クラインロウ伯
貴族の屋敷は当然ながら立派な造りをしている。建材から設計の基本まで庶民のそれとは一線を画すのだと、少し見ただけで誰もが感じるだろう。特に高位貴族ともなれば、想像もつかないほどの大金が掛かった邸宅に違いない。
ドアが頑丈なら壁も分厚く、中の会話が漏れ聞こえる可能性はないのだと思わせる。会話どころか少々騒いでも、何が起こっているか分からないと思えるほどだ。当然、安普請とは縁がない。
クラインロウ伯爵家の当主と思しき初老の男が眠っていることを確認すると、その立派な部屋に侵入して扉を閉じ鍵も閉めてしまう。
せっかくの機会だ、黒幕かもしれない野郎の顔を拝んでおく。
寝苦しいのかこれが普通なのか、おっさんは眉間に皺を寄せながら眠っている。随分と厳めしい顔つきの野郎だ。閉じた目を開けば眼光鋭く相手を射抜くのだろう。顔だけ見るならレニー・ブランドや俺に近い人種の強面だ。
王宮の始末屋か。顔だけで判断するのもアレだが、これだけで妙に納得してしまうな。ここに至っても油断せず、呪いの鎖で特殊能力は封じておくことにした。
さてと、ゆっくりしている場合ではなかった。そろそろ起こすとしよう。
暗い室内で、わざと音を立てながらベッド近くにあった椅子に腰掛けると、眠りが浅かったのか音に気付いたらしい。
逐電亡匿の特殊能力は周辺の探知能力にのみ力を使い、隠密能力は外している。わざとらしく背もたれが軋むように寄り掛かり、咳払いしながら足を組むとさすがにこっちの存在に気付いて顔を向けてきた。
「おう、ようやっとお目覚めか」
声を掛けてやると、俺を睨んだまま身を起こすおっさんだ。想像通りのおっかない目つきをしている。窓から微かに入る星明りによって完全な闇ではなく、互いに何となくでも顔は分かる。
「貴様は……刑死者の勇者か」
「初対面のはずだが顔は知ってんだな。おう、俺が大門トオルだ。で、お前はクラインロウ伯爵で間違いねえか?」
「狙いは儂か。何が目的だ」
目的を聞かれるとは思わなかった。とぼけているのか、どうか。
伯爵は言いながら密かに死角にある手を動かしている。おそらくだが呼び鈴のような道具でも使おうとしているのだろう。それとも武器だろうか。
「言っとくが、無駄な抵抗はやめとけ。助けを呼ぼうとしても無意味だ。見張りと物置の地下にいた奴らは、一人残らずぶちのめしてやったからよ」
「殺したのか」
おっさんは動きを止めると、目を細めて鋭く詰問でもするように問うてきた。その怒りが正当なものか否か、これから確かめてやる。
「さあな。ほっときゃ死ぬだろうが、今のところはたぶん生きてんじゃねえか? ほかの家族やら使用人やらも呼ぶのは止めといたほうがいいぜ。もし誰かがこの部屋に入ってくれば、誰だろうが同じ目に遭わせてやる。下手な小細工が通用すると思うなよ」
上手い小細工は通用するかもしれないから、こうして釘を刺しておく。こいつも王都の裏で暗躍する大物貴族だ。どんな切り札を隠し持っているか分かったものではないが、もちろん負けるつもりはなく強気でいく。
暗闇の中で睨みつけられる視線を跳ね返すように、こっちも視線を強めて見返してやる。どっちの怒りが大きいか、どっちの立場が上なのか、はっきりさせてやろうではないか。
果たして数秒程度の睨み合いを経ると、伯爵は引くように一旦視線を逸らした。
「分かった。魔神殺しに掛かれば、儂の命など瞬きする間に奪えよう」
「当然だ。言い逃れも許さねえ。俺が訊くことには素直に答えろ。さもなきゃ、お前の家族を一人ずつ殺して回る。なんで俺がここまで怒ってんのか、理解できねえとは言わせねえぞ」
こいつは王宮の始末屋なのだ。裏の事情には明るいはずで、例え王子殺しの黒幕でなかったとしても、何かしらの情報は握っているはずだ。
せっかく会話が通じている状態なのだ、連れ去るのではなく、このまま全部吐かせてやる。
「家の者には手を出すな」
「それはお前のような奴が言えた義理じゃねえだろ。とにかく知ってることを洗いざらい吐け。俺が何を聞きたいか、そこから説明する必要があるか?」
「何を知りたいかくらいは言え。答えようがない」
こっちの怒りを理解できないわけもないだろうに、偉そうな態度は変わらないらしい。
まあいい、ならば訊こう。まずは発端からだ。ベッド脇の椅子に腰掛けたまま、目つきの悪い伯爵を怯ませるような視線を送る。平静を装っているが、緊張は感じているのか体が強張っているのはお見通しだ。
生殺与奪の権は俺が握っているのだと、十分にプレッシャーを与えてから問い掛ける。
「まずは王子殺しの顛末を教えろ。お前が何も知らんとは言わせねえ」
「それは貴様がやったこと――」
「次にふざけたことを抜かしやがったら、隣の部屋の男を殺す。誰だか知らねえが、死んでもいいならその調子で続けるんだな」
本当に誰なのか分からないが、隣の部屋には中年くらいのおっさんが眠っていた。当主の部屋の隣なのだから、実弟やら次期当主やらだろうか。いずれにせよ、赤の他人ということはないはずだ。
忠告を与えると黙って答えを待つ。しかし気は長くないぞと睨みつける視線を強めた。
「分かった。その前にひとつだけ聞かせろ」
顎をしゃくって言ってみろと態度で促す。
「もし、もし儂の指示だったらどうするつもりだ?」
「殺す。この場でな。背景や理由も含めて洗いざらい吐けば、お前と実際に手を下した奴らをぶっ殺すだけで勘弁してやってもいい」
「口を塞いでしまえば、真実を確かめる術は永遠に失われるかもしれんのだぞ?」
「ああ? 俺と俺を信じてくれる奴だけが真相を知ってりゃ、あとはどうでもいいんだよ。どうせ物証なんか残しちゃいねえだろ。言葉だけでその他大勢に信じてもらえるとも思ってねえ。それにぐだぐだ言い訳して回る気はさらさらねえんだ。だったら、行動で身の証を立てるしかねえだろ。その証がお前らをぶち殺すことだ」
「儂を殺してなんになる」
「死んだ奴は戻ってこねえんだ、なんにもならねえだろうな。だがよ、俺や王子様の関係者の気が晴れる。少なくともな。それで十分だろうが。で、お前がやらせたのか?」
二度と冗談や言い逃れは許さない。もしふざけたことを言えば、本当にさっきの警告を実行してやる。
人様の本気を読み違えるなよ?
眼光で射殺すかのような視線を送って答えを待つ。
「……殿下の件には儂は関わっていない」
「儂は? はっきり言え。お前が命令を下してなくても、この家の連中や分家筋が関わってんなら同じことだ。言葉遊びしてる場合じゃねえぞ」
「クラインロウ家は一切の関与をしていない。これでいいか?」
「いいわけねえだろ。俺は顛末を教えろと言ったんだ。お前らが関わってねえなら、誰がなんの理由でやったんだ」
こいつでないならソールズワード侯爵とやらがやったことになるが、どうせならはっきりとした答えが聞きたい。
無駄な時間を使わせるなと、身を乗り出してさらにプレッシャーを掛けた。




