いつの間にか追い詰められる側へ【Others Side】
ソールズワード侯爵は王宮から戻ると、その日のうちに発動させた策謀の結果報告を待っていました。
対魔物において強力無比な勇者をすでに何人も葬り去ることに成功している侯爵は、今回も万事上手く運ぶことができると考えています。
魔術師の勇者が入ったグランキース家と審判の勇者が入ったリンバリー家には、使用人を内通者として勇者の伴侶を誘拐し、その結果をもって争わせる工作が始動しています。
脅迫状によって呼び出した勇者が争い合い、どちらかが倒れればそれでよし、残ったほうか二人ともが廃ホテルに入ることを見越して入念な罠も設置済みです。
おとりとして配置した別の勇者派貴族の娘を餌に、確実に勇者を倒せる算段でした。
治療薬としての麻酔はほぼすべての勇者に有効であった実験結果から、麻酔の元となる麻薬の濃密な煙は少し吸い込んだだけでも意識にダメージを与えるに十分と考えられました。
意識を混濁させ、そのまま煙を吸わせ続けるだけでも廃人に追い込めるのですが、火を放って積極的に命を奪いに掛かります。そこに加えて侯爵はさらに確実を期す罠まで設置していました。
結果報告はまだかと待っていた侯爵の元に、家令がやってきました。
「旦那様、報告いたします」
部屋に入った家令が朗報をもたらすものと思っていた侯爵でしたが、深刻な顔つきに予期せぬ出来事があったのだと悟りました。
「なにがあった」
「それが……刑死者の勇者が現れました」
「なんだと、どこにいた?」
「リッツハイドです。経過を見張っていた者が気づき、報告のため急ぎ戻って参りました」
捜し求めていた対象が見つかった事は朗報でしたが、よりにもよって二人の勇者を罠に掛けた廃ホテルであっては都合が悪いかもしれません。
「いや、考えようによっては、まとめて始末できるかもしれんが……遠隔監視の様子は随時報せろ」
主の部屋から退出した家令がまた戻ると、続報を読み上げます。
「魔術師と審判が争っていたところを刑死者が仲裁し、三人でリッツハイドに入ったようです」
「入ったか! それで禁制呪縛と局所封印の発動は確認できたのか?」
「発動は滞りなく、とのことです」
「そうでなくては困る。あれの準備にどれだけの労力が掛かったことか……これで刑死者まで仕留められるな」
「はい、如何に勇者といえども、あれだけの多重な罠を破る事は不可能かと」
特殊能力の発動を阻害する禁制呪縛の罠はソールズワード侯爵の切り札でした。これは限られた狭い空間において短時間のみ発動可能な、特殊能力を封じる罠です。そこに重ねて麻薬と火による罠で、閉じ込めた勇者を確実に仕留める策となっています。局所封印の罠は建物を一個の檻のように見立てて封じ、外への脱出を阻む最後の詰めでした。
万全を期した罠へと三人もの勇者が掛かり、しかも最重要目標であった刑死者の勇者が図らずも掛かったのです。ソールズワード侯爵はこれほどの幸運もないと喜色を露にしていました。
「特殊能力の使えない勇者など、凡百のそれと変わらん。本来であれば残る勇者を同様に葬り去り、いずれは刑死者をと思っていたが……まさか今夜で決着がつけられようとはな」
「念のため様子を見に現地に行かせます」
「そうしろ。リッツハイドが燃え尽きた後では、彼奴らの焼けた遺体も捜し出せ。万が一にも息があるようなら、確実に止めを刺させろ」
「承知いたしました」
朗報を待ち焦がれるソールズワード侯爵が沈思したまま時間が流れていきます。
そうして次こそは驚きではなく朗報をと期待した侯爵の元にやってきたのは、青い顔をした家令でした。その時点でまた問題が発生したのだと理解させられ、侯爵は苛立ちを隠すことができません。
「ええい、今度はなんだ!?」
「し、失敗です。勇者三人は少女を連れてリッツハイドから脱出しました」
「どうなっている!」
怒りをぶつけられた家令にも疑問への答えは持ち合わせていません。しかし家令の報告はそこで終わってはいませんでした。
「旦那様、それだけではありません。無事に捕らえたと報告が入っていた魔術師と審判の妻ですが、その後に手勢の者との連絡が取れません。先ほど確認に向かわせましたが、これはもしや」
「……偶然ではない、奴だ。刑死者の勇者の仕業に違いない!」
怒りのあまりに喚き散らした侯爵でしたが、一転して表情を引き締めると命令を下します。
いたずらに時間を浪費している場合ではなく、行動することが求められていると自覚していました。
「奴がリッツハイドにいたのは偶然ではあるまい。手段は不明だがこちらの手が読まれている。急ぎ家の者たちを退避させ、手勢は一人残らず終結させろ。奴を探しに方々へ人をやっていたのが裏目に出たが贅沢は言っていられん。ここで迎え撃つ!」
誘拐と暗殺が阻止されとのだとしたら、ソールズワード家のこれまでの企みも暴かれたか少なくとも刑死者の勇者が真相に迫っていることは確実であり、また本家本元のソールズワード家を放置するはずがないことも確実でした。
「こちらに攻め入ってくると? でしたら旦那様も急ぎ退避なさってください!」
「陛下の命は奴を仕留めることだ。ここで逃げることはできん。奴は一度でも姿をくらますと、次にいつ存在を捉えられるか分かったものではない。我らにとっても千載一遇の機会なのだ、なんとしてもここで始末する。魔術師と審判も一緒にやってくるだろうが、差し違えてでも奴らはここで叩く。お前は準備が整い次第、脱出しろ」
「何をおっしゃいますか! この命は旦那様と共にあると決めています!」
「それは許さん。もしもの時には、グレイドルのことはお前に頼む。なに、むざむざやられはせん。とにかく急げ、時間がないぞ」
ソールズワード家は総力戦を決意し、勇者の襲撃を迎え撃つ準備に入りました。
王のプレッシャーと今夜の失敗は、ソールズワード侯爵にとって後には引けない状況に追い込んでいます。どこまで何を知っているのか、刑死者の勇者は時間が経てば経つほどソールズワード家を追い込んでいくと予想できます。逃げ出してしまえば状況を立て直すどころか、気づけば丸裸にされてしまいかねない勢いです。
ここで決着を付けなければ後がない。ソールズワード侯爵も決意を固めていました。
すみません、次回こそ、殴り込みます!




