王宮だ。
ソールズワード家が徹底的に叩きのめされたことはすでに王宮も把握しているに違いない。これを受けて、誰の仕業か予測がつかないほどボンクラでもないだろう。
俺の襲来に備えて守りを固めるのか、それとも逃げ出すのか。しかし王宮を捨てて逃げ出す王ほど惨めなものはない。まして王様は俺を死ぬほど嫌っているだろう。逃げ出すことはプライドが許さないと思える。
ただ俺のほうは王様と会って実際にどうするかはまだ決めかねている。
平和的な話し合いなど望める関係ではないと思っているが、それでも王様に対して殺すほどの憎しみを抱いてはいない。
王子殺しから始まった一連の事件はソールズワードが主体というのは分かっている事だ。
ただ事の真相を王様が把握しているのかは微妙なところで、アーテルに関する個人的な恨みが切っ掛けで俺に悪い心証を抱いていることが重要なポイントだ。王子殺しの件も本気で俺がやったと信じている可能性までは否定できないか。
こっちとしてはソールズワード侯爵を倒した今となっては大方で決着済みなのだがな。残すは侯爵のバカ息子を探し出してケジメを付けるだけだ。
王様がもしアーテルを手に掛けるようなことをしていれば話は変わるが、そうでもなければ王妃の気持ちもあるし手を下す気は持っていない。
言ってしまえば、アーテルさえ無事で俺と自由な関係性を保てるなら、王のことなどどうでもいい。
ただし、アーテルに執着する王は俺のことを決して認めはしないだろう。これが面倒で厄介だ。どうしたものかと思う。
どうなるにしても、まずは会って話をするしかない。
いいほうに転ぶとはとても思えないが……やるだけやってみよう。




