恐怖の地下室
鉄拳を何度も食らわすような単純な暴力を振るう場面はとっくに過ぎ去っている。
アルコールや麻薬によって意識を酩酊させ、口を軽くする方法も採用しているようだが、それでも意味のある証言を引き出せないとは、敵にしてもなかなかやる。
フロイドがこれから使うのは工具だ。世界は違っていても、似たような道具はあるものだ。
単純だが恐ろしい暴力を見せつけ、それによって意気を挫く。意図したように上手く行くかは不明だが、こっちも急いでいる。
拷問の見物など俺の趣味ではなく、コロンバス会の奴らもまったく楽しそうではない。
普段なら見るに堪えないと出て行くか止めさせるところだが、今回ばかりは必要な事だと割り切る。
ソールズワード家の手足として働いているのならば、まさしくこのなかに仇である奴がいる可能性もあるのだ。
王子殺しの件に関わっているならそこから関連して店の女たちが死んだ原因になるし、なんにしても大なり小なり一連の事件への関わりはあるはずだ。
簡素な椅子に拘束されているのは、二十人余の男たち。
最初の連続襲撃時に捕えた奴らと、その後の誘拐した女と一緒にいるところを捕まえた奴らだ。フロイドはあえて班長と呼ばれていた奴を最初に選んだ。
拘束した全員の視界に入るよう、縛り付けた重い鉄の椅子ごと三人がかりで乱暴に移動させる。
そうしてフロイドが持ち出したのが、丁字型の手回しドリルだった。
「しゃべるなよ? いたぶってやれなくなるからな……いいか、もう一度だけ訊く。お前が受けた命令はなんだ」
おかしな前振りをした後でフロイドが質問した。
すでに顔面の至る所を腫らすほど痛めつけられている男は虚ろに見返すだけだ。口を割る気はないらしい。
「いい根性だ」
男の足元にしゃがんだフロイドに慈悲はない。
椅子にガッチリと固定された男の足の脛、そこにドリルの刃先を突き立てるとハンドルを回しながらねじり込んでいく。
皮膚が破れるとすぐに骨が現れる場所だ。骨に手動のドリルで穴を開けられる苦痛はどれほどのものか。
激痛を無視することはできず、男は唸り声をあげて暴ようとするが重い椅子は動かず堅い拘束はびくともしない。
唸り声から錯乱したような絶叫に変わっても、フロイドの行為が緩むことはない。それを見守る俺たちもただじっと見つめるだけだ。
やがて足の骨を貫通したらしく、どす黒い血を滴らせるドリルを引き抜くと、間髪置かずに二つ目の穴を開け始めた。
無言で淡々と作業するその様が、怒鳴りつけたり脅したりするよりもずっと恐ろしい。
過酷な暴力に晒されながらも決して口を割る事もなく、泣き言ひとつ言わない男は称賛に価するだろう。だが俺たちが情けを与えることはない。与える情けがあるとするなら、洗いざらい吐かせた後で止めを刺すことだけだ。
淡々とドリルを回す動きと共に絶叫を上げていた男だったが、ふとその声が途切れ首を落とした。
「おい、起こせ」
「へい」
短いやり取りのあとでは、コロンバス会の手下が小瓶を気を失った男の顔に近づけた。
刺激臭のする気付け薬なのだろう。男は臭いを嫌がるように首を振り、目を覚ました。
そしてまた始まるのは、死ぬまで終わらない手回しドリルでの穴開けだ。
――何か所の穴が穿たれただろうか。
失血のせいか、別の原因か、やがて男は目を覚まさなくなった。
最後の最後まで口をつぐみ、決して主を裏切らなかった。見上げた根性を見せてもらったが、ここで終わることはない。情報はまだ何も引き出せていないのだからな。
「次だ。まだしゃべるなよ? 二人目でギブアップされちゃ、こっちも拍子抜けだからな。どうせなら次は別の道具にするか」
工具箱を物色し始めたフロイドを見る拘束されたままの野郎どもの顔面は蒼白だ。
まだ二十人以上もいる。誰かの心は必ず折れる。
「フロイドさん、俺にもやらしてくださいよ」
「俺もやります。何もしなかったんじゃ、あの世であいつらに合わせる顔がないんでね」
「そんなこと言ったら、俺もですわ」
「なんだよ、じゃあ俺もやる」
「分かった、分かった! じゃあ、お前らも加われ。どうすっかな、次の野郎は全身の皮でも剥ぐか」
サイコパスの集団のようにも思えるが、これも恐怖を与えて吐かせる目的のためだ。
アンドリューとフロイドだけではなく、組員全員でアイコンタクトを繰り返しながら、恐怖の空間を演出し続ける。さすがはその筋のプロだ。
二人目の生贄を物色し始めたところで、上の階から降りてきた手下が俺とアンドリューにこそっと話し掛けた。
「大門さんの知り合いの女が話したいと言ってます」
「最初の女に話が聞けたのか?」
「はい、俺も一緒に聞きましたが詳しくは上で」
アンドリューたちにこの場を任せると、恐怖の地下室から出た。
階段を上がると一階の倉庫に出る。そこからも出て食堂のような場所に移動する。
「あ、呼び出してすみません」
「気にすんな。それで、話が聞けたらしいな」
最初に助け出した女は恐怖に怯えて話を聞けなかった。攫われた理由が不明でも、どこの誰かくらいは知っておきたい。
「幸いと言っていいのかどうか分かりませんが、彼女は顔見知りでした。しばらく宥めてから話を聞いてみましたが、攫われた理由に特別な心当たりはないようでした。その、私は貴族がどういうものかまだよく理解できていないのですが、仮に話に聞く派閥争いがあったとしても、誘拐までするものなのでしょうか?」
このご時世だ。その線が濃厚なのだろうな。ハンジの嫁さんと同じく、あの女も勇者派の貴族なのだろう。もしくはその逆のパターンもありえるのか? もう良く分からんな。
「気持ちは分かる。馬鹿どものやることは常識人には分からんだろうぜ。ただまあ、顔見知りなら向こうも安心しただろ。で、あの女は誰なんだ?」
「グランキース侯爵家のご令嬢でグレース様です」
「侯爵? また大物の娘じゃねえか。大物でいいんだよな?」
「はい、それも魔術師の勇者様の奥様です。私もそうですが、勇者様の家族を狙い撃ちでもしているのでしょうか」
マジかよ。勇者の女を人質にとり、それで言うことを聞かせるか始末しようという腹か。ソールズワードの奴らめ。
放っておけばハンジも魔術師も罠にハマって死ぬかもな。そうでなくてもキレて暴れられると、面倒な事になる。厳戒態勢になってしまえば、俺がソールズワード家を襲うことにも支障が出てしまうかもしれない。




