刑死者が渡す引導
二階で行った圧倒的なまでに理不尽な暴力を前にして、その惨状を目に焼き付けた男たちは冷静さを失った。意味不明の叫びを発しながら、破れかぶれに死に急ぐ。
死を待つばかりの状況に耐えきれなくなったのだろう。今さらのように数で圧し潰せと、勢い任せに躍り掛かる。
ここでも俺が与えるのは、安らかな死とはならない。更なる恐怖だ。
先頭の男に対してはこれまでのように腹を打つのではなく、加減なく顔面を打つ。
尋常ならざる打撃によって発生した衝撃に人間の頭部は耐えられず、破裂して砕け散った残骸を後続する男たちに浴びせ掛けた。
興奮によって恐怖を掻き消そうとした本能的な行動に一瞬で冷や水を浴びせ、再び恐怖の底に叩き落とす。
「安心しろ、俺もいずれは地獄行きだ。だがお前らは一足先に、この世でも少しは地獄を味わっとけ」
血の滴る拳を掲げながら無慈悲に告げ、肩や顔の骨を砕く打撃で痛みを与えながら、腹も殴って致命傷を与えていく。
正確無比な打撃はただの一発も寸分の狂いなく狙った箇所に命中し、加減も間違えずに死の苦しみと絶望を与える。楽には死なせない。
最後の数人は逃げ場などないというのに、回廊を走って少しでも俺から遠ざかろうとしていた。
恐怖のあまりに絶叫を上げるそいつらも殴ると、立っている者は俺を除いて誰もいなくなった。
「これで終いだ」
少なくともこの屋敷でソールズワードの手足はなくなった。アンドリューのほうも上手くやっていると信じよう。
店の女たちや謀殺された勇者、それに勇者派の粛清された顔も知らない奴らも、これで少しは留飲が下がっただろうか。
「残りは……四人か」
この三階の奥の部屋に、四人の男が残っている。
当主の侯爵とその息子、あとは誰だろう。おそらくほぼ全ての侯爵の家族や使用人のような存在はこれまでの様子からすでに逃げ出しているはずだ。誰だか知らないがまあいい。行ってみれば分かる。
まさか戦力を集中させたこの本拠地に当主がいないなどという展開はないと思っているのだが、もしもの場合に俺の怒りはどこに向けたらいいのだろうな。
とにかく、これで大物よろしく奥で待ち構える大将とご対面だ。ようやくツラが拝める。
通路を塞ぐ鉄柵を殴り壊すと、激しい破壊音が地獄と化した屋敷にこだました。倒れて呻く外道どもを一顧だにすることなく、俺は先に行く。
広い屋敷の長い通路を歩いた先には、これまた立派な扉が待ち受ける。
遠慮は不要だ。招き入れないなら、押し入るのみ。
重厚な木の扉を殴りつけて粉砕すると、開いた穴から参上だ。
部屋の中にいたのは、事前に察知していたとおりに四人の男たちだ。
だが思っていたのとは少し違う。
高そうな衣服を身にまとった、貫禄のある初老の男こそはソールズワード侯爵だろう。これは期待通りだ。
だが残る三人は手練れの殺し屋といった印象で貴族の嫡男とは思えないし、聞いていた年齢層や風体にも合致しない。
侯爵のバカ息子は断じて逃す事のできない標的だ。それがいないだと?
