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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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多重に張り巡らされる罠

 灯りの消えた暗い廃ホテルの先に一人で進む。

 元いた場所までは走っていき、そこからは周囲に警戒しつつも歩いて階段を上る。


 強烈な臭いが立ち込めていくこと以外では物理的な罠などはなく、じっと動かない謎の人物の反応に向かって順調に進んでいけている。

 その一人以外では誰もいない事から、呼んでみることにした。部屋に閉じこもっていたとしても、そろそろ声が届く距離かもしれない。


「おーいっ、誰だか知らんが返事をしろ!」


 半分以上は無駄と思いつつ、呼び掛ける。生きてはいるが動かない人の反応と、濃密に立ち込める麻薬の煙だ。どうなっているのか、想像は容易い。

 最上階に向けての階段を進んでいると今度は別の異変が現れた。これはすぐに分かった。


「焦げくせえ……ちっ、煙も上がってきてやがる」


 どう考えても火事だ。立ち込める麻薬の煙と混じって分かり難いが、火災による煙が発生している。

 これは確実に罠の続きで、時間経過か何かをキーにして発火させる仕組みがあったのだろう。

 濃密な麻薬のお香だけでもやばいところに、火事の追い打ちか。女の人質から始まっていることといい、えげつない罠を張るものだ。


 一階のロビーに置いてきた二人のことは気になるが、気にするより動かない女を助けてさっさと戻ったほうがいい。

 もはや俺だけなら物理的な罠などどうとでもなると開き直り、走って女の元を目指した。


 最上階の最奥ではなく、割と階段に近い部屋に女がいる。

 扉には当然のように鍵が掛かっていて、仮に充満する麻薬の煙を突破しても時間を稼ぐつもりか家具で内側から硬く塞がれているらしい。


 無論、俺にその程度の小細工は通用しない。

 障害物のある扉ではなく壁を殴って破壊すると、易々と部屋に入ることができた。

 謎の人物は探すまでもなく、部屋のベッドで寝かされている。どうやら十代半ばくらいの少女らしい。そして、そこで意外なことも判明した。


「空気がいいな」


 固く締め切られた扉と気密性の高い部屋のお陰か、廊下や階段に充満する麻薬のガスがこの部屋にはほとんど入っていないらしい。てっきり生きてはいても廃人のようになっていると考えていたのだが、捕らわれの姫君は気を失っているのかただ眠っているように見えた。

 いや、ここで焚かれた麻薬とは無関係に、すでに薬漬けにされている可能性もなくはないか。


 余計な希望は持たず、急いで少女の全身をシースで包み、少しだけ我慢しろとばかりに口と鼻を塞いで一気にロビーまで駆け戻った。

 まだ火の手はそこまで回っておらず、火勢よりも煙が危険な状態だ。


「大門さん! 一人で行ったんですか」

「どこに行ったのかと……」

「お前らが役に立たねえからな。そんなことより、さっさとずらかるぞ」


 二人が復活している。ついさっきまでぐったりとした様子だったのに、もう動けるらしい。本調子ではなさそうだが、回復はそれなりに早いようだ。


「その女の子は……無事なんですか?」

「分からん。容体を見るにしても出てからだ、俺は手が塞がってるから入り口を開けろ」


 シーツに包んだ少女を抱きかかえながら出入口の大扉に近づくと、野郎どもが妙に手間取っている。


「なにやってんだ、早く開けろ」

「ちょっとこれ、なんか動かなくて」

「おかしいぞ、閉じ込められたのかもしれない」

「そんなもん、ぶっ壊せよ。どうせ火事で燃えるんだからよ」


 この期に及んで丁寧にやる必要はどこにもない。横手のほうの窓も目に入ったが、割ったガラス窓を通過するのは少し危険だ。野郎どもはどうでもいいが、上から破片が落ちて少女に傷でもついたら悪い。素直に入り口を壊してそこを通ればいいのだ。

 ところが二人はもたもたとしている。


「おい、いい加減にしろ。早くしねえか」

「それが妙なんですよ。能力が上手く発動できなくて」

「僕もだ。大門さんが現れた時と同じような感じで……」


 なに? 当然だが今は呪いの鎖をこいつらに使ってなどいない。それに俺自身は普通に特殊能力を発動できている。途中までは魔術師の勇者による灯りの魔法もあったことだし、どこかのタイミングで使えなくなったのか、それとも麻薬の効果にやられて上手く力が発動できない可能性もあるか。


 しかし、こいつらも正気を取り戻しているように思える。もしかしたら呪詛に似た効果のある、特殊能力を制限するような罠が発動しているのかもしれない。廃ホテルはその大掛かりな罠を発動させるための舞台装置だった可能性まで出てくる。


 俺自身は常に呪いの鎖によって強固に縛られているから、それよりも大したことのない制限など受付ないのだと考えることは可能だろう。

 ハンジの奴は剣を抜くと扉に叩きつけ始めたが、思いのほか頑丈らしく傷つけるだけで簡単に壊せそうにはなかった。


「しょうがねえ。おい、リョウ、預かってろ」


 少女を渡すとハンジを下がらせて、無造作に拳を繰り出した。

 封印でもされたように固く閉じた扉は、激しい破壊のエネルギーによってぶっ飛び、広く出入口を形作った。


「マジですか……」

「何らかの方法の罠で、能力は封じられたのかと思ってましたけど……」

「お前らとは鍛え方が違うんだ。さっさと行くぞ」


 この後では逐電亡匿の特殊能力を活かし、急いでアジトに戻った。助け出した少女やハンジとリョウも一緒だ。


 アジトに行くと勇者二人は女との再会を喜び、助け出した少女についても女たちが知っていた。

 聞いた話によると、少女は勇者を支援する派閥貴族の娘らしい。

 もしこの少女が死んでいたとすれば、ハンジとリョウの勇者同士の争いに巻き込まれて死んだことにできる。そうなれば勇者派へのダメージは計り知れず、この一事と勇者を抱える有力貴族の決定的な対立をもって派閥は瓦解しただろう。勇者の立場も地に落ちただろうな。


 ソールズワードの策謀は敵ながら大したものだと思うしかない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 能力無効の罠まで有るとは。確かにトオルが居なかったら成功してたでしょうね。
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