誘い出される勇者
勇者の伴侶の二人が攫われてから、どれくらいの時間が経過したのか。
まだ夜中だ。女が攫われたことに気付いているのかいないのか、それによって状況は異なる。ややこしい事態になっていなければいいのだが。
「ちっ、ソールズワードの奴ら、次から次へと面倒を起こしやがる」
「ソールズワード……その人が首謀者ですか?」
「ああ、とりあえず俺がひとっ走りしてハンジと魔術師の勇者に会ってくる。お前はまだここにいたほうが安全だ。居心地は良くねえだろうが、しばらく我慢してくれ」
「それは……分かりました。場所は知っていますか?」
ハンジの家はそもそも様子を見に行くつもりだったことから、クラインロウ伯爵に聞いている。たしか、リンバリー子爵家だったか。
「お前の家は分かってるが、そういや魔術師の勇者の家が分からん。知ってるか?」
知っているという女に地図に印をつけてもらう。これだけで準備はいい。
二人の旦那に女を預かっていることを説明しても、それで納得してもらえるか微妙な気はするが、その場合には二人の勇者をここに連れてくればいい。
その頃までには、地下の尋問も終わっているだろう。
一緒に話を聞いていたコロンバス会の男には、経緯をアンドリューに伝えるよう話し、さっそく動く。これも急がなければならない。まったく、忙しい夜だ。
貴族街を全力疾走で移動する。
サーチ能力で巡回の衛兵の居場所は遠くにいても把握できているので、そもそもかち合わないルートを選択すれば隠れる必要すらない。
遠回りになることを嫌って突破を図っても、夜陰に紛れて超スピードで移動すれば、横を通り抜けることも可能だ。余程のレベルで目が良くなければ、妙な風が吹いた程度としか認識できないだろう。
そうして大した時間も掛けずに到着した子爵家では、夜中だというのに人の気配が騒々しい。
できればハンジの奴だけに事情を説明したかったが、放っておけば貴族の家として騒ぎ立てそうだ。ここは正面から行こう。もはや隠密行動も何もなくなりつつあるが、それでもソールズワードには悟られずに喉元まで迫りたい。可能な限りの努力は続ける。
思えば今夜は何件もの家を訪問しているが、全て勝手に鍵を開けて侵入している。まともに呼び鈴を押すのは初めてだ。
妙な感慨に耽りながら待つも、訪問者に応えるそぶりはなく誰も出てこない。慌ただしくしている気配はあるのだが、それ故に気づかれていないのだろうか。
「無駄な時間を使ってる場合じゃねえってのによ」
この後では魔術師の勇者の家にもいかねばならないのだ。こうして待つ時間も惜しい。
もう一度だけ呼び鈴を押しても応える感じがない事から、門を乗り越えて中に入り、正面玄関の扉をこじ開けて入ることにした。
普通に鍵を開けると、ここで呼び掛ける。
「おい、鬼丸ハンジ! 俺だ、大門だ!」
ほかの家人に用はない。顔見知りでもないし、ハンジが出てこないと話が面倒だ。
貴族の家に勝手に入り、大声で呼び付けるなど非常識だが今は非常事態だ。
呼び掛けてから数十秒のじりじりとした時間が過ぎた頃、恐る恐るといった感じで、慌てて身なりを整えたようなメイドが姿を現した。
「そこのあんた。急用だ。ハンジの奴を出せ」
「あの、どなた様で……」
「俺は大門トオルだ、刑死者の勇者と言えば分かるか? もう一度言うが急いでんだ、とっととハンジの奴を呼んでくれ」
苛立ちを込めて言うと悪党面に恐れをなしたのか、固まってしまって話が進まない。参ったなと思っていると、もう一人姿を現した。今度は年配のおっさんだ。
「勇者殿? あなたが?」
「ぐだぐだ説明してる時間が惜しい。信じる必要もねえが、俺は刑死者の勇者だ。とにかくハンジの奴をすぐに呼んでくれ。あいつの嫁さんを預かってんだ」
ふと思うが、ハンジはこの家の養女である女の元に婿入りしている。それを嫁と言うのはどうなのだろうか。婿に入ったのに嫁? まあどうでもいいが。
「エレノアを? どういうことですかな?」
「話聞いてたか? こっちは急いでんだ、ハンジの野郎はいねえのか?」
これだけ騒いでいれば、知らない間柄ではないのだし本人が出てきてもいい頃だろう。
「ハンジ君はエレノアを誘拐したグランキース家の呼び出しに応じて出掛けました。なぜあなたがエレノアを預かっているのですか?」
どういうことだ。グランキース家といえば魔術師の勇者の家だったはず。そこがエレノア、つまりはハンジの女を攫っただと?
両家の女を攫ったのは、ソールズワードの手の者で間違いない。実際にアジトに乗り込んで俺が助けたのだから、間違えようがない。
ところがハンジはグランキース家の呼び出しでどこかへ向かったらしい。何を根拠に言っているのか知らないが、誰かがそう仕向けたのだろう。それは本物の犯人であるソールズワード以外ではありえないし、魔術師の勇者の家にも同様の呼び出しが掛かっていると考えていい。
勇者の伴侶を攫い、勇者同士を争わせようとしているように思える。
とにかくハンジが向かった場所に行ってみるしかない。
「いいか、お前の娘だけじゃなくグランキースの娘も誘拐されてる。偶然だが、もう助けて保護してあるから心配無用だ。それよりハンジの奴はどこに行った? こいつは罠だぞ、急がねえと二人の勇者がやべえ」
「それは一体、誰が……」
「おい、いいから行き先を教えろ!」
苛々して殴りそうなるのを抑え、胸ぐらを掴んで凄むに留める。
動揺しているおっさんを相手にどうしたものかと思っていると、廊下の奥からまた新手がやってきた。年齢層や雰囲気的に、このおっさんの妻だろう。
「あなたが大門様ですか。ハンジ君からよく話は聞いていますよ」
「そうか? 悪いが挨拶はあとにしてくれ、ハンジの奴がやばいんだ。死ぬほど急いでっから質問はなしだ」
「ええ、彼は旧商業区のリッツハイドという廃ホテルに向かいました。これでよろしいですか?」
旧商業区というのは広い貴族街の一画で、再開発指定区域のようなイメージでいい。そこの廃ホテルとはまた、分かり易い罠がありそうではないか。
例によって具体的な場所が分からないことから、地図に印をつけてもらう。
「よし、あとは任せて大人しく待っとけ。余計な事をすると、あんたらの身もあぶねえぞ」
「派閥間抗争に関わる謀略ですね?」
「だろうな。すまんがもう行く」
初対面の俺を信じろとは言えず、しかもこれ以上の会話を続ける時間も惜しい。急いでるのは本当なので、別れの挨拶もせずに出て行った。
旧商業区は少し遠い。移動の速度差を考えれば、急げば追いつけるかもしれないな。