剣呑な殺気を放つ殺し屋のような男が発する言葉が、何か形を成す前に動き出す。
単なる邪魔者の無駄口を聞く気はない。バカ息子がいない苛立ちをぶつけてしまえ。
拳闘無比の特殊能力を発動させたスローモーションの世界に入り、のろまな野郎どもを殴りつける。。
さすがと言うべきか、侯爵の傍に侍る手練れは僅かながらも反応を示していた。反応できるだけ大したものだが、意味があるほどではない。
三人の男たちに計九発の拳を浴びせた。顔、心臓、腹を狙ったそれぞれの一撃は、致命傷などという半端な攻撃ではなく人体を完全に破壊し、無残な姿を侯爵に見せつけるものだ。
豪奢な部屋が血飛沫と肉片にまみれ、侯爵が頼みにしただろう戦力をまさしく一瞬で葬り去った。
慈悲の欠片もない、問答無用の殺戮だ。こいつらがこれまでにやってきた事でもあるだろう。だからやられても文句はないはずだ。
「おう、お前がソールズワード侯爵だな。お前には訊きたいことがある」
「殺せ」
「言われなくてもそうしてやる。楽に死ねると思うなよ」
侯爵の顔は強張っているが、覚悟か決まっている者のそれだ。潔いと言えばそうなのだが、怖れなどないといった態度が余計に腹立たしい。
この様子では侯爵から知りたいことを訊き出すのは無理だと分かってしまう。これは命乞いをするタイプではないし、敵の言うことに耳を傾けるくらないなら死を選ぶ奴だ。それがまた余計にムカつく。それでも訊かないわけにはいかない。
「お前のバカ息子はどこだ、吐け。情けねえ野郎だぜ、どうせ泣き喚いて逃げ出したんだろうがよ」
答えないだろうが挑発込みで問い質す。
「……貴様には分からん。連綿と続く我らの宿命を」
「知るかボケ、なにが宿命だ。単なる悪行を御大層に言いやがって。訊かれたことに答えろ」
言い訳など聞きたくもない。
じっと目を合わせて睨み合い、ひとまずの痛みを与えることにした。
無言で鼻先にパンチを叩き込む。鼻が折れて潰れ、前歯まで砕け、侯爵は顔を血に染めて呻き声を上げた。かなりの痛みがあるはずだが、それでも俺を睨む眼光は鋭いままだ。
無論、この程度で留飲が下がりはしないし、許すこともない。
次なる痛みを与えるべく左肩を殴って砕いてやると、傍にあった大きな机の上に倒れ込んだ。
「き、貴様の意味不明な特殊能力を読み違えた事が全ての敗因だ。せめて、最低でも道連れにと思っていたが……」
足掻け。なにも吐かないなら、せめて絶望しろ。
歩み寄って今度は膝を砕くと苦悶の声を上げはしたが、憎々し気に睨む目つきが変わることはない。ムカつくが、大した野郎ではある。
「ぐ、これで……貴様を殺せるとは……お、思わんが」
なんだ、なにかしやがったのか?
逐電亡匿のサーチ能力を密にすると、たしかに異変はあった。
「この野郎、馬鹿の一つ覚えみてえに燃やしやがって」
一階が燃えている。いつどのタイミングでやったのか不明だが、意図的に火事を起こしたらしい。自分の屋敷を燃やすとは正気の沙汰ではないが、裏の家業で身を立てる奴らだからこそなのかもしれない。全てを灰にしてしまえば、証拠は何も残らないのだからな。
しかも少しずつ火が広がるのではなく、猛烈な勢いで燃え広がっているようだ。そういった仕掛けがなければ説明できない火勢に思える。
これはやられた。火事が起これば人が集まるし、なにがしかの合図としても使えるだろう。俺を道連れになどとほざいているが、それが本気で可能とは考えていないはずだ。
どうしたものか。侯爵を攫って脱出するのは容易いが、どうせこいつが口を割ることはない。
「……言っとくが、お前の息子は必ず捜し出して息の根を止めてやる。先に地獄で待っとけ」
大机に倒れ込む侯爵を引き寄せて胸ぐらを掴み上げると宣言を聞かせる。
せめてこの野郎はここで止めを刺す。自らが放った火事に巻かれて死ねとも思ったが、万が一にも助け出されてしまってはコロンバス会の奴らに合わせる顔が無くなる。
拳を構えるとソールズワード侯爵は死を受けれたように目を閉じた。最後の最期までムカつく野郎だ。
「お前が死んで、それで済むと思うなよ」
最後に一言だけ言い放つと、躊躇うことなく心臓に拳を突き立た。




