危険な勇者の状況
「おい、鬼丸ハンジって野郎のことは知ってるか?」
「審判の勇者だな。少し前に貴族の家に入っている」
「貴族だと? そりゃおかしいだろ。あいつは娼館にいた女と婚約したはずだ。その女が貴族だったのか?」
超高級娼館プラチナ・エデンには貴族の女たちも在籍しているが、高貴な血筋の女は秘密のファイルを閲覧しなければ指名することはできなかったはずだ。
ハンジが気に入った委員長っぽい女は、マジックミラー越しから普通に選べる女だった。ということは貴族ではないと思うのだが、どういうことだ。
「あれは少し複雑でな。ある貴族が女の両親に手を回して、養子として迎え入れていたらしい。本人も知らぬうちの事のようだが、借金に苦しむ親なら金で簡単に話がつけられたのだろう」
金で娼婦を娘として買い取ったのか。凄いことをするものだ。
「そんな真似をしやがるのは、ハンジといい仲の女だったからだよな。勇者を身内に迎え入れるためだったら、そこまでするってことか」
「これといって取り柄のない貴族が考えそうなことだ。もっとも、勇者排斥論が強まる今、裏目に出たようだがな」
「それはハンジの身がやべえってことか?」
「家の立場は危ういだろう。勇者本人については儂にも分からん。勇者を害するなど容易ではないのだからな」
容易ではない。それは裏を返せば不可能ではないと言っているに等しい。魔神を斃す勇者であろうとも、葬り去る手段は確かにある。それをこいつら始末屋は分かっているらしい。
俺のような阿呆でも思いつく手段があるのだ。殺しのプロならいくつもの手を持っているのだろう。
例えばぱっと思い浮かぶ手として、乱暴だが睡眠妨害は一つの手として有効だ。
王国が抱えている兵力は数十万にも及ぶのだ。そいつらを少数ずつ編成して遠距離攻撃を絶え間なくやり続ければ、勇者は睡眠をとることができない。反撃に出ようものならそれで体力を削れるし、仕掛ける側は徹底的に逃げ腰で構わない。ちょっかいを掛け続けて休ませない戦法を取るとしよう。
人間が眠らずに起き続けていられる限界はどれくらいになる?
俺のような隠密力やキョウカのような結界能力がなければ、そのような戦法を回避することは難しい。勇者であっても、睡眠がとれなければやがて死に至るだろう。
ほかにも騙し討ちなどはよく効きそうではないか。
何らかの理由で船に乗せて沖まで連れ出して放置すれば、打開する能力がないならそのまま餓死するだろう。船を動かす技術や何らかの特殊能力、もしくは長距離遠泳でも海上を歩くことでも空を飛んでもいい。それと陸地がどの方角か知る能力もなければならない。どれかを所持していなければ、メシを食えずにそのまま干からびて死ぬだろう。その前に脱水で死ぬか。
単純に物凄く深い落とし穴に落とす戦法もいい。上がってこれる手段を持っていなければ、どうにもできない。本当に単純な手だが、俺個人の場合はこれをやられるとマズい気がする。
毒に耐性を持たない勇者なら、もっと簡単に葬れる。
人間なのだから、精神的に追い詰める作戦も成立しそうだ。異性を近づけて後々こっぴどく裏切らせることや、異性でなくても信頼させて裏切らせる作戦は効きそうだ。異性なら単純に寝首を掻かせるのもいい。
もしくは借金漬けにしてしまうことも国が仕掛け人なら余裕だろう。そうしたことに対し、開き直って暴力で解決できる精神を持つ人間は少ないのではないかと思う。
ほかにもまだまだ、まさに無数に手管など存在するだろう。戦闘の強者を倒すのに正面から戦う必要などまったくない。別の手を使えばいいだけだ。
国家と言う存在は莫大な予算と人員を使え、大掛かりな罠さえ仕掛けることが可能なのだ。集積した知恵や技術は決して侮ることはできない。規格外の化け物には通用しなくても、言葉が通じ、同じ場所で生活を送る人間が相手であれば、まともに戦うことなく、どうとでも講じる手段は見いだせる。
そうだ。勇者がいかに強力無比であっても、持っている特殊能力は様々で、逆に持たざる能力だって多い。置かれた状況を打開できる特殊能力がなければ、どうにもできないことは山ほどある。つまり、弱点が必ずある。
それは無論、俺にも言えることで、だからこそ魔物よりも対人戦のほうが油断ならず、隠密行動が活きるのだ。
「……どうした?」
「いや、考え事をな。その貴族の家を教えろ。あとで様子を見に行く」
「勇者派は王都を脱出しているのも多いが、あの家はまだ去っていないから行けば会えるだろう。審判の勇者を迎えた家と魔術師の勇者を迎えた家は、いまや勇者派の中核だからな」
ソールズワード側にも色々と確認をとってケジメをつけたら、次は気になる奴らの無事を確かめたい。
勇者はハンジの奴と、あとはお嬢だ。アーテルについても、はっきりとした無事を確認しなければ。
伯爵にハンジの居所を聞くと、続けてお嬢についても聞いてみたが、どうやらあいつは王都にいないらしい。ついさっき想像したように、騙されて連れ出された可能性を思えば、どうなっていることか。無事でいてくれるといいのだがな。
「最後にもう一つ。勇者が死んだってのはマジな話か?」
「どこで知った、それは機密事項のはずだが……まあいい。本当の事だ」
単なる噂であって欲しかったが、本当だったらしい。これまでの話でハンジとお嬢の死が確定していないのは分かっているが、誰がどうしてというのは気になる。
誰が死んだのか聞くと、太陽の勇者、教皇の勇者、節制の勇者の三人が死んだらしい。ピンとくる名前がないことから、完全に知らないかほぼ知らない奴らだ。
どうして死んだのかと言えば、仲間割れを起こして殺されたと聞いたらしい。ただ、これまでに勇者同士で言い争う程度のことはあっても、刃傷沙汰はなかったことから急な出来事に伯爵は完全に疑っているようだ。王子殺しの時と同じ不自然さを感じるのだとか。
「他人事のように話してるが、お前らの仕業じゃねえだろうな?」
「関与していない。これについては儂が関わっていない以上、ソールズワード家の仕業以外ではありえないだろう」
「またか。あれもこれもソールズワードってお前、それが通ると本気で思ってんのか?」
「本当の事だ。こう答えるしかあるまい。誤解や巻き添えで貴様に殺されたのではたまったものではない」
「自慢じゃねえが、俺は嘘を見破るのは得意じゃねえ。だからお前の話は参考程度だ、それは分かるな?」
「当然だな。いきなり信用するなどと言われるほうが気色が悪い」
どこまでもふてぶてしい野郎だが、それは確かに言えている。
「ここまでの話が本当だとするなら、お前ら一族にはこれ以上、手を出さねえ」
「そう願いたいな」
「だが確認するまではお前らは敵のままだ。だから人質を預かるぞ」
「儂を連れていけ」
「それじゃ意味ねえだろ。お前の息子の次期当主を差し出せ。お前が言ってた事に嘘がねえなら、あとで無事に返してやる」
「保証は?」
「そんなもん、あるわけねえだろ。差し出さねえなら、屋敷にいる奴ら全員半殺しにして、その上で誰が次期当主か改めて聞きにきてやる」
甘んじて理不尽を享受するがいい。
「分かった、呼び出すから少し待て」
ベッド脇のテーブルに置いてあった何かを操作したようだ。それで呼び出せるのだろう。この期に及んで妙な真似をすればどうなるか、思い知らせる必要がないことを願う。




